始業式を終え、一年一組の教室に戻ると。
「カイハラ、この前はスマン!」
 山川(やまかわ)(しゅん)が、平伏するかのようにやってくる。

「もう、気にしなくていいから!」
 なぜか、僕の代わりに高嶺(たかね)が許して。
「それよりコイツ。『ウ・ナ・ハ・ラ』だからさぁ!」
 僕からすると、割ともうどうでもいいほうに。新学期早々こだわっている。


「ところで、おふたりさん……」
 また始まったよ、情報屋山川。今度はなんなんだ?
「なんとふたつも、とっておきの情報がある!」
「ええっ……」
 アイツが、露骨にふたつも聞かされるのか……という顔をする。
 一応、『栗色の髪の毛の高嶺さんは、黙っていたらかわいい』って評判。
 かろうじて、残ってると思うから。
 せめて興味のあるフリでもしてやってくれ……。

「い、イテッ!」
 なんで僕の靴を踏んでるんだ? ……って、ちょっと!
「なによ?」
「いや、近いから!」
「は?」
「髪の毛当てたり。鼻息かけないでくれ!」
「はぁ? なにそれ、女子に向かって失礼でしょ!」
 あぁ、二学期初日からこれだよ。
 クラスの男子たちが、お前を見てまた固まってるぞ……。



 ……まったく。
 いつもと違う先生の、始業式の暇な話しを聞いているうちに。 
 玲香(れいか)ちゃんとか美也(みや)先輩とか、あと月子(つきこ)先輩も。
 なんかよく考えると、ちょっと『変わった』気がして。
 だからちょっと、よくわかんないけど。
 せっかく同じクラスだから。
 海原(うなはら)に、いつもより近くにいって『あげただけ』なのに。
 なんなの?
 同じ気がついたにせよ、もうちょっと意識しました、みたいないいかたしてよ!

「ちょ、高嶺!」
 だからわたしは、無理やりアイツの椅子に座ってやった。
 でも、押し返してくるかと思ったら。
 あっさり立ちあがっちゃうなんて……。
 なんか、つまんない……。

「あ、あのぅ。話していいのか、俺……?」
 あ、そいうえば。
 ここに山川が、いたんだった。
 はい、どうぞ。
 早く話してよ! もう、いつものわたしに戻るから、早くして。


「……担任が変わるらしい」
「誰の?」
「俺たちのだよ!」
「ふーん」
「え、高嶺さん? 俺たちの担任変わるんだよ、気にならない?」
「別にぃ……」
「ええっー! もし美人だったらとか、厳しい親父とかだったらどうするの?」
「あ、美人は面倒かも……」
「な、なんでだよ! ロマンだよ、男のロマンだよ!」
「あのさ。わたし、女なんですけど……」

 どうでもいいような話しにつきあわされて、ふと気がついた。
 あれ、アンタなんで会話に参加してないの?
 ……というか、どこいった?
 まさか!
 こいつをわたしの相手にさせて、自分だけ楽しいことしようとしてないよね!
 そう思って、アイツがいたはずの方向を見ると……。
 え、えっ?

「やっほ〜」
「ら、ラッキィ! 最高の学園ライフだっ!」

 やっほ〜、じゃないしさぁ。
 ……やっぱりきたのか、この人が、みたいな?



「きょうから一年一組の担任の、高尾(たかお)響子(きょうこ)です! どうも〜、ヨロシクね〜!」
 山川を筆頭に、男子の目がみんなハートになっている……。
 女子もまぁ、盛り上がるよね。
 あの先生の、正体知るまでなら……。

 ……担任でしょ、英語でしょ、部活でしょ。
 しかもうしろのふたつは、『もうひとり』重なるんだもんね……。

「始業式で飛ばされちゃったから、サプライズで登場しました!」
「ウォーッ!」
「サァープライーズー!」
 アホすぎる男子は、さておいて。
 始業式の司会は、なんだかいつもより澄ました佳織《かおり》先生だった。
 いま思えば絶対、ワザとわたしたちを驚かすためだよね、あれ。
「新任の先生紹介、あえてと飛ばしたわね……」
 おぉ、怖っ。
 もしかして月子先輩だけは、見抜いていたとか?

