「まだ、こないんですか……」
「うーん。渋滞らしいから、あと一時間くらい、かな?」
「そんなんだったら、もうちょっとゆっくりきたかった〜!」
……わたしが、そういうと。
佳織先生が、まぁまぁとなだめてくる。
お祭りの日から、約一週間。
機器室改め『放送室』の設備を、入れ替える。
その立ち合いに呼ばれのは、わたしだけだ。
本当は美也ちゃんも誘いたかったけれど、模試が近いのを知って遠慮した。
わたしも、来年は勉強メインになるのかな?
あ、でも美也ちゃんも合宿いけるくらいだから……。
きっと勉強漬けじゃなくても、大丈夫かな?
台風のせいで突如中止となった合宿は、お盆明けに再開する『はず』だった。
まぁ、幻に終わったのだけれど。
「今頃、どうしてるかなー?」
藤峰先生の言葉にはよく、主語が抜ける。
英語って主語が大事とかいう割に、テキトーなんだよなぁ……。
「あのさぁ陽子ちゃん。心の声が聞こえましたけど〜」
ゲッ! す、すいません……。
「……みんな、忙しそうですよ」
「まぁそりゃぁねぇ。頑張ってもらわないと困るもんね〜」
ひょっとすると先生は、ある意味この状況を楽しんでいるのかもしれない。
合宿の拠点となる宿坊で、『ボヤ』があった。
原因は、響子先生が月子のレシピでお味噌汁を再現しようとして……。
「お味噌汁作ってて寝ます? それで火事とか、そんなことってあるんですか?」
「だって、響子だよ?」
それなら……。
そのまま名前だけ入れ替えても成立しそうだ。
「だって、佳織だよ?」
うん。立派に成立するな、これ。
「陽子ちゃん、また心の声が聞こえたよ〜」
へへっ。
今度のは、ちょっと聞こえてもいいかと思っちゃった。
神社では、由衣ちゃんと玲香ちゃんが。
ススまみれになって、宿坊を掃除しているらしい。
「床も壁も、真っ黒でね!」
「えっ……」
「おまけに、すんごい遠くまでネギとか油揚が飛んでるの!」
前に、話したとき。
玲香ちゃんはなんだか、とっても楽しそうだった。
一方、修繕費を捻出するために。
一番割を食ったのが、我が弟・海原昴だ。
「駐車場の砂利入れ代を節約したいから、とかいわれて〜」
「それで?」
「アイツそれ以来、先生と目を合わせようとしないんですよ〜」
なんだか由衣ちゃんの声が、とっても弾んでいて。
そのときの我が『弟』の顔が想像できて、つられてわたしも大笑いした。
でも、あの駐車場相当広いけれど……。
「あ、とりあえず半分でいいよ」
……と、いったのが響子先生だったらしい。
まぁそりゃぁ……。
恨みたくもなるってもんか。弟よ、ご苦労さん!
「それで、月子はなにしてるの?」
どうやら、騒動の原因を作った本人が。
「引越しの準備をなにもしてなくて、全然片付いてなくて〜」
「うんうん」
「お母さんがめちゃくちゃ怒って、月子先輩が監督しながら、箱詰め中で〜す」
月子なら、無駄なおしゃべりとか許さなさそうだし進みそうだ。
でも、きっと先生にとっては地獄かもね。
「いいな〜、わたしもいけばよかった〜」
「え〜。でも新しい機械に一番に触れるんだよ!」
「お味噌汁の具材拾うより、絶対いいですよー!」
そうか、もしわたしが『現場』にいっても。
一緒に『砂利入れ』は、できないのか……。
あぁ、ダメダメ!
余分なことは考えないんだ。
そう、もう終わったことなんだから……。
……それから。
わたしはコンビニにお昼を買いにいき、部室に戻り。
藤峰先生とふたりで、お昼を食べる。
そういえば、月子以外の誰かと。ふたりだけでお昼を食べたのって。
いったい、いつ以来だろう?
そんなことを考えようと思ったら、佳織先生が。
「最近は、平気?」
めちゃくちゃ直球でわたしに聞いてくる。
「……もう平気です」
そう答えたものの。そのニコニコ顔は。
わたしにもっと色々しゃべって、って催促ですよね?
ただ、先生の意図を察しないといけないのは、ちょっと大変で。
「わたしですか、美也ちゃんですか?」
「うーんと、ねぇ……」
先生がお祭りの日のことを、知っているのかどうかで。
答えを変えないといけないな。
「昨日ね、たまたま美也に会ったの!」
「えっ?」
「パン屋さんにいったらね、なんか参考書買いにきたんだってバッタリね!」
「それから、どうしたんですか?」
「なんかあったんだねって思ったから。お茶に誘ったよ」
学校の最寄駅で、生徒とお茶しちゃうんだ……。
やっぱり、藤峰先生ってちょっと違う。
「いやいや、車だったからさぁ。一応郊外の店にしたのよ!」
……あんまり変わらない気がするけれど、まぁいっか。
「そこのホットケーキ、一回食べたかったんだから!」
ちょっと待って先生! わたしはコンビニのスイーツで我慢してるのに?
