めんどくさくて、やさしい夜

「なーんかさ、昔は『私と仕事とどっちが大事なの?』なんてセリフは、女子の定番みたいに言われてたでしょ、ホントはそうじゃないよね。男子はそういうの言っちゃいけないみたいな雰囲気あったんだと思う。でも絶対、そういうこと思ってた人いっぱいいると思うもん」
「そうかもね。みんな生きていくのは大変だー」
「だよねー」と恵美子も伸びをする。
「でも、私は恵美子のおかえりごはんがあれば、全部、乗り越えていけそうだよ」
 言いながら、彩はビーズクッションを引き寄せてよりかかる。
「今日、泊まってってもいいよ?」
「う……ん、どうしようかな」
 その時、LINEメッセージの着信音がなった。ピコピコと連続でなるのが聞こえる。
「ラガーマンからじゃない? 見たら?」
 恵美子がアゴでバッグをさす。
「えー、いいよ」
「意地張らないの。ホントは帰ってきちゃったこと後悔してるんでしょ?」
 図星だ。
 今、すごく幸太と話したいと思っている。
 恵美子から繰り返しすすめられて、のろのろとバッグからスマホを取りだす。
 メッセージを見ると、「今日はごめん。彩の分もごはんいただいちゃった。早く帰っておいでよー」という、的外れで気の抜けた文面の最後に、またクマが泣いている絵文字がついていた。
これは彼の精一杯のアピールなんだろう。
言葉にしなくてもストレートに伝わってくることがたくさんある。
 つい、「バカだなー」とつぶやいたら、恵美子に「好きなんだね」とからかうように言われた。
「優しい顔してるよ、彩ちゃん。そんな優しい『バカ』初めて聞いた」
「え〜っ? 何言ってんの」
「ラガーマンのことはもちろんだけど、今なら彼と一緒にいる時の自分のことが好きって思えるんじゃない? 婚活してた時とは全然違う」
 指摘されて、初めてそれについて考えてみた。
 幸太といる時の自分かぁ。
「そうだね。考えたことなかったけど、悪くないかも」
「でしょー」
「でも、私は恵美子といる時の自分のことも好きだよ」
「そんなの、私だってそうだよ」
「何それ、へんなの」と言いながら、二人で笑いあった。久しぶりのこんな時間が新鮮で、やっぱり私には必要だと彩は思う。
「やっぱり私、カタツムリ女子なのかもしれないな」
「ナメクジじゃないことを願おう、お互い」
 そういって、恵美子は立ち上がる。
 彩も「帰るね」といって、小皿などを片付け始めた。
「いいよいいよ、そのままで。残り、圭介に食べさせるわ」
「えー、ごめん。圭介くんと約束してた?」
「してない。私たちは相変わらず刹那的に生きております」
 わざと真面目な顔になった恵美子が言うので、つい吹き出してしまう。
「ラガーマンによろしくね。それからお礼言っといて」
「何の?」
「セフレ発言してくれたから彩ちゃんに会えたって」
「そっかー。そう思うとシャクだけどな。幸太のおかげで最高の時間をすごせたって言っとくわ。今日はごちそうさま。またね」
「うん。またね。今度は彩ちゃんのコーヒー飲ませて」
「もちろん。また来ていい?」
「彩ちゃんの席は空けてあるよん」
 次の約束があるだけで人生は楽しい。
 自分の気持ちに素直になるだけで、日々が鮮やかに見えてくる。
 今のままでいい。自分が最善だと信じる道を歩んでいけばいい。彼女はそんなことを教えてくれた。
 恵美子と過ごしたほんのわずかな時間。
 その穏やかな余韻を抱きながら、心はキラキラとした明日へと向かっている。
 大切なものをちゃんと大切にして、感じるままに進んでいこう。