……木陰が多いとはいえ、暑い!
 少し建物の影で、休もうとしたところ。
 バケツの水を捨てにきた彼女と、バッタリ出会った。

陽子(ようこ)ちゃん、暇だねぇ……」
玲香(れいか)ちゃん、わたしは結構忙しいんだけど? もしかして、サボってない?」
「ないない! ちゃんとこの辺は掃除した!」
「本当かなぁ……?」
 言葉とは裏腹に、陽子ちゃんは笑顔でわたしを見る。

「……建物の中も大変だよねぇ〜」
「外も広いよねぇ〜」
「なんでわたしたち、こんなことしてるんだろうねぇ……」
 思わず、最後に同じことを口にしたので。
 ……思わずふたりで、顔を見合わせてしまう。


 陽子ちゃんは昨夜遅くに、わたしの家にやってきた。
 彼女とよく似たお母さんが、丁寧な挨拶をママとわたしにする。
「玲香さん、陽子をよろしくお願いします。わがままな子だから、面倒になったら遠慮なく叱ってくださいね」
 ……もし、陽子ちゃんがわがままだとしたら。
 きっとわたしなんて、どうしようもないくらい絶望的な子になってしまう。

 ママは、そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか。
 陽子ちゃんに限ってありえませんよ、みたいなことを笑いながら答えていた。
 車が見えなくなるまで、見送ったあとで。
 彼女をわたしの部屋へと、案内する。
 靴を揃えるのとか、階段を静かにのぼるのとか、そんなときにいちいちママが。
「玲香と違ってえらいわねぇ〜」
 そうほめて回ってくる。

「お布団、寒くないかな?」
「……ママ、いま夏だよ?」
「ねぇ、玲香の隠してあるぬいぐるみとか、出さなくていいの?」
「そんなの、いわなくていいから!」
「お風呂のシャンプーとか、玲香ので平気?」
「もう! あとはわたしにまかせて〜!」
 ママが、ハイテンションなのは少しわかる。
 一人っ子だし、いままで友達が泊まりにくるとか。
 そもそも、遊びにきてくれたことだって……。

 ふと、(すばる)君のことが頭によぎって。
 いやいや、今夜の主賓は陽子ちゃんなんだと。
 昴君には、頭の中でだけど退出してもらう。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。そろそろお風呂かなって」
 わたしがそういうと、陽子ちゃんがカバンを開いて。
 きれいに折り畳まれた着替えを準備し始める。
 ……そう、まずは。
 きちんと陽子ちゃんと。
 仲良くなるんだから!

 陽子ちゃんを、お風呂に案内すると。
 ものすごい種類の入浴剤や小さなシャンプーのボトルなどがカゴに入っている。
「なんか、ママが張り切っててゴメンね……」
「ううん、大切にされてる気がしてうれしい」
「お風呂上がりのハーブティーも、なんかいっぱい用意してた……」
「そうなの! あとで一緒に飲もうね!」
 夕方に冷蔵庫の中を見たときは、どうかと思ったけれど。
 この笑顔のために、ママは頑張ったのかなと思うと。
 別の日に、ちょっとだけおしゃべりに参加させてあげようとわたしは思った。


「……五種類もあるなんて思わなかった! でも、よく冷えてておいしかったね」
「全部試させちゃって、ゴメンね」
「平気、わたし大好きだから!」
 そんなことを話しながら、わたしたちはベッドと布団に横になる。
「きょうからしばらく、よろしくね」
「こちらこそ、月子(つきこ)ちゃんから横取りしてごめんね」
 わたしは気になっていたことを、彼女に伝える。
「どうして?」
「だって親友でしょ? なんか悪かったかなぁ、って思ってね……」

 ……陽子ちゃんが、どこに泊まるのか。
 月子ちゃんと由衣(ゆい)ちゃんを交えて、四人で話し合った。
「昴君の家がよければ、遠慮なくそういっていいよ!」
 冗談で、わたしがそういったとき。
 彼女は、びっくりするほど両手を左右に振りながら。
「そんなのないない!」
 真っ赤な顔で否定した。

