「あ、え、い、う、え、お、あ、お」
朝七時。
神社の駐車場に、僕たちの声がこだまする。
合宿、三日目。
「ごはん、もうすぐできるそうです!」
スマホに届いた、春香先輩からのメッセージを読み上げると。
「手伝ってきまーす!」
高嶺がそのまま、待ちきれないとばかりに走り出す。
「よし、じゃぁいこっか?」
「お腹すいたぁ〜」
藤峰先生、高尾先生、それに玲香ちゃんがそろって移動を開始する。
「美也先輩に、知らせてくるわ」
三藤先輩は、そう僕に告げると。
木陰で、英単語の暗記をしている都木先輩に向かって歩き出す。
「……美也は三年生だから、受験勉強優先ね!」
……合宿初日、みんなの前で藤峰先生が。
「次の模試でも結果を残す。参加条件として、お母さんと約束してきたから!」
そういって、いきなり話し出した。
「あとね、日曜日にちょ〜っとお店にいったらね……」
よっぽど、合宿がうれしかったのか。
それとも、講習のあいだ部室でおしゃべりできなかったのが寂しかったのか。
なんだか脈絡のない、買い物の話しが始まった。
あぁ、これは長くなりそうだ……。
「……えっ、勝手に約束してきたんですか?」
三藤先輩が、藤峰先生を放っておいて都木先輩とおしゃべりをしている。
「なんかね、わたしがいないときにあがりこんできたらしくてね……」
「それで?」
思わず、僕も話しに参加させてもらうと。
「ふたりで、先生の持ってきたパン食べておしゃべりしてたらしいよ……」
「ええっ……」
絶対、こっちの話しのほうが聞く価値のあるやつだ。
「それだけじゃなくて」
……なんでも、そのあと。
留学を控えた春香先輩の家も『襲撃』して。
「炊事と英語。ついでに掃除と学校の宿題もやらせますって、宣言したんだって」
炊事と英語? 掃除が先で、宿題が最後なの? 順番が無茶苦茶だ。
「あとね、陽子の家でも。三人でまたパン食べてたらしいよ!」
なんなんだ、あの先生は……。
誰かと、パン食べたかっただけなのか?
「いま、三人っていいました?」
そうだった、あきれていてツッコミ忘れた。うん、三藤先輩はいつも冷静だ。
「陽子の家には、響子先生が先にきていたんだって」
「えっ……」
「そういえば、やけにオシャレして出かけていた日があったわね……」
確か、あの日は……。
あぁ、昼ご飯を買ってくるといったきり、夕方まで戻らなかった日か。
「まさかとは思いますけど……」
「そうだよ、響子先生。そのあとうちにもきたんだって」
「そちら『も』、随分と迷惑をこうむりましたね……」
三藤先輩が、遠い目をしてボソリとつぶやく。
「『も』ってどういうこと、月子ちゃん?」
都木先輩の瞳が、興味を持って輝き出す。
「海原くん、あなたが説明してくれる?」
三藤先輩が、こめかみに白い右手を当てて。
わたしはいいたくないと、仕草で示す。
「なになに、気になるよ!」
都木先輩、あのですね……。
そう、高尾先生が。
金曜の午前中も、いきなり消えた。
でもまさか……。
「どうしたの?」
「巫女姿だったんですよ」
「えっ?」
「巫女が、車から降りてきたそうです」
「ウソー!」
三藤家、赤根家、高嶺家、そして我が家にも……。
巫女が予告なく、それぞれの家にやってきた。
「じゃぁ。パン、四回も食べたってこと?」
都木先輩、勉強で疲れてます?
