「実はなんとなくプロポーズみたいのもされたことあるんだ」
「うひょう! ついに! 先こされたかー」
 恵美子は手にしていた缶ビールをテーブルにおき、パチパチと拍手をした。
「けど、ちょうど推し服キットが軌道に乗ってた時でね、私、一度にいくつもできるタイプじゃないからちょっと待っててって言ったの。もちろん、私もいつかは結婚したいと思ってるっていう気持ちも伝えた。なのに、毎回、家に行くまでに段取りを踏むんだよね。今さら女子高生でもないのに、いきなり家にいったからって、『私のこと大切にしてくれない』とか『カラダ目的なの?』とか思うわけなくない? あー、しゃべってたら喉乾いてきちゃった。もう1本飲んでいい?」
 一気に言うと、恵美子は「もちろーん。セルフでね」と冷蔵庫を指差した。
 勝手に冷蔵庫を開けさせてもらって、一本、缶ビールを手にとる。
「恵美子は?」
「私、まだ大丈夫。それより、焼きうどん食べちゃわない? ラムが固くなっちゃうかも」
「いただくいただく」
 焼きうどんはぬるくなっていたけれど、じんわりと温かくて、こういう時間を大切にしたいと改めて思わされる。
「そうかー。彩ちゃんが、結婚に飛びつく感じでもない、しかも、会う時は効率的にって感じをビンビンに出しちゃったからか。それで逆に『セフレ』なんて言われちゃったんだ」
「そうかも……」
「彩ちゃんはカタツムリ女子なだけなんだけどねえ」
「カタツムリ? 私、殻にこもってる? のんびり屋?」
「じゃなくて。最近、スネイルガールとかカタツムリガールとかも言うんだけど、なんていうのかな、キャリアを積むための努力はするけど、でも成功するためにわき目もふらずって感じじゃなくて、マイペースにセルフケアしたり、自分にとっての幸せを大事にする女子のことをそういうらしいよ」
「へー。ていうか、恵美子って前からそんな感じだったよね。要領もいいし、ブレがないの素晴らしいよ」
「いやいや、私も迷ってたのだよ、いろいろ」
 恵美子は言いながら、えへへと頭をかく。
「圭介くんとのこと?」
 恵美子の飲み友達の圭介は、やっぱり30歳を機に、今までのノマド的な派遣社員から旅行会社の正社員になり、とりあえず3年は頑張ってみると決めて頑張った。それに触発されて、ネイリストの資格試験を受けてみたのもあるらしい。
 その後は2人とも、「マイオフィス」的なものを探して進んでいる。
「それもあるかな。でも、ネイリストの試験受かってワーホリで最初にいったオーストラリアの女性が素敵でね。ちょうどカタツムリガール的な考えが急増してた時なのかもしれないんだけど」
「うんうん」
「たとえばさ、せっかく週末にゆっくりすごしたのに、はい! 月曜日! みたいに切り替えるとプレッシャーじゃない? だから、月曜はゆるゆると仕事始めて。徐々にアクセル踏んでいくとかね。そういうのいいなと思って」
 しゃべりながら、恵美子の目が輝きだすのがわかる。
 彼女はその時々で、自分の気持ちにまっすぐ向き合う。今も充実しているのが伝わってくる。彩はそれを口にした。
「恵美子はほんとに、自分があるよね。相変わらずふらふらしてるようには見えるけど、ほんとはちゃんとしてる」
「そうかな。そんなふうに思ってくれるとしたら、他の人と比べるのを本当の意味でやめたことかもしれないな」