「で、今は恋の方はどうなってんの? なんだっけ? デザインの人? ラガーマン? それとも別の人見つけちゃった?」
「……ラガーマン」
「え、ほんと? 適当に言ってみたんだけど。じゃあ、あれからうまく行ってつきあってるんだ! 結婚は?」
 聞かれて彩は首を振った。
「やっぱ居心地いいなぁ。恵美子の家って感じ。楽しかったよね、あの頃」
 幸太とのことをうまく説明できず、さりげなく話を変える。
「ちょいちょいちょい? 過去を振り返るには早すぎやしませんか」
 恵美子にぐいっと見つめられ、彩はつい目を伏せた。
「だって……」
「何、なんかあったん? 目白に用があったわけじゃないんでしょ?」
 さらにせまられ、彩は天を仰いだ。
「バレたか……やっぱり恵美子に隠しごとはできないなー。なんか気づいたら目白で降りてたんだよね。職場のある池袋で乗り換えはしたくないって無意識に思ってたのかもね」
「ケンカでもしたの?」
 今日のはケンカと言うんだろうか。
 彩が一方的に悶々として、店を出てきただけな気もする。
「ケンカではない、かな……。あっちは怒ってなかったから」
「彩ちゃんが怒ったってこと?」
「うーん……セフレって言われたんだよね」
「ラガーマンが? そんなこと言ったの!? 彩ちゃんに??」
 沸点の低い恵美子は、目の前に幸太がいるかのごとく怒りを露わにした。
「あ、えーと違う違う。私のことをそう思ってるってことじゃなくて、私が幸太のことをそう思ってないかってこと」
「え? そっち?」
 恵美子の缶ビールを持つ手が止まった。
「なんて言ったの?」
「『俺ってセフレ?』って」
 半ばヤケになっていうと、恵美子は「ふふふ……ふぁふぁふぁ……ぎゃはははは!」と笑い出した。
「ひぃ〜! それ本気で言ったのかな。うわはははは。ダメだ、お腹いたい」
「ちょっと何よー。笑いすぎ」
「マジで言ったんならさ、ラガーマン、彩ちゃんのこと全然わかってないよね。彩ちゃんがそんな思考になるわけがない」
「でしょー?」
 やっぱり恵美子はわかってくれる。
 ダテに3年間も一緒に暮らしてない。だから、楽なんだな。
 そう思ったとき、恵美子がふっと真顔になった。
「言ってないんでしょ? 本当の気持ち」
 恵美子の声が、少しだけ低くなった。
「……え?」
「ずばり言っていい?」
 一瞬ひるんだ。
 言ってほしいという思いと、聞きたくないという思いと。相手が恵美子なだけに、図星をさされる可能性が120パーセントある。
「う……ん」
「彩ちゃんってさ、昔からそうだよね。ちゃんと考えてるのに、肝心なとこで黙る。わかってほしいって思ってるくせに、伝える前に諦める」
 容赦のない指摘に、箸を持っていた手が止まる。
「……でも、言ったところで、うまく伝わるかわかんないし」
 彩は、小声で返すのがやっとだった。
「それって、相手を信じてないってことじゃない?」
 カチャ、と皿の音が静かな部屋に響いた。
 少しの沈黙が落ちる。再び台所に立った恵美子のほうから、電子レンジのピーという音が遠くに聞こえた。その音が警告の笛の音のようで、彩の胸に、見透かされた悔しさのようなものがじわじわと広がっていった。
「はい、できたよー。ってあっためただけだけど」
 何事もなかったように、肉まんのようなものを目の前に置かれる。
 触れてこないのがこわくて、なぜか目を合わせられない。
「ホーショールって名前だったかな。肉まんっていうか小籠包っていうかピロシキっていうか……」
 再び彩の前に座る恵美子の顔を見られず、「お先にいただくね」と小さめのそれを皿にとり、一口、かじってみる。
「わ、これもおいしい!」
 淡白なようで、しっかりとうまみも凝縮されている。すぐに二口めをかぶりつきたくなる。
「いい食べっぷりだね〜。じゃなくて! なに言ったの? その発言、実はけっこう重いやつじゃない?」
 ダメだ、やっぱり恵美子に隠し事はできない。
 彩はおはしを置いた。