「それだって、わたしのおごりでしょ?」
いやいや、暑いからお願いって買いにいかされた、お駄賃じゃないんですか?
まぁ、払ってくれてありがとう先生。
これはこれで、ちょっと美味しいですけど。
いいなぁ、ホットケーキ……。
「でね。公開告白したって、聞いちゃった〜!」
色々と悩むわたしは、間違っているのだろうか_
こういうときの、佳織先生は。
わたしよりよっぽど、女子高生らしく見えてしまう。
「公開告白、ですか……」
そんな心がときめくような、シチュエーションだったかどうかは。
ちょっと、ねぇ……。
……あの日、あのあとは。
お団子を食べて、駅まで歩いて、なんとなく解散することになった。
駅では、珍しく弟が。
もう少し駅と電車を見てから帰りたいといいだした。
「鉄道好きには、ひとりの時間も必要よね」
月子と、由衣ちゃんと玲香ちゃんは静かに改札に入って。
同じタイミングで美也ちゃんとわたしも、家路についた。
「美也ちゃんの家まで送るね」
「……ありがとう」
そう一度、答えたきり。
わたしたちは途中で、なんの話しもしなかった。
美也ちゃんの家の前までいって、ようやく。
「ねぇ陽子、わたし告白しちゃった〜!」
明るい声でそういわれて。
わたしは正直、どう反応すればいいのかわからなかった。
「展開は予想外だったけど、わたしね……」
美也ちゃんが、視線を空に向けると。
うしろに一番星が、やさしく光っていて。
別の光の筋が、その頬を静かに流れているのに気がついた。
「告白したの、わたしが一番乗り!」
「……もぅ、なにそれ?」
思わず、そんな言葉が口から出た。
でも、それでよかったんだと思う。
美也ちゃんは、わたしを軽く抱きしめると。
それから小さく、バイバイといって。
そのまま振り返ることなく、家の中に帰っていった。
「……でね、あの子らしいなぁ〜って思ったんだけど」
えっと、藤峰先生の、そのウインク。
なんかだか妙に、引き込まれるけれど。
わたしが聞いてしまって、大丈夫なのかな?
「美也にね、あなた『付き合って』っていわなかったのって聞いたらね……」
あ、ホントだ!
美也ちゃん、それはあのときいわなかった。
「で、先生! なんて?」
「口に入れかけてたパンケーキ、スカートに落としちゃってね〜」
……うわっ、聞いて損した。
目の前で、楽しそうに笑う先生に。
わたしはいったい、どういうリアクションを取ればいいんだろう……。
「もう、それはいいから先生! いつまでもふざけないでください!」
「いいじゃない。それから美也はね、ちゃんと。えっと。まず、固まって」
「はい?」
「それから頭抱えてぐしゃぐしゃにしてて。それからやっと、いったのよ」
「えっ?」
「ほら、陽子ちゃんも思い出してみなよ!」
……えっと、あのときは。
ちょっと遠かったけれど、確か。
「改めて聞かせてくれ。海原、いったいお前は。美也のなんなんだ?」
「……片想いなの」
「わたしが……。わたしが一方的に、海原君を好きになったの……」
「海原昴君が、好きなの。大好きなの!」
それから……。
「長岡先輩、なにもいわずにすいませんでした!」
「お、俺のほうこそ、悪かった……」
「すいませんでした!」
「……すいませんでした!」
あれ?
「……すいませんでした!」
う、うそー!!!
……あの鈍感な『弟』の。
二回目の『すいませんでした!』は。
まかさ、美也ちゃんに向けてだったの?
好きだなんて知らなくて、すいませんでした。
気づいてなくて、すいませんでした。
わかってなくて、すいませんでした。
……だからこれ以上いわれても。
いまはすいませんしかいえなくて、すいません。
「もしあのとき。付き合ってっていわれてたら、『困った』んだろうねぇ……」
「と、ということは……」
「う〜ん。どうとでもとらえられるから。あとは美也の気持ち次第だよねぇ〜」
そうか……。
交際を申し込んで、失恋したんじゃない。
自分の気持ちを、伝えた『だけ』なんだ……。
……え?
そうなら、もしかして。
あのとき。
誰よりも先に動いたのは、月子だった。
美也ちゃんを抱きしめたのは、も、もしかして……。
「付き合ってっていわれてたら、『困った』んだろうねぇ……」
それって、『もし』。
彼が、断らなったら……。
月子は……。
……ま、まさかねぇ。
あの三人は、そこまでしたかかじゃないはずだ。
でも、頭の回転の速い三人だからこそ……。
……目の前の、佳織先生が。
実に楽しそうな顔で、わたしを眺めている。
そうだ!
「で、結局。美也ちゃん。最後になんて、いったんですか?」
「さぁ?」
「聞いたんですよね!」
「どうだっけなぁ〜」
や、やられた……。
それ以上は口を割らないであろう、このイタズラ女子を前に。
わたしは……。
頭を抱えてぐしゃぐしゃすることしか、できなかった。

