「……あのね、二学期から留学するんだ」
 わたしは、一度止まりかけた流れを再び、自分のものにする。

「あなたが……。留学?」
「そうだよ、一年間オーストラリアに留学する」
「ちょっと陽子(ようこ)、そんなの聞いたの初めてだよ?」
佳織(かおり)先生と、あと響子(きょうこ)先生にはお願いした。エッセイとか書類とか、そのほか英語の色んな勉強とかを、教えてもらってる」
「だから最近、変わった感じだったんですね……」
「そうだよ由衣(ゆい)ちゃん。でね、もうすぐ決まりそうなんだ。だから、部活にはもういられない」

 どう?
 月子(つきこ)に、美也(みや)ちゃん。
 そして海原(うなはら)君も……。
 これ以上、なにもいえないでしょ?


 わたしはどうやったって、美也ちゃんにはかわなない。
 美也ちゃんはいつだって、わたしの前を歩いてくれた。
 そしてもうすぐ卒業するから、わたしが心配なんだよね?
 だからわたしは。
 美也ちゃんなしでも、これからやっていけるんだって証明したいの。
 
 ……わがままだけど、許して欲しい。


 月子はわたしの親友で、ひょっとしたらこの先はライバルになるところだった。
 でも、本当は。相手になんてしてもらえない。
 だって月子の想いは、わたしの気まぐれなんかより。
 ずっと長くて、深くて、重いから。
 だから、離れたところにいってから。
 あなたを応援していきたいの。

 ……不器用だけれど、どうか許して欲しい。


 由衣ちゃんは、きっとほかのみんながいれば大丈夫。
 わたしもあなたを好きだし、慕ってくれているのはうれしいよ。
 でもね、転校してくる玲香(れいか)ちゃんも含めて。
 わたしよりもっと魅力的な女の子と仲良くして。
 それに、もしかしたら海原君が。……って、その先まではわからないけどね。
 とにかく、あなたはわたしがいなくても大丈夫。

 ……逃げるようだけど、許して欲しい。


 ……そして海原君。
 もう、いいよね?
 あなたには、これだけたくさんの。
 わたしよりすぐれた女の子たちがいる。
 きっと、わたしなんか欠けてしまっても。
 すぐにほかの誰かが、隙間を埋めてくれるよ。
 まぁ本当はね。
 誰なのかはっきり決めて欲しいんだけどね、でも、知るのはちょっと怖いから。

 ……だからせめて逃げるわたしを、追わないで欲しい。


 ……ね?
 もう、誰もなにもいえないよね?

 だからわたしの、完全勝利。


 願わくば、あわよくば。
 もしこの先、いつかわたしを思い出してくれるなら。

 あなたたちと違って、愛想よく無難に日々を過ごすことしかできないわたしが。
 一年間留学して変われたかどうかを、いつか教えて欲しい。
 でも、きっとわたしは。
 みんなに、置いていかれるだけだから。

 ……だから、これで終わりにしようよ。


 ……あれ?
 完全勝利のはずが。
 みんなの顔が、怖くて見られない……。
 でも、でも。
 いえてよかった。
 あとで自分で、ひとりで自分を。ほめてあげよう。


「いいたいことは、それだけかしら?」
 え、なによ月子?
 いまもしかして、『それだけ』っていった?
「部長、提案があります」
 美也ちゃん、なにそれ?
「『恋愛禁止』の謎ルール、やっぱりもうなくしたいです」
 由衣ちゃん、本気で?

「どうなんでしょう、藤峰(ふじみね)先生?」
 そうそう、海原君は思った以上に現実主義者だもんね。
「二学期から入部予定の玲香先輩と、副顧問の高尾(たかお)先生のことを考えると……」
 だよね、君ひとりでは勝手に決められないよね。
「……入部早々、昔の慣習の賛否の責任を負わすのは、適切ではないと思います」
 え、そっちなの?
 嘘だよね?

「そうねぇ〜、響子はどのみちわたしと同じ考えだから影響ないかなぁ」
「玲香さんは、その謎ルールを昔、笑い飛ばしていました」
「月子先輩の、いうとおりだと証言します」
「じゃぁいいよね、海原君。わたしたちだけで決めちゃおう!」
 え? 美也ちゃん笑ってる?
「……ちょっと、そんなのここで決めるの?」
「だってね陽子ちゃん。そもそもこの部活、明文化された規約とかないんだよ〜」
 え……佳織先生。
 もしかして、楽しんでません?

