「……海原(うなはら)くん」
「はい?」
「そろそろ、ステージに立ってもらえないかしら?」
「へ……」
「そうそう、アンタさぁ! いいから、出てきなよ!」

 三藤(みふじ)さんと、高嶺(たかね)さんが。
 舞台袖にいた海原君を呼び出す。

 彼が少し迷惑そうな顔をしながら、わたしの近くにきてくれる。

 ……きちんと、謝らないと。
 怒られても、仕方がない。

 そう思った、わたしは。
「海原君、あなたを利用してごめんなさい」
 そういって、頭を下げたのだけれど。
「あ……。別にいいですよ」
「お、おい。勝手に……」
 なんと本人より、先に。
 最前列に座る、高嶺さんが。
 ……わたしを、許してしまった。

「まぁ(すばる)君だから、仕方ないよねぇ〜」
 その隣に座る赤根(あかね)さんが、追い討ちをかけると。
 海原君はふたりのほうを向いて、大袈裟にため息をついてから。
「まぁ……。別に僕は、構いませんよ」
 今度はわたしに向かって、そう告げる。

「えっ、それでいいの?」
 いくらふたりに、いわれたからって……。
 わたしを怒ったり、しなくていいの?

「まぁ、もういいですよ。ただ、波野(なみの)先輩。なんかもったいないですよ」
「えっ、なにが?」
 驚くわたしに、彼はこともなげに。
「それならそうと、最初からみんなに相談してくれればよかったじゃないですか」
 そ、そんなあっさりといえてしまうこと?
 あなたたちに、なにの利益もないことだよ?


 ……そうか。
 わたしは突然。彼とのやりとりを、思い出した。
「部活って、そんなに大事なの?」
 わたしのそんな質問に、彼は……。
「もう、体の一部みたいになっちゃった、みたいな感じですかねぇ」
 確かに、そう答えてから。
「波野先輩は、どうですか?」

 ……わたしのことを、聞いてくれた。


「……部活が大事で悩んでいるのなら、少しくらいお役に立てたのに」
 海原君は、わたしにそういってから。
「あ……」
 一瞬、観客席を見て。
「ただまぁ、劇のセリフは……。僕じゃなくて、ほかのみなさんに聞いたほうが。きっといいですけどね……」
 なんだかちょっといいにくそうに、付け加えた。


 その、微妙な笑顔を見て。
 やっとわたしは気がついた。


 いま、わたしは。

 舞台と客席、ここにいるみんなすべてと。
 もしかしたら、ひとつにつながっているのかもしれない。


 ……どうしよう。
 ずっと夢見てきたものが。
 いま、この場でかなっているのかもしれない。



「……なんだか、いい『舞台』だと。そう思いませんか?」
「えっ……」

 わたしの隣に立つ、『空気が読めないはず』の男の子は。


 そういうと、満足そうな顔で。

 ……舞台の上から、みんなをゆっくり見渡した。




「……海原君?」

 ……どうしよう。

 わたしは、君のその表情。

 いや、それを見たときの、波野さんの表情に。

 ……我が身ながら、覚えがある。

「どうかした、美也(みや)ちゃん?」
 思わず握りしめた右手に、気づかれたのだろうか。
 隣で、続けてなにかいおうとした陽子(ようこ)に。
「ん? なんでもないない!」
 わたしはややうわずった声で、返事をする。




 ……もう、美也ちゃんったら。
 結局ちっとも、『姉』になれてないよ。

 わたしは、年上の幼馴染が。
 こんなに動揺しているのは、いつ以来だろうと考える。
 ダメだ、思い出せない。
 きっとそれくらい、レアな出来事だ。
 だったら、もう。
 無理して『姉の役』はやめたらいいよ。


 ……告白したって、終われない。


 だって、仕方ないよね。
 わたしの『弟』、まぁまぁイイヤツだからね。

 わたしが、もう一度美也ちゃんに声をかけようとしたところで。
 あれ?
 さっきの美也ちゃんの、視線の先って……。
 昴じゃなくて、その隣の……。




「海原君……」
 ……どうしよう。

 ちょっとしか、知らない。
 たったの一回だけしか、隣に座ったことはない。
 でも『ベンチ』とか、『カレーパン』とか。
 あなたのそのやさしさと思い出の密度は、わたしだけのものだ。

 そう思ったら、また都木先輩と、目が合った。
 えっ?
 わたしって、もしかして……。
「あ、あの。海原君」
「波野先輩? どうかしました?」

 利用しようと思って、近づいただけなのに……。
 もう、口に出さずにいられない。
 いいんだよね、ここ。わたしのステージの続きだよね?


「一目惚れというか……。あなたに、恋に落ちました」
「……へ?」
 あぁ、どっちなの!
 やっぱり空気読まないよ、この男子!

「だ・か・ら! 君に、恋してしまったの!」


 ……その瞬間。
 わたしより背の高い誰かが。
 いきなり、思いっきり抱きしめてきた。
「よくいった、波野(なみの)姫妃(きき)!」
「えっ?」
 都木先輩がわたしの頭のお団子を、ワシワシつかんで。
 わたしを抱きしめて、離さない。

「すごい! はっきりいったの『は』、ふたり目だよ!」
 なぜだか春香(はるか)さんまで。
 わたしに抱きついてきたけど。
 なにその、はっきり『は』って?
「えっ?」
「ん?」
 も、もしかして……。
「それ以上は、口にしないの〜!」
「キャー!」
「ちょ、ちょっと陽子〜」




「……なんか、先輩たちのエネルギーってすごいですね」
 ……ステージの上で。
 三人が変な形で、抱き合っている。
「告白仲間だぁ〜!」
 美也先輩が、普段ならあり得ないテンションとキャラになっているけど。
 本当に、『姉』なんだよね?

 そう思って、玲香(れいか)ちゃんに。
「ほんと、なんなんだか……」
 そこまで感想をいいかけたら、急に目が合って。
「……ねぇ、由衣。同級生だからって、油断してないよね?」
 低い声でいわれて、ついでに目力を強くされた。

 わたしも、つい負けじと。
「小学校で仲良かったとか、もう過去の話しなんで。余裕ぶらないでください」
 同じくらい低い声で答えて、それから。

 ……わたしたちふたりは。
 まるで、互いの健闘を称え合うかのように。
 固い握手を交わし、笑顔になった。


「それにしても。月子(つきこ)ちゃんって……」
「わたしたちより、鈍いんだか鋭いんだか……」

 三藤月子は、三人の隣で頭をボリボリとかいているアイツに。
 一方的になにかしゃべっている。
 おそらく、一回お昼しただけでどうこうとか、脇が甘いとか。
 とにかくなにでもいいので。
 いい加減にしなさいと、叱ってくれているのだろう。

「由衣、わたしたちもいこっか?」
 玲香ちゃんが楽しそうに、わたしの手を引いて。
「あんまり遅れても、つまんないですしね!」
 わたしも、そう答えて。


 ……ステージの中央に。
 七人が集った、そのとき。

 客席の、ライトがすべて消えて。
 まぶしすぎるスポットライトが、わたしたちを照らしてきた。