神社『勤務』も四日目となった、木曜日。
 あれから毎日。
 三藤(みふじ)先輩以外の、女子たちは。
 なにかと理由をかこつけて、話題の小ぶりなお(やしろ)によるものの。
 いまのところは誰も。
 芝犬を連れた、少しきつねに似た顔の(はら)さんには、出会えずにいた。

「そもそも原さんって、本当にいるんですか?」
 コイツは、よっぽど会いたかったのだろうか?
 いかにも高嶺(たかね)らしい。ストレートな質問に。
「だってわたし毎日、お会いしてるけど?」
 高尾(たかお)先生は先生で、逆に不思議そうな顔で周囲を見回す。
「まぁ、きっと神社が広いからだよ。(すばる)君、参道でしっかり見張っといてね!」
 玲香(れいか)ちゃんがそういいながら、僕の背中をポンと叩く。
 慣れとは不思議なもので、もう四日も見ていると。
 玲香ちゃんがなんだか、本物の巫女に見えてくる。

「そういえば、今朝はやけにオシャレしてません?」
 これまた巫女姿のよく似合う、春香(はるか)先輩が。
 巫女姿じゃない高尾先生に話しかける。
「ちょっと午前中出かけてくるの。あとはヨロシクね!」
 鮮やかな露草色(つゆくさいろ)のワンピースに、向日葵色(ひまわりいろ)のキャペリンハット。
 まぁこれは、ボソリと高嶺がつぶやいていたのを。
 そのまま借りた表現なのだけれど……。

 実際、そのツバの広い帽子は農作業のそれとは違うし。
 青と黄色で、信号機みたいな赤はなくても。
 その姿はさすがの僕でも、オシャレをしているのがよくわかる。
海原(うなはら)君。なんか、ちっともほめてないよね?」
「えっ?」
 春香先輩が、僕をチラリと見てから。
「帰ったら響子先生に教えちゃお〜」
 そういってから、手を振り出す。

「……フアッションセンス『は』、抜群だよねぇ」
「スタイル『は』、いいしねぇ」
 高嶺と玲香ちゃんが、手を振る先生を眺めながらぼやいている。
 その『は』の裏には。
 いったいどんな思いが隠されているのか『は』、よくわからないけれど。
 なんだか、女子高生って怖いんだな。
 僕もそれだけ『は』思った。


「海原くん。きょうのお昼は、先生が買ってきてくださるそうよ」
 向日葵色が小さくなるのを、ぼんやりと眺めていた僕に。
 三藤先輩はそれだけいうと。
 掃除用具の入ったバケツを手に持ち、スタスタと歩き出す。
 その声色が、微妙にいつもと違う気がして。
 僕は呼びかけようとしたけれど。
 あっというまに角を曲がって、消えてしまった。

「ねぇ月子(つきこ)先輩、いつもどこいくの?」
 高嶺が聞いてくるが。
 僕も日中はすれ違いが多くて、詳しくはわからない。
「どこかの掃除を、任されているらしい」
「ふーん。それで機嫌悪そうなの?」
 なるほど、三藤先輩は機嫌が悪いのか。
 いや、でも……。
「掃除好きなはずだから、それで機嫌が悪くなることはなさそうだけどなぁ?」
「いや、やりたくない掃除って。アンタだってあるでしょ?」
 お前ほどは、ないと思う。
 僕が口に出かけた言葉を、飲み込んだところで。

「……えっと。もしかしたら月子」
 春香先輩が、ちょっと遠慮がちな声で。
「ご飯作りたいのかもしれない」
 掃除が問題じゃないと、教えてくれる。
「ほら、結局食事の担当。英会話も兼ねて、先生とわたしがしてるでしょ?」
「は、はぁ……?」
 イマイチ要領を得ない僕が、そんな返事をすると。
 先輩は、ため息をついて。
「残念、説明するだけ無駄だったか」
 冷めた目で僕を見る。

「え? どういうことですか?」
「あのね、ご飯を作るっていうことの意味、わかる?」
「……感謝していただきます」
「小学生みたいなこと、言わないでよもう〜!」
 先輩が、僕の隣であきれている高嶺にバトンタッチ、みたいな目で見たけれど。
「コイツじゃ、あと百年してもわかんないですよー」
 もうお手上げですよ、みたいに答えると。
 アイツは巫女姿のまま、ノシノシと歩いていった。



 ……いつまでも僕も、油を売っている場合でもない。
 きょうも変わらず、砂利の山かぁ。せめて砂の山ならいいのになぁ……。
 あまり意味のないことを考えながら。
 例の小ぶりなお社を超えたあたりで。
 思いがけず、僕はある人物と出会う。

「……原さん、ですか?」
「いかにも」
 どうしてこの人が原さんだと思ったのかは、よくわからない。
 とはいえ。
 原さん以外ではあり得ない、とも思った。

「あのお嬢ちゃんは、元気になったかね?」
 きっと、三藤先輩のことなのだろう。
 原さんは、僕が答えるよりも先に言葉を続ける。
「あのお嬢ちゃんは、掃除が大変上手だ」
 おおっ!
 先輩の掃除好きは、原さんにも知られているのか。
 あとで、先輩に伝えたら喜んでくれるかな?
「……それはやめとけ」
「へ?」
「なにを考えておる……。機嫌が悪くなるから、やめとけ」
 原さんにも、僕の顔の表情とかが見えているんだろうか?
 ちょっと特徴的な原さんは、そんなことはお構いなしに。
「続けてよいか?」
「あ、どうぞ……」
 話しをさせろと、僕に催促してくる。