「いえ、干支の土鈴を四つ持ってきました」
三藤先輩が、どうしてもいいたくなったのだろう。
「去年と一昨年、あと五年前と八年前の干支、でしたけどね……」
あぁ、その脈絡のなさ。絶対余り物だ……。
「海原君の場合は?」
うちは……。漬物だった。
「食べられるだけ、マシじゃない」
「いえ、高菜漬け五キロでした」
「五キロ……」
「病気になるわね……」
ついでなので、あと二軒の手土産も紹介しておこう。
「玲香ちゃんはスルメ。高嶺はカバのぬいぐるみだったそうです」
「神事の残り物? でも、ぬいぐるみは……」
「子供縁日の、残り物ですよ」
思わず、三人でため息をつく。
「とりあえず、なにか手土産をって思っただけでしょうけど……」
「性格がケチってわけでも、ないんですけど……」
「わたしたちはパンがあっただけ、マシだったってことかぁ〜」
……まぁ、ただ。
そんなこんなではあれど。
あのふたりの先生の『おかげ』で。
僕たちが、今回の合宿を楽しんでいることは間違いない。
そして、そんな日の夕方は。
……あいにくの雨、だった。
「あぁ〜。これじゃ走れないー!」
高嶺が大袈裟にいうと、藤峰先生もつまらなさそうなようすで。
「ねぇ、本殿で走ろっか?」
それはまずいでしょう、みたいなことを平気でいっている。
「部長、てるてる坊主が足りないよ!」
高尾先生がなにかいっているのは、さておいて。
この合宿中、『基地』になっている宿坊には。
女子部員の寝る和室の大部屋と、先生たちの寝る小部屋。
それと調理場と食堂に、全員が入れなくはない会議室がふたつある。
なお、誰も興味がないかもしれないが。
僕は、高尾先生のご両親の家の『仏間』で寝泊まりをしている。
ちなみに、また合宿初日に戻るけれど。
僕の寝所については、こんなやり取りがあった。
「海原君は、宿坊の外で寝袋で寝る?」
「いくら真夏でも……。おまけに、どうして外なんですか?」
「なによアンタ。まさか一緒に大部屋で寝ようとか、変なこと考えてんの?」
「高嶺、んなわけないだろう! でも外は嫌ですよ」
「うーん。じゃぁ本殿は?」
「高尾先生。さ、さすがに本殿に布団敷くのは……」
「そう? 昔、何度も佳織と泊まったけど?」
「……のう、響子?」
「ん? なにお父さん? いつからいたの?」
「お前の部屋、もあるんじゃが?」
「い、いいわけないでしょ! もう、海原君は仏間で寝なさい!」
以上、余分なやり取りを紹介しました。
……会議室に、話を戻そう。
四角い机に、時計回りに三藤先輩と僕。先生ふたり、都木先輩と春香先輩、玲香ちゃんと高嶺がセットになって座っている。
さて、いまからどうしようか?
「ミーティングよ、海原くん」
三藤先輩が、その藤色の瞳で僕を見る。
ちょっと、ちょっとだけこの部屋は狭いので……。なんか近いですよねぇ。
そう思った瞬間。
音もなく固いなにかが、僕の脛に激痛を走らせる。
うぅ、近すぎて高嶺の蹴りが、十分な威力を保ったまま当たってきた……。
「もしかして海原君、痛かった?」
春香先輩が、なにが起きたか正確に理解した上で。
涼しい顔をして、僕に聞く。
本当に、最近キャラが変わったよなぁ……。
あぁ、以前の包み込んでくれそうなほほえみは。
いったい、どこに消えてしまったのだろう……。
今度は、右手にシャープペンがチクリと刺さる。
「あら、ごめんなさい」
三藤先輩が、素っ気なく声をかけるけれど。
絶対に意図的ですよね、それ。
「昴君。やさしいキャラが必要なら、いつでもわたしがやるからねー」
玲香ちゃんがほほえみながらそういうと、都木先輩が珍しくツッコミを入れる。
「偽りのほほえって。信用しないほうがいいよね、海原君?」
それから、藤峰先生が無駄に僕にウインクをして。
最後に高尾先生が。
……って、あれ?
珍しく、高尾先生は。
視線を、天井に向けたまま。
無関心のポーズをしていた。