「では心の縛りになっているものを、どうするか決めましょう。部長、方法は?」
「シンプルに残したいか、いらないかで決めましょう。春香先輩も、まだ部員ですからきちんと意思表示して下さいね」
「ちょ、ちょっと。勝手に決めないでよ!」
「だって陽子先輩、その謎ルールで悩んでるんですよね? だったらせめて、どう思うかくらい教えてくれてもいいと思いますけど?」
 由衣ちゃん、あなたまでそんなことをいうなんて……。


「いらない!」
「わたしの心は、わたしが決めるわ」
「悔しいけれど、月子先輩と同じ意見です。で、海原は?」
「春香先輩より先にいっていいですか?」
「い、いいよ。好きにして……」
「部員がそのせいで悲しむルールなんて、僕は必要ないと思います」
「顧問は、みんなの結論に従うだけだよ!」

 みんなが一斉に、わたしをみる。
 そうか、やっと気づいた。
 ステージの上で、まぶしかったのは。
 明るいスポットライトじゃなくて。
 みんなの視線、だったんだ……。

「わたしだって、そのルールのせいで縛られるのは本意じゃない……」

「これで決まったね!」
 美也ちゃんが、とってもうれしそうな声を出す。
「海原くん、議事録とかは必要かしら?」
「明文化された規約とかないらしいんで、不要です」
「アンタもたまには、まともなこというんだね!」
 ほんと……。
 なんなの、この勝手な観客たちは。


「……で、さて。まともなことついでで、春香先輩にお願いがあります」
 海原君、その目はなに?。

「退部の理由の、ひとつ目は無くなりましたよね?」
「でも、留学も本当だから……」
「それが本当に決まれば。寂しいですけれど、応援します」
「……ありがとう」
「でもそれは、退部の理由にはなりません」
「えっ?」
「何度も出ているように。幸か不幸かどうやらこの部活には、明文化された規約がないらしいんで。そうですよね、藤峰先生?」
「海原君。あなたのそういう頭の回転、嫌いじゃないわよ!」

 い、いったいなにを考えているの。海原君?

「たとえ留学で、どこかにいってしまうにせよ……」
 彼は、そこで言葉をとめると。
「陽子ちゃんは、放送部の部員のままってことだよ」
「え? 佳織先生?」
 先生は、美也ちゃんと由衣ちゃん、それに月子に。あとは任せた、というような顔をしてからニコリと笑うと。
「……だって、どこにも書いてないんなら」
「わたしたちが、認めている限りは」
「陽子は仲間のまま、ということになるわ」
 わたしの大好きなみんなが、順番にわたしに、教えてくれた。

 みんなが、一斉に立ち上がって。
 ステージにあがって、わたしを囲んでくる。
 わたしは、みんなと同じスポットライトを浴びている。

 ……なんだか、涙が止まらなくなって。
 そこに美也ちゃんや月子、由衣ちゃんが飛び込んできて。
 そして最後に藤峰先生が、まとめてわたしたちを抱きしめてくれた。


 ちなみにそのとき、海原君は……。

「どさくさに紛れて女子を抱きしめようなんて、一万年早いから」
 そういって由衣ちゃんが、わたしたちの輪に加えなくて。

 ……まぁ本人も、そのあたりは遠慮したみたいで。

 ひとりでそっと、機器室にスポットライトを消しにいってくれた。



 ……こうして、わたしはまた、みんなに救われた。

 余談ではあるけれど。この日の出来事には、わたしの中で謎がふたつある。

 まず、後日発見した部活日誌に。
「陽子のクーデター、失敗!」
 そう記した人物がいるのだけれど。
 犯人が、わざと字体を変えていたので。誰なのかが、わたしにはわからない。


 加えてもうひとつ。

 ……あのとき、誰ひとりとして。
 
 わたしが『誰に』恋したのかを、聞かなかったけれど。

 あえて、聞かなかった人はもちろん。
 そもそもわたしが恋したことさえ、本当にわかっていない人が、複数いる。

 どうもわたしには、そう思えてならないのだ……。