風香がこの世界から消えた。

 僕は、母からその事実を知った。

 朝、いつもは階下から大声を張り上げて僕を起こす母が、わざわざ部屋にまでやってきて静かに僕を起こした。

 何事かとおののく僕に、母は風香のことを告げた。

 それからどうやって学校に行ったのか、よく覚えていない。

 次の記憶は、やけに早く、誰よりも早く、僕は登校したということだ。

 席につき、雨の降る外を眺めていた。

 そうしているうち、徐々に他の生徒たちが登校してきた。

 彼らの口から語られるのは当然、風香のことだった気がする。

 僕は頬杖をついて、ずっと外を見ていた。

 誰も、僕に話しかけてこなかったはずだ。

 やがて担任が少し早めにやってきて、集会が開かれた。そこで改めて、風香が僕たちの世界から消えたことを告げられた。その後、授業は通常通りに行われて、帰宅した。

 僕が橘風香という神秘に憑りつかれるのは、少ししてのことだ。





 11月の下旬を迎え、にわかに雪の気配が漂いだした。気温が一気に下がったせいか、講義に出席している学生の姿は少なかった。おそらく凜も来ないだろうと思った。何もなくたって突発的に講義を休むことがあるのだから、今日の様に寒い日はなおさらだ。

 僕は一応携連絡してみようと携帯を取り出した。すると、既に凜からメッセージがあった。

『講義は休むけど終わるころにそっち行くから会おうね』

 不真面目な彼女に返信して、僕は講義に集中した。途中講義が脱線して、教授のクリスマスに対する憎しみのような、本来の講義内容と全く関係のない身の上話をしていて、それが案外面白かった。寒い中、来た甲斐はあったかもしれない。

 講義もとい漫談を満喫した僕は、凜が正門前で待っているとのことだったので、すぐに向かった。僕は白い息を吐きながら凛を探し、コートとマフラーを身に付けて門の前に佇んでいるのを見つけた。

「お待たせしました」

 僕の声に凜は顔を上げた。白い肌が赤みをたたえていた。

「や、待ったよ。偉いねえこんな寒い日にも講義に出て」

「まじめだからね。今日はどうしたの」

「また樹の家に行きたいなと思って」

「え、僕の家?」

「というわけで行こうか」

 凛は僕の手を取り、返答を聞くまでもなく歩き出した。

「い、いや許可してないぞ」

「いいから! ほら、早く行くよー」

 小さくか細い手で力も弱かったけれど、彼女の強固な意思に引きずられるがまま、僕は凜と共に帰宅した。

「相変わらず綺麗な部屋だねえ、将来は家政婦?」

「生憎奉仕の心というのは僕に無い」

「優しいのに」

「それとこれとは別。優しくなくたって奉仕をする人もいるだろうし」

 取るに足らない会話をしながら淹れたインスタントコーヒーが入ったカップを、凛に渡した。 

「ありがとう」

 凛は両手で包むように持つ。僕は自分のマグカップをテーブルに置く。

「僕の家にまで来て、今日はなにを?」

「今日は11月の、11月のー」

 凛が言い淀んで、僕は首を傾げた。

「あれ? 何日だっけ」

「確か、22日だけど」

 自信がなかったので部屋のカレンダーを確認すると、5月からめくられていなかった。携帯で確認すると合っていた。

「それがどうしたの」

「パーティーしようよ」

 思考が一度停止して、僕は彼女の言ったことを何度か繰り返して、飲み込んだ。

「パー、ティー?」

「そう、パーティー。みんなやるらしいよ」

「パーティー」

「そう、パーティー」

 僕達は二人とも沈黙した。ストーブが熱気を送る音がよく聞こえてくる。僕は腕を組んでパーティーなるものについて考えた。

「何するの? パーティーって」

「え? 樹、知らないの?」

 凜の言い方は、僕の無知をとがめるものではなくて、当てが外れたという方だった。

「知らないよ。知ってるわけないでしょ。大体パーティーっていうのは、頭になにかつくんだよ。きっと」

「例えば?」

「誕生日パーティーとか?」

「・・・・・・なるほど。うーん、参ったな」

「・・・・・・じゃあたこ焼きパーティーとかいいんじゃない」

 小さく言ってみて、なんだかむず痒かった。こういうことに僕は慣れていないのだ。

「たこ焼きパーティーか、うん。いいね、そうしよう」

「良かった。そうなると次は場所なんだけど。まあ仕方ない。僕の家で」

「私の家、来る?」

 彼女の突拍子もない提案にはいつも驚かされるけれど、その提案が今までで一番だった。

「え? いいの?」

「うん。実はたこ焼き器もってるんだ。ちょうどいいでしょ」

 意外だった。

「まあ、君がいいならお邪魔します」

「決まりね。楽しみだなあ」

 僕達はパーティーを2日後に行うことにした。予定が決まった後は僕の家にあるゲームを夕方まで遊んで、凜は帰って行った。





 その夜、僕はいつも通り黒いノートを開いていたけれど、世界に入ることができなかった。

 2日後の買い出しや、年末実家に帰ること、数日前、森下から伝えられた成人式のこと、テストのこと、就職活動のことなんかを、ちょっと早いだろうと思いながらもぐるぐると考えていた。

 大分先まであらゆるイベントに埋め尽くされていて、