めんどくさくて、やさしい夜

「ねえ、恵美子ってさ、恋愛と仕事、どっちが大事?」
「なにそれ、昭和っぽい質問」
 笑ってから、少し真面目な顔になる。
「どっちも大事。ただ、どっちかを選ばなきゃいけないって時には自分を選ぶかな」
「勇気あるよねー。私、それができなかった。いつも何かの顔色ばっか見てた気がするよ」
「でも、今は彩ちゃんもそうなんじゃない? 一緒に住んでた頃と全然違う感じがするよ。昔は気づくのが遅いタイプだったけど、今は気づいた分だけ悩んでる」
「そう?」
「なんだろ、自分に優しくしてあげると、人にも本当の意味で優しくなれる気がするんだよね。誰だっけ? 一緒に仕事してたさっきの…」
「小出さん? デザイン会社の」
「あー、そうだ! 熱血爽やか小出さんだー! あの人、そういう人だった気がする。会ったことないけど。もう彼とは全然関係なくなっちゃったの?」
「彼、異動になっちゃったから、いつも一緒に仕事してるわけじゃないけど、時々会うよ。私の『どうでもいい人フォルダ』には入れてない。推し服キットを一緒に作ってくれたのも彼だし」
「妬けちゃうな〜」
「何言ってんの」
 突っ込むと、「私は彩ちゃんの『大事な人フォルダ』に入りたい」といって、恵美子はイヒヒと笑った。
「告白とかされなかったわけ?」
 恵美子がいたずらっぽく笑いながら聞く。
「それはないけど。でも、もしあのとき、違う選択してたら……ってちょっとだけ思う」
「でもさ、今の彩ちゃんって、あのときの延長じゃなくて、今の彩ちゃんでしょ?」
「うん、まあ、それはそう」
「けど、ラガーマンもそんな気持ちなのかもしれないよ?」
「どういうこと?」
「一緒に苦労して頑張って、成功して喜びを共有できるって特別な体験じゃない? 次の目標とか、次にこうしようみたいな約束ができるだけで、人生が充実すると思うんだよね」
「運命共同体的な?」
「まあ、言ってみればそうかな」
「そういう意味では、あの頃よりも今の自分の方がいいかな」
 そう言った自分の声が思っていた以上に澄んで聞こえた。
 キャリアというのは肩書ではなくて、選び続けて毎日の積み重ねだ。
 その中に好きなことも悔しかったことも全部含まれてる。
「それって、めっちゃすごいことだよ」
 恵美子がビールの缶をトンとテーブルにおいて、笑顔を見せた。
「好きって思える自分でいるのって、簡単そうでいちばん難しいじゃん」
「でも、それを教えてくれたのは、多分、恵美子だよ」
「またまた〜。私なんか組織に属してないし、もしかしたら、このままサロンを持たずに出張ネイルばっかりやるかもしれないでしょ? だから、次会うときまでに、これを頑張っておこうってお互いに言うんだ」
「それ、圭介くんのこと?」
「まぁ……。いやいや、私のことはいいんだよ」
 恵美子が珍しく言葉を濁した。
 でも、表情が緩んでいるところを見ると、うまくいってるのだろう。たしかに、ずっと「お互いに相手がいなかったら、そのうちにね」なんて言ってたけど、それが今ではかけがえのない相手になってるのかもしれない。
 でも、この話は改めて聞こう。
 そしたら、また会う「約束」ができそうだから。