「まずは……。席替えしよっか?」
 響子先生が、なんかいい出して。
「基本、好きなところに座っていいからねぇ〜」
 うわっ、すっごいテキトーだ。
「もし被ったら、コミュニケーションの練習としてお互いで交渉! 五分ねっ!」
 みんなが一斉に、キャァキャァいいながら席を選び出す。
 ……のだけれど。

 先生が、瞬間移動したようにわたしたちの前にきて。
海原(うなはら)君と由衣(ゆい)ちゃんは、そのままね!」
「へ?」
「はい?」
「だって、もう入れ替わってるじゃない?」
 しまった、そうだった!
 わたしは、そのままアイツの席に座っていて。
 アイツは仕方なく、わたしの席に座っている。
「わ、わたし窓側がいい!」
「そんなの、海原君越しに外見たらいいじゃないの〜」
 だめだ、この目は。
 絶対に、もう変更を許さないって意思表示だ……。
 もうなんなの! まだ初日だよ……。


 ……響子先生は、妙なところでスーパー先生だった。
「実はねぇ、みんなの顔と名前を覚えてきた!」
 クラスがまた、意味なく盛り上がる。
「じゃ、いまから当てて見せるよぉ〜!」
 そういって、パーフェクト。
 先生は、一度も詰まることなく。
 新しい席に座った、クラス全員のフルネームを完璧に当ててみせた。
 しかも、漢字で黒板に書いちゃうし……。
「はい、拍手〜!」
 先生の合図で。
 クラスのみんなが、まるで初めて水族館でアザラシの芸でも見たかのように。
 夢中になって、拍手する。


「……いいなぁ一組」
 そんな評判が、初日のあいだに一年生中に広まった。
「英語の授業も楽しみだね!」
 さすがのわたしでも、そう思った。
「もう俺、学校に住んでもいい!」
 あ、山川のそれは……。
 純粋にうっとうしい。

 ……ただ、ひとつだけ気掛かりがあった。

 六組の前で、女子たちが話しているのが聞こえただけだけど。
「ねぇねぇ。高尾先生って、どの部活の顧問になるのかな?」
 そういえば、自己紹介でもいってなかったな……。

 このとき、わたしは。
 『放送部』には誰もこないで欲しいな、と思ってしまった。

 わたしたちのあの空間は、ほかの誰にも邪魔されたくない。
 たとえ、心が狭いといわれても。

 ……それだけは勘弁してほしいな、と思っていた。




 ……同じ時刻の、二年一組。
「はじめまして、赤根(あかね)玲香(れいか)です」
 わたしは黒板の前で、自己紹介中だ。

藤峰(ふじみね)先生がいて、春香(はるか)さんと、三藤(みふじ)さんと、赤根(あかね)さんまでいたら……」
「俺たちのクラス、最強でしょー!」
「うぉー。燃えてきたぁー!」
「……ごめんね。なんかバカな男子ばっかりだよね?」
「ううん。みんな、ヨロシクね!」
「こちらこそ! でも、赤根さんってかわいい〜!」
 ……えっと。
 本当は早く、月子ちゃんと陽子(ようこ)ちゃんのところにいきたんだけどなぁ……。
 わたしは先ほどから、チラチラふたりをみるけれど。
 陽子ちゃんは、たまに話しに混じってくれては、消えていって。
 月子ちゃんはまぁ……。
 聞いていた通り。クラスでは話さないわよ、みたいな感じだよね……。

「はい! 席はここっ!」
 わたしの座る場所は、廊下側最前列の月子ちゃんのうしろになった。
 ちなみに陽子ちゃんがわたしの隣で、月子ちゃんの隣は唯一の空席。
 もう絶対これって、佳織先生の策略だよね?
 あの意味ありげなウインクが、わたしにぜんぶ教えてくれる。


