そろそろ、始めないと。
 またなにかが起こりそうだ。
 僕は、部長の『つもり』で、ミーティングを開始する。


 ……『放送部』のやれることは、思ったより多かった。

 学外の、コンテストに参加する。
 どうやら、『部門』がいくつもあるらしい。
 校内で、できることを考える。
 玲香(れいか)ちゃんの学校では、お昼休みに『番組』があったそうだ。
 体育祭や文化祭、そのほかの学校行事で。
 実況や司会をしたりも、できるらしい。
 ほかにも、学校紹介の動画を作ったり。
 地域の行事で、進行役を担当したり、と。
「ずいぶん、いろいろあるんですね……」
 高嶺(たかね)の言葉に、僕も全く同感だ。
「『機器部』のときは、講堂とかの音響やっていればそれでよかったからねぇ〜」
 都木(とき)先輩が、そういうと。
「『委員会』みたいな、微妙な仕事も一応あります」
 そうですね。
 三藤(みふじ)先輩が、僕にとっての『悪夢』を思い出させてくれた。

「……で。今後なにを活動に加えるか、だね部長」
 珍しく真面目な声で、藤峰(ふじみね)顧問が僕に発言をうながす。
「そうですね。この先どんなことがしたくて、できるようになるか、です」
 答えてから、僕は。
 つい経験者だからと、玲香ちゃんを見てしまう。
「わ、わたしはね。うーん、昔はアナウンスのコンクールとかに憧れたけど……」
 ……しまった。
 前の学校での、嫌な記憶を思い出させてごめんね。玲香ちゃん。
「あ、気にしないで(すばる)君。いまはみんなで、仲良くできればそれでいい」
 え?
 僕、いまなにかいったっけ?
 それとも、また顔に出てちゃったのか?
「デリカシーないからねぇ、アンタは」
 高嶺がそういうと。玲香ちゃんがまぁまぁ、といいながら。
 僕の代わりにアイツに、質問してくれる。
由衣(ゆい)ちゃんは、やりたいことある?」
「うーん。正直、楽しいければそれでいいです。ところで陽子(ようこ)先輩は?」
「えっ? わたし、もうすぐ留学だよ?」
「それはもちろん知ってますけど。だからこう、先輩が帰ってくるまでにわたしたちにやっといてよ。みたいなことって、ありませんか?」
 春香(はるか)先輩にとって、余程意外な質問だったのだろうか。
 先輩の顔が、一瞬曇った気がして。
 ……それから、微妙な沈黙が始まった。


「……よ、陽子はさぁ。わたしが誘っただけだからねぇ〜」
 なにかを察した都木先輩が、フォローを入れるけれど。
 春香先輩は、逆に。
「うん。その、誘われた『だけ』だったんだけど……」
 そういうと、やや小さな声で。
「そこから変わりたいから、留学するんだ……」
 顔を下に向けて、再び沈黙してしまう。

 な、なんだか話しが違う方向に、進んでしまいそうだ。
 ど、どうすればいいんだろう?

「それなら、わたしだって同じですし。海原くんも由衣さんも、いわば誘われたから入部しただけといえばだけなので。わたしたちはみんな、いわば主体性がない人たちの集まりということになるわね」
 三藤先輩が周囲を見回しながら、事実を述べる。

 そう、僕たちは。
 特別ななにかをしたくて、『放送部』に集まったわけではない。
 誰かに誘われたから入部しただけで。
 やりたいことがあって、希望したわけではない。

「……えっとね、ちょっと口を挟むわよ」
 藤峰先生が、やさしい声で語り出す。
「やらなければならないことが、ほとんどないのが。いまのこの部活の、いいところじゃないかしら?」
「そうね。コンクールで必ず優勝しようとか、明日も昼の番組作らなきゃとか。達すべき目標や変えられない活動に追われる部活より。みんなには、自由があるわ」
 高尾(たかお)先生が、僕たちの目を見ながら言葉をつなぐ。

「大き過ぎる自由が、逆に挑戦する気持ちを萎縮させている……んですかね?」
「義務が少なすぎて、やることが見つけられないのかしら?」
 僕が口にしたことを、三藤先輩がもう少し噛み砕いてくれる。
「そうか、それなら。なんでもできるってこと?」
「とりあえずやってみよう、みたいな?」
 玲香ちゃんと高嶺の声が、少し明るくなり。
「それなら、もしかして引退までに。まだなにか残せるかもしれないね」
 そのあと、都木先輩がそういったまではよかったのだけれど……。


「……わたしには。それがもう、なにもないよ」
 春香先輩が、小さな声でつぶやいた。

 思わず、みんなの視線が一斉に春香先輩のほうに動き始めた、そのとき。

「海原君は、見ちゃダ……」
 都木先輩が、僕になにか伝えようとして。
「美也、ちょっと!」
 藤峰先生が、慌ててとめに入った。

「……ごめんね、ちょっと風に当たってくる」
 いったい、なにがどうなっているのか。
 春香先輩はそういうと、静かに席を立ち。
 誰とも視線を合わせずに。

 そっと扉をあけて、部屋を出た。



「ちょっと、アンタさぁ!」
 高嶺が、いきなり怒り出す。
「海原くんのせいではないわよ」
「どうしてそうやって、アイツの味方ばっかりするんですか!」
「ちょ、ちょっと由衣。冷静になろうか?」
「わたしは冷静です! それより美也先輩、陽子先輩の味方じゃないんですか?」
「えっ、由衣? それってどういうこと?」
「もういいです! 陽子先輩のために! 夏休みはたくさん笑おう。笑顔で送り出そうってみんなで約束したのに! これじゃぁわたしも、誰も。ちっとも出来てないじゃないですか!」

「いい加減にして、由衣ちゃん!」
 大きな声が、したかと思うと。黙っていた玲香ちゃんが立ち上がる。
 アイツは、玲香ちゃんに叩かれると思ったのだろう。
 頭を抱えて、その場にうずくまろうとしたところで。

「陽子ちゃんのために、みんなを怒れる由衣ちゃんは……。強いんだね」
 玲香ちゃんは、そういうと。
 力一杯、アイツを抱きしめた。


「……わたしはいままで、辛かったから。強がってたけど、すっごくすっごく辛かったったから! みんなに喧嘩して欲しくない! もめて欲しくない!」
 大きな声で、前の学校での気持ちを吐き出す玲香ちゃんを。
 今度は高尾先生が、その手で抱きしめる。
「玲香ちゃんは、いっつも誰かのためにやさしいね」
 そういわれて、玲香ちゃんは大きな声で泣き出して。
 連鎖反応で、アイツも泣き出した。


「……なにやってるんだろうね、わたしたち」
 涙声の、都木先輩が。
「あの子をお願い、月子ちゃん、海原君」
 それだけいうと、ゆっくりと輪へと移動して。
「仲直りするよっ!」
 そういって、輪の中に入っていく。

「よし、ここはまかせといて」
 藤峰先生は、潤ませた目を僕たちに向けると。
「風邪ひかせないように、そっちもよろしくね!」
 頬に光る筋を流れるのを気にすることなく、無駄に右目でウインクしてきた。


 三藤先輩は、返事の代わりに僕の腕をつかむと。

「いくわよ」
 短く、そういうと。

 勢いをつけて、扉をあけて走り出す。



 そう。
 外は雨が、相変わらず強く降っているけれど。


 僕たちは、傘も差さずに。

 ……春香陽子を追って、走り出した。