 ……まぁ、その件についてはおいおい聞くとして。
 あのとき、月子ちゃんは。
 意外と粘らず、陽子ちゃんが好きに決めればよいといった。
「そういう、親友ですから余裕だわーみたいなのって」
 由衣ちゃんは。
「なーんか月子先輩がやると、嫌味なんですよねー」
 遠慮なく、わざと聞こえるようにそんなことをいう。
「本人の前で、本当のこといい切っちゃう由衣ちゃんも。なかなか強烈だよー」
 陽子ちゃんが、フォローにならないフォローをする。
 それを聞いた月子ちゃんは、さりげなく長い髪を一度はらうと。
「そこのふたり。さりげなくわたしに。随分と失礼なこといってないかしら?」
 余裕たっぷりに、大物感を漂わせていた。

 ……そう。
 そんな三人のやり取りを見ていて。
 わたしも、そんなふうに。一分でも早く、遠慮なく話せる仲間になりたくて。
 こうしてわたしの家に、陽子ちゃんにきてもらうことにした。


「陽子ちゃんと仲良くなりたかったから。きてくれてありがとう」
 これは、偽らざる気持ちで。
「わたしも同じだよ、玲香ちゃん」
 その返事にも、一点の曇りもなかったから……。

 わたしは、あらかじめ用意していた言葉を発しなくてよかったと。
 本当にそんな気遣いは不要なんだと、確信した。


 ……もうすぐ、会えなくなるのに。
 月子ちゃんとの時間を奪ってしまって、ごめんなさい。
 そう。
 そんな考えは、間違いだ。

 一緒に過ごす時間を奪うとか、奪われたなんて誰も思わない。

 わしたち、みんなは。
 一緒にいられる時間をどれだけ大切にできるかが、大事なんだ。



 ……そんなことを、思い出しているうちに。
 どうやらまた、外の気温が一度上がった気がする。
「玲香ちゃん、どうかした?」
「ううん。ほんと、真夏は暑いよね〜」
「暑くない夏なんて、夏じゃないよ」
「いやだ〜、たまには雪が降ってもいいのに〜」
 そうやって、ふたりで他愛のないおしゃべりをしていたら。

「こらー! そこのふたり、サボらない!」
 いきなり、響子(きょうこ)先生の声が向こうのほうから飛んできた。
 なんかかわいい巫女姿のくせに、思いっきり先生モードだ。
「見つかっちゃった!」
「見つかったね!」
 わたしたちはまた、同じことを口にすると。

 もう一度、ふたりで顔を見合わせて。
 今度は揃って、笑ってしまった。


「もう、笑ってないで。お仕置きの時間よ〜!」
 そういいながら、巫女の大将が笑顔で近づいてくる。

 響子先生。
 わたしいま、本当に楽しいよ。

 ……だから、神社で叫ばせて。


「陽子ちゃん!」
「えっ、なに?」
 驚く『親友』に短く。
「わたし、逃げるから」
 笑顔で、そう告げると。

 わたしは、ほうきを持って走り出す。


 数秒遅れて、うしろからふたつの声が追いかけてくる。
「こらー、逃げるなー!」
「玲香ちゃ〜ん、ずるい〜!」


 ……もっと、もっとわたしを追いかけて。
 ……ずっと、ずっと仲良く過ごそうね。


 高校を変えたのは、大正解。
 みんなに、出会えて大正解。

 まだまだ、かなえたいことがあるけれど。

 まずはこのときをしっかり楽しもうと思って、わたしは。


「待ちませーん!」
 大きな声で、神社で叫んでから。

「みんな、ありがと〜!」

 とってもありきたりで。

 でもわたしにとっては、特別な言葉を。


 もっと大きな声で、叫んで走り続けた。