「……え? なにこれ、どういうこと?」
 驚きすぎてキョロキョロしているのは、もはやひとりだけだ。
波野(なみの)さん、落ち着きなさい」
 三藤(みふじ)先輩は、こういうときは常に冷静で。
「またかぁ〜」
 都木(とき)先輩は、笑っている。

 バタバタバタバタと、複数の足音が聞こえてくる。
「くるよっ、くるよ!」
 高嶺(たかね)が、わざとらしく
「きちゃうねぇ……やっぱり……」
 春香(はるか)先輩が、苦笑いして。
「あのふたりって、ホント仲良しだよね〜!」
 玲香(れいか)ちゃんが、こればっかりはどうしようもないねという顔で笑っている。

 
「え? 誰かくるの?」
 波野先輩が、少しうろたえると。
 藤峰(ふじみね)佳織(かおり)高尾(たかお)響子(きょうこ)のふたりが、大きく手を振りながら走ってくる。
「あれはその……。うちの顧問と副顧問なんで、紹介しますね……」
 すると僕の隣で、波野先輩が。
「もしかして、聞かれてたとかないよね?」
 あり得ないよね、という顔で聞いてくる。
「え、えっとそれは……」

 僕が、答えをいい淀んでいると……。
「さいっこうの舞台だったわよ!」
姫妃(きき)ちゃん! ブラボー!」
 まぁ、そういう展開だもんな……。で、それから。

「イ、イヤーーーーーッ!」
 僕が波野先輩に出会って以来、最大ボリュームの絶叫が。
 講堂中に、響き渡った。



 ……あの子は、ウチの顧問たちの『洗礼』を受けて頭を抱えていて。
 陽子(ようこ)由衣(ゆい)さんが、ヨシヨシとでもなだめている。

「……ねぇ、いいかな?」
 玲香がわたしに、主語もなにもないまま聞いてくる。
海原(うなはら)くんと美也(みや)ちゃんに……」
 そう答えかけた、わたしをとめて。
「わたしは、月子(つきこ)に聞いてるの!」
 玲香がなぜか、離れようとしない。
「……わたしの一存では、決められないわよ」
「ふ〜ん。だそうですけど、どう思いますか?」
 振り向くと、そこには美也ちゃんがいて。
「嫌なときは、一存で決めてなかったっけ?」
 まったく。仲良くなると遠慮がなくなるわね……。

「そうそう!」
「月子ちゃん、それだよ!」
 おまけに、もう……。
 佳織先生と響子先生が勝手に、混じってくる。

「どうかした?」
 陽子が、あの子を連れてきて。
「でね、由衣ちゃん!」
 玲香が、そういうと。
「反対しそうな先輩が、嫌がらなかったんですね」
 ……妙にかしこい、返事が返ってきた。


「ねぇ、三藤さん。みんなで、なんの相談しているの?」
 ……まったく。あとでどうなっても知らないわよ。
 わたしは、『仕方ない』ので。
「……あなた、放送部に誘われているのよ」
 みんなの気持ちを、通訳してあげる。 
「え、月子! そうなの?」
 玲香、最初にいったのはあなたなのに!
「月子、そうなの!」
 美也ちゃんまで、もう……。

「じゃぁ『姫妃(きき)』! 文化祭終わったら放送部に入って、一緒にドラマ作らない?」
「え……。ど、ドラマ?」
「そう。放送部ってコンクールがあってね。ドラマ部門ってあるんだよ!」
 玲香、まさかそんなことまで考えていたの?
「なるほど、演劇部の経験も活かせますね!」
「ちょっと楽しいかも!」
「その頃はOKだけど、応援するよ!」
 あぁみんなが勝手に盛り上がって。わたしは、どうやら。
 まんまと、作戦にハマってしまったようだ……。



 ……なんだか、すごいことを聞かされている。
 そもそも、あなたたちって。
 わたしを、そんなあっさり仲間に入れていいの?

「で、どうなの? アンタ部長でしょ?」
 高嶺さんが、そう聞くと。
 みんなが一斉に、海原君のほうをみて。
 つられてわたしも、彼を見てしまった。

 海原君は、一瞬考えるような表情をしたあと。
 逆にわたしのほうを見る。

「活動内容はさておいて。入部に関しては波野先輩のご意向次第で……」
「長いから!」
(すばる)君、それ不要!」
 ふたりくらいが、同時に話しをさえぎって。
 ひとしきりみんなが笑ったあと。
 今度は、みんなが一斉に。
 わたしのほうをみつめてきた。