「巫女のお嬢ちゃんたちも、明るくてよろしい」
 きっと、残りの三人を指しているんですね。
「もうちょっと小さな声でも聞こえとるがな。一応神社じゃて」
 僕は高嶺が、この辺りで大声で原さんを探している姿を想像する。
「そのまま伝えたら、また怒られるぞ」
 ありがとう、原さん。
 僕への気配りまでバッチリですね!
「いや、目の前で騒がれたらうるさいだけじゃ」
 そ、そうなんだ……。
 しっかりキャラを、つかんでるんですね。

「それと、ここのところ。前からおる社のお嬢ちゃんも、生き生きとしとる」
 高尾先生のことか。
 原さんにとっては、女子高生も先生も同じ扱いなのだろう。
 うーん、これは……。
 先生には内緒にしておこう、張り切りすぎそうだしな。
「いや、それはな」
「はいっ?」
「小さい頃から知っておるでな。若いっていってやったら、大層喜ぶぞ」
 そ、そうなんだ……。
 女性の扱いって、ムツカシイですね。


 原さんはそこまでいうと、ひとりで参道の木々を仰ぎ見る。
 すると、まるで原さんに拍手でもするように。
 にぎやかにセミたちが一斉に鳴きだす。
「ほれ、ポチッと押したぞ」
 親指を立てて、原さんがニコリとする。
 まさか、スマホとか持って『リアクション』のボタンを押したつもり……。
 とかじゃないですよね、それ?
「持っとらんよ。だいたい、コンセントがないわ」
 理由が、それなのか? それでいいのか?


「……して、どうするつもりじゃ?」
「はい?」
 どうも話しが脱線する、とブツブツ原さんがいいながら。
 謎の老婆が、僕に謎かけをしてくる。
「お主は、どうするつもりじゃ?」
「スマホを持つかどうか、ですか?」
 原さんは、いつもどこかで聞いたことのあるような、大きなため息をついて。
「本当に……部長なのか?」
「へっ?」
「まだまだ、じゃのう……」
 な、なんかよくわからないけれど。
 と、とりあえずすいません……。


「……願いの強い子も、まっすぐな子も、遠慮がちな子も、わかっておらん子も、あきらめたような子もな」
 原さんが、僕の目をじっと見た気がするけれど。
 僕には原さんの瞳が、見えなかった気がした。
 ただ、その笑顔が。

 妙にやさしかったのだけは、わかった。



「……よう考えるのじゃよ、海原昴」

「ちょっと! なにボケっと座ってんの!」
「えっ?」
 突然の、原さんとは違う声に驚くと。
 目の前に、栗色の塊が現れた。

 ……ん?
 もしかして、これは高嶺の頭か? でも、なんで頭が目の前に?
「なにこれ? 珍しい」
 なるほど。
 どうやら、僕の足元に落ちていた葉っぱ拾おうと。
 アイツは声をかけながら、しゃがんだらしい。
 だから頭なのかと、そう思った瞬間。
 鼻のあたりに激痛が走り、目の前が真っ白になる。
「う、ううっ……」
 アイツは、痛がる僕よりも。
 自分の頭のデコレーションのほうが、大切だったようで。
「ちょっと、せっかく可愛くセットしてもらった髪、触らないで!」
 遠慮なく吠えてくる。

「い、いや。触ったわけじゃなくて……」
 そう答えながら、鼻と口を押さえている僕を見て。
 今度は高嶺の顔が、真っ赤になる。
「へ、変態っ!」
「は?」
「頭に……。その……。口とかつけないで!」
 あぁ、なんていうかその表現。
 ロマンチックなものとは、絶対違うやつになっている……。
「もう、あとで消毒しないとやってらんない!」
「頭に消毒液はまずいだろ」
「え?」
「あとどっちかというと、お前の汗だくの髪の毛のほうが汚れ……」
「な・に・か?」
「あ……。ご、ごめんなさい!」
 吠えるだけでなく、あと少しで僕は噛みつかれそうだった、のだけれど。

「……ん? なに、この葉っぱ?」
 絶妙の、タイミングで。
 アイツと僕のあいだに『それ』が。

 ……とてもとても。
 ゆっくりと舞ってきた。

 でもいったい今頃、どうしてここに?
紅葉(もみじ)、だな」
「さすがにわかりますけど!」
 いや、言葉が足りなかった。
紅葉色(もみじいろ)の、紅葉……」
「なんで? まだ夏だよ、七月だよ?」
 アイツのいうとおりだ。
 この時期に、これほど鮮やかな葉っぱが。

 しかも、一枚だけ?

 まるでつい先ほど木から離れたばかりのような、一枚の葉を見つめながら。
 僕はなんとなく、わかってしまう。

「……原さんの、落とし物だな」
「え、なに? アンタ、原さんと会ったの?」

 会ったし、会話もした。
 けれどあれ……。
 どうして僕はここに座っていたんだ?
「さっきまで、あっちのお社のあたりにいたはずなんだけど……」


 結局高嶺に、サボりのいいわけをするなと怒られて。
 予定の遅れを取り戻そうと、必死に砂利の山をならしながら。

 僕は原さんとのやりとりを、必死に思い出す。

 あ、あれ?
 確かあのとき。


 ……そう。
 原さんが僕の『名前』を呼んだあと。

「わしを、見える子と見えん子がいるんじゃ。その『理由』はな……」

 どうしても、その続きが思い出せないけれど。

 もしかしてアイツには、原さんが見えないのかもしれないと思い。

 ただ、見えると見えないの違いがやっぱり……。


 僕には、思い出せなかった。