「悪い、当真。……俺、やっぱりカナタのことが好きだ」
「タッちゃん……」
当真春人は、その時自分が振られるのだということを自覚した。
金曜日の放課後に、ずっとさりげなくアプローチを続けていた男に校舎裏へと呼び出され、何かと思って来てみればこれだ。
申し訳なさそうに俯いて、彼は首の後ろを右手で摩っていた。恐らくは一途に自分を追いかけてくれていた当真に対し、重たい罪悪感を抱いているのだろう。
けれどもそんな彼の前で当真は首を横に振り、肩を竦めて柔らかく微笑んだ。
「……知ってたよ。初めから」
「当真……」
「タッちゃんが本当は、誰を見てたのかってことくらい。知ってたよ、俺」
当真がそう告げると、彼は唇を噛みしめて顔を上げる。
二の句が継げなくなったらしい彼の肩を、当真は拳で軽く押した。彼の身体が僅かに傾く。その頼りない様子を叱り飛ばすように当真は笑った。
「ほら。早く行ってきなよ」
「――いいのか?」
「しょうがないだろ。俺じゃカナタくんに勝てなかったんだからさぁ」
当真は唇を尖らせ、拗ねたように斜め下を向いた。
「……悔しいけど分かってんの。お前のこと本当に幸せにできるのは、俺じゃなくてカナタくんだったんだって。お前ら二人だけだぜ? 気づいてなかったの」
「何を……」
「お前らが本当は、ずっと前から両想いだったってこと!」
息を吸い、目を閉じ、当真は力強く彼の背を平手で叩いた。そうすると乾いた空気を割るような爽快な音が鳴り響いて、手のひらがジンと痺れる。
彼は押し出されるように前に二歩進んで、顔だけを当真の方へと向けた。歯を見せて快活に笑う当真を見て、彼はどこか安堵した様子で口元を緩める。
「当真……ありがとう」
「フッた相手に礼なんて言うもんじゃないっての」
「……ああ。それもそうだな」
「俺としては、これからも良い友達として付き合ってくれたらそれで十分なワケ」
当真は能天気に片手を振った。
そうして当真のエールを受けた彼は覚悟を決め、当真に背を向けて走り去っていった。彼が振り返ることはもうない。純朴で生真面目な男だ。腹さえ据わればあとは一直線に駆け抜けてくれるだろう。
生温い風が当真の頬を掠める。当真は揺れる髪を耳にかけながら、小さくなっていく背中を見送った。
「……終わったんだ、これで」
目を細めながら呟く。
青空の下、静かな校舎裏に取り残された当真の声を拾う者は居ない。当真は身体の中から使い込んだ空気を押し出すように深く息を吐き、それから制服のポケットに手を伸ばした。
そしてそこから手帳とペンを取り出す。当真はペンのキャップを口で咥えて外し、迷いなく手帳のページを捲った。
『篠原達海・天宮奏太』
黒いボールペンで書かれているその文字の上に、赤い一本線をサッと走らせた。
当真はそれを見て満足げに頷く。そして軽快に手帳を閉じ、大仕事をやり切ったような顔で広い青空を見上げた。
「……ッしゃあ! これで今月三組目のカップル成立ぅ!」
我ながら完璧なアシスト、完璧な当て馬。文句なしの強烈なキューピットである。
直接この目で確かめるまでもない。彼らは今頃互いの隠されし想いを打ち明け合い、純情な愛を育んでいるはずだ。
当真は額に滲んだ汗を手の甲で拭い、自分に向けて盛大な拍手を送った。
高校三年生。明るい茶髪に平凡な顔立ち。
取り立てて目立った所はないが、愛嬌だけはお墨付き。
そんな当真春人は、他人の恋を後押しすることが趣味の、至って普通の完璧な当て馬である。