 ……なにそれ。
 もうわたしは。
 すっかり、あなたたちの『とりこ』だよ。


 注がれてくる視線の、ひとつひとつが。
 いままで立ってきた舞台のどれよりも、あたたかくて、やさしくて。

 ……幸せな瞬間を、『形』にしたいと思った。


「あのね……」

 その先の、返事をする前に。
 わたしは二歩右に、それから一歩前に動いて。
 講堂のステージの、中央に立つ。
 
 並んだみんなより、一歩前にいて。
 客席から見ても、一人だけ前に立つわたし。

 ……みんな。
 いまだけは、主役。
 やらせてくれてありがとう。


 大きく息を、吸い込んで。

 わたしは精一杯の気持ちを、詰め込んで。

 いままで、最高の気分で。
 心の底から訴えたい言葉を。


 客席に向かって、響き渡らせた。



「ぶ・か・つ、さいこー! な・か・ま・に、いれてー!」



 ……あぁ、さすがに少し恥ずかしくて。
 うしろを振り返るのが、ちょっと恥ずかしい。


 そうしたら……。


 拍手が。
 拍手が、聞こえてきた。

 それだけじゃない。

「ブラボー!」
 ……いまのは、『月子』だね。そんなに大きな声を、出せるんだ。

「ブラボー!」
「サイコー!」
「ブラボー!」
 ……ほかのみんなが、バラバラにいい始めたかと思ったら。
 それらがひとつのリズムになって。
 ステージを超えて、観客席の隅々まで響きわたる。

 あぁ、これが……。
 これがわたしの追い求めていた世界なんだと。

 わたしの、目頭が。
 もう、どうにもとめられないほど。
 熱く、熱くなっていった。



 ……みんなで、『告白仲間』を抱きしめた。
 涙を、拭いた。
 そして、それが落ち着いたあと。

「……ようこそ、放送部へ」
 ……海原昴が、握手を求めた。

 あぁ、その姫妃の表情ったら……。
 ほらね、あなたも。『わたしも』。

 ……告白したって、終われない。


「……よろしくね、部長」
 波野姫妃が、手を握り返した瞬間を狙って。
 わたしは即座に、ふたりの手を包む。

「えっ、なになに!」
「ちょっと、美也ちゃん!」
「乗るしかないねっ!」
「ちょっと早く!」

 ……いろんな声が、どんどん重なって。
 みんなの手が。
 次から次へと、増えていく。


「はい、海原! アンタ左手余ってるでしょ」
「部長、早く!」
「あ、でも……」
「どうしたの、昴?」
「最後の最後は……」
「あー、そうだねー」
「一番最後に、乗せないと気が済まないんだよねぇ〜、きっと」

「美也ちゃんが色々すごすぎて、戸惑っただけです」
 ……三藤月子は、わざわざわたしにそういうと。

 最後にその白い手を、優雅にふわりと。
 わたしたちの上に、着地させた。


「……え! ひさしぶりにのやつだよね、これ!」
「響子先生、きょうは誰が?」
「たまには顧問がっていうのは?」
「ダメだよ佳織、主役は生徒!」
「じゃあアンタ、それか月子ちゃん!」
「いえ……」




「……きょうは、あなたに任せるわ」
 ……『月子』が、新参者のわたしに全部振ってきた。
「え? なんていえばいいの?」

 いきなり大役を渡されたわたしが、戸惑うと。
「あのね、『姫妃』……」
 月子が、やさしくこちらを見て。

「いまの気持ちを、そのまま口に出すだけでいいわ」
 ……とってもいいコトを、教えてくれた。



 ……じゃ、じゃぁいうよ。

「恋するだけでは、終われない!」


 心から出た言葉を、叫んだつもりだ。


「へ?」
「は?」
「……」
「な、なんでそれ知ってるの……」

 みんなの目が、点になっている。
 えっ……?

 とっさに思いついたんだけど……。
 ちょっとこの場面では、違ったのかな……?



「……また変な子が、増えたのね」
 ……わたしが、思わず口にすると。

「月子。わたしは、笑わないよ」
 美也ちゃんと陽子が同時に、つぶやいた。

「ちょっと意外だったけど、よし。それでいこう!」
 玲香が、決断を下して。
「いいですよ、受けて立ちます!」
 『由衣』が、妙ないい回しで仕切り直す。
「ふ〜ん」
「楽しみだね、それでいこう!」
 佳織先生と、響子先生が、なにか含みのある顔をして。
「ありがとう! 海原君!」
 わたしの隣で、姫妃が。
 ……わざわざ海原くんを、巻き込もうとしていた。




 ……二学期早々、こんなことがあって。
 近々、仲間がひとり増えることが決定した。

 あぁ、なんだかややこしそうだけれど。
 これが、僕たちなんだよなぁ……。


 ただ、それは同時に。
 大切な先輩の、引退が近づいたことも、意味していて……。



 ……でも、ずっと未来で。
 誰かが、僕に伝えてくれた。

 あのとき、こうやって言葉にできたから。


 ……前に進むことが、できたのだと。




 講堂の中に。

 なんとも不思議なコールが、響き渡る。



「せーの!」



「恋するだけでは、終われない!」




 ……そう。

 このコールの、意味するとおり。


 ……物語はまだまだ、続くのだ。




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