 次の休み時間、教室に戻ってくるとクラスの子が話しかけてくる。
「赤根さん、部活とかどうするの?」
「あぁ、もう放送部って決めてるんだ」
「えっ?」
「ほら。陽子ちゃんと月子ちゃんのところ」
 一瞬、名前をあげたふたりがビクッとした気がした。
 もしかして、早まったのかも……。
「あの、『機器部』のこと?」
「そ、そういうんだっけ? わたしね、前の学校で放送部にいたからさぁ……」
「さっき陽子ちゃんとかいってたけど。知り合い?」
 まずい、陽子ちゃんに話が飛んじゃった……。
「う、うん。少し前に紹介されて、ね?」
 話しを振られた陽子ちゃんが答えて。
 ……それって、嘘はついていないけれど。
 だけどわたしは少し、傷ついた。

「『あの』三藤さんとも、知り合いなの?」
 周囲の子達の声が、控えめになってわたしに聞く。
「え、ええまぁ……」
 ダメだ。これじゃぁわたしも、陽子ちゃんのことをいえないや……。

「……やめといたら?」
「えっ?」
 思わず、声が大きくなってしまった。
「せっかくだから、ほかの部活も試してみてもいいんじゃない?」
「そうそう、初心者ばっかりだし、ウチのところも」
「わたしも、入ってくれたらちゃんと教えるよ」
 この子たちは、善意でいってくれているんだよ、ね?

「はいは〜い。じゃあ休み時間も終わったから。委員会とか決めるからねー!」
 ……とりあえず、助かった。
 タイミングよく、佳織先生が帰ってきて。
 わたしは隣の席の、陽子ちゃんを見る。
 陽子ちゃんの表情は、『お疲れさま』かな?
 でも、背筋を伸ばして話しを聞いている前の席の月子ちゃんの表情は。
 この席からは、まったく見えなかった。


 ……次の、休み時間。
 サッと席を立とうとした月子ちゃんに、慌てて手を伸ばす。
「ちょっと待って!」
 月子ちゃんは、微妙に届かなかったわたしの手を一瞥すると。
 そのまま廊下に出てしまう。
「あっちゃー。転入生にも容赦ないねー」
「三藤さんはあんな感じだから、ごめんねー」
「まぁ、どうしても話さないといけないときとかあったら」
「そうそう、陽子に頼めばやってくれれるからさ。ねぇ陽子?」
「あれ? 陽子は?」
「愛しの三藤月子の元じゃないのー?」
「なにそれ、ウケるー」

 ふと、周りを見て。わたしは状況を理解した。
 このクラスは、四つにわかれている。
 男子。月子ちゃんと陽子ちゃん。そのふたりを笑う人たち。そのほか。

 ……そっか。
 この人たちは、単にわたしを。
 あのふたりを笑う仲間に、入れたかっただけなのか。
 じゃぁ、遠慮はいらないね。

「ちょっと、いってくるね!」
「どこいくの? トイレとかなら場所わかる?」
「違うよ、ふたりのところ」
「えっ?」
「陽子ちゃんと月子ちゃんのところ。だって、わたしの『友達』だから!」


 ふたりは、廊下のロッカーに教科書を入れていた。
 ……なんだ、すぐ近くでよかった。
「も〜、ひとりで置いていかないでよ〜!」
 わたしはワザと、教室の中まで聞こえるように声に出す。
 それを聞いて。
 ふたりの背中が、ふっと笑った気がした。

 ……このふたりは、誰かを笑ったり、そのための仲間を作らない。
 わたしが欲しかった、友達だ。
 わたしは、裏切らない。
 ふたりの、友達なんだ!



 ……廊下とは、反対側の教卓で。
 夏休みの課題に目を通していたわたしは。
 心の中で小さなガッツポーズをしながら、口元を少しだけゆるめる。

 ちょっと、もめそうだねぇ……。
 ま、そうしたらようやく。
 このクラスも変わるかな?

 小さな波紋はやがて、大きな波を呼ぶ。
 波は、破壊もするが。
 汚れをすすいでくれることも、あるだろう。


 あの子たちが変わって、クラスも変わる。
 その先には、もしかしたら……。

 あの、男の子を。
 頭に浮かべながら。

 わたしは二学期はもちろん。
 この学校のその先が。


 ……とても楽しみになっていた。