……スクールバスを、最後に降りると。
僕は並木道をのんびりとひとり、歩き始める。
「お・は・よう、海原君!」
突然、うしろから声をかけられたけれど。
このテンポと声色は、いったい誰だろう?
三藤先輩は玲香ちゃんに、無理やりひとつ前のバスに押し込まれた。
「海原くん、助けてくれないの?」
先輩はそんな目をしていたけれど。
玲香ちゃんは一秒でも早く、二年一組の教室にいきたがっているのだ。
高嶺由衣は、途中駅から合流する女友達と。
ダラダラおしゃべりしながら、なかなか進まないので。
まだ数本あとのバスになるに、決まっている。
都木先輩と春香先輩は、早めに登校して。
今頃はすでに、部室にいて。
藤峰佳織・高尾響子の、英語教師コンビが用意した。受験用、あるいは学年一位を三藤先輩から奪うべく用意された、秘密プリントで勉強中だ。
もっとも、春香先輩が使うプリントに関しては。
三藤先輩も玲香ちゃんも、同じものを自宅や列車の中で取り組み始めていて。
トップ争いは、三つ巴の闘いになりそうだ。
……ちなみに、その存在をうっかり露呈させたのは。
春香先輩によると『鈍感な弟』になるらしい。
「藤峰先生が部室で寝ていて、床に落ちかけていて。置き直しただけですよ」
「月子の席の前に置いたら、見られるに決まってるでしょ!」
「ちょっと陽子。それだとまるで、わたしが盗み見したみたいじゃない……」
「そうそう、暑くて窓あけたら、飛んだだけだよね〜?」
「え? 窓あけたの玲香なの?」
「もう。受験勉強の邪魔だから静かにしてよ〜」
「そんなに勉強したいなら、まとめて三人ともやったらいいじゃないですか〜」
で、結局コピーに走らされたんだよなぁ……。
僕は、そんなやりとりを思い出しつつ。
すでに強い日差しの照りつける、並木道を進んでいく。
「だ・か・ら! お・は・よう、海原君!」
そうだった。
で、この声の主はいったい?
立ち止まって振り返りかけると。
「キャッ!」
そんな音と共に飴色の塊が、僕の目の前に突如現れた。
へ?
みたらし団子?
……じゃなくて、『お団子』に巻かれた髪の毛か。
「ご、ごめんね……」
えっと、あぁ。背が低かったから、頭にあたりかけたんですね。
「背が低くてって、ちょっとひどいよ!」
「あ。す、すいません……」
……ん?
えっと確か、この先輩は……。
あぁ思い出した!
昨日の『委員会』で、手を挙げたけどすぐ下げた人だ。
……二学期早々。
各部活の部長等が集う委員会で、文化祭と体育祭の委員決めをおこなった。
忘れそうだけれど、僕たち機器部改め『放送部』は。
どちらのイベントにも関わりがあるという、都合よさげな立場にさせられて。
この委員会の仕切り役を、任されている。
なお体育祭実行委員長は、長岡仁先輩が引き受けてくれた。
「せめてもの、罪滅ぼしだ」
なんか、そういわれると複雑だけど。
おかげで、僕もやりやすいです。
副委員長は、女子バレー部の部長。
会計は春香先輩と同じ二年一組の、次期バレー部長になるらしい人に決まった。
一方、文化祭の担当は……。
「わたしね。思い出作りに実行委員長やってもいい?」
都木先輩が、僕に聞いてきて。
個人的には、いいんじゃないかと思ったけれど。
「放送部と委員会の書記なので、役員の兼任はできません」
三藤先輩が反対した、のだけれど……。
「じゃあわたし、書記やる!」
近くで机を揃えていた玲香ちゃんが、あっさりいって。
実行委員長、都木先輩(思い出づくり)。
副委員長、都木先輩と同じクラスの文芸部部長(先輩の仲良しらしい)
会計、春香先輩(都木先輩との思い出づくり&体育祭書記と仲良くなったし)
……とまぁ、馴染みの多いメンツというか。
作者的には登場人物が増えすぎない陣容で、落ち着いた。
ただ、僕は少し。
高嶺のことが気になった。
なぜなら、結果的に委員会に参加しない、唯一の放送部員になったからだ。
「は? なにいってんの? ひとりぼっちじゃないし!」
「なんかね、なんでもありだっていうから。副書記(雑用係)に任命したよ〜」
玲香ちゃんが、笑顔で僕に告げる。
あの……。僕これでも。
部長兼委員長ですけど、聞いてませんよ……。
しまった、忘れていた。
委員会の担当教師は、藤峰佳織。
ということは、も、もしかして……。
「追加で副担当になりました、高尾響子でーす」
「おおおおおおおっ!!!」
男子委員、叫ぶな。
「キャーッ!!!」
女子委員のみなさんも……。
あの人、パン食べるだけですよ!
「なにか聞こえたけど、気のせいだよねぇ〜?」
委員長席で、ひきつる僕の背中に。
うしろであいさつしていた高尾先生が、黒板用三角定規の三十度を突き刺す。
どうしてそんなものが、高校の社会科教室に置いてあるんだ?
おまけに英語教師が、生徒への体罰に使ってるんだ……。
「もう、細かいこと気にしてたら身がもたないよ!」
藤峰先生が、無駄なウインクをしてきて。
その手に、僕が忙しくてあとで食べようとしていた黒豆パンを発見して。
そのとき、ぼ、僕は……。
明日からは委員長の辞表を胸に入れて登校しようと、一瞬本気で考えた。
「……あのー。そろそろわたしの出番に戻ってくれない?」
す、すいません。昨日の委員会で、手を挙げたけどすぐ下げた人!
そう、文化祭会計立候補補のタイミングで、手を上げて。
春香先輩をチラリと見たあと、すぐ手を下げた人だ。
あまりに一瞬だったので、気づいた参加者はそう多くなかっただろう。
あのとき僕はすぐに、隣の三藤先輩を見て。
その表情が意味するのは、僕と同じ考えだ。
「念のためもう一度確認します。立候補のかたはほかにいらっしゃいませんか?」
別に、予定調和でもないので。
手を挙げてもらっていいんですよ、と先ほどの人を見たが。
……あ、僕から目をそらされた。
そんな彼女が、どうして目の前に?
やっぱり決めかたがよくなかったのかなぁ……。
「あ、あのぅ。昨日の委員会で……。確か演劇部さんでしたよね?」
「確かに、『演劇部さん』ですけど……」
二年生を示すリボンを結んだ、その先輩は。
「名前だって、ちゃんとありますからね!」
上目遣いに、僕をチラリと見たあと。
フルネームを名乗るとき、まるで僕たちの発声練習と同じように。
一文字一文字を、はっきり口にした。
「な・み・の・き・き」
「だ・ん・ご・ヘ・ア」
……うん、語感が一緒だ。
今度は、目の前でニコニコしてくれるのは、いいけれど。
あの……。
いったい、どんなご用件でしょうか……。
……なんだか。
い、嫌な予感しかしない。
僕は、並木の木々がやや大きな音を立てて揺れたのが。
……単なる偶然では、なさそうな気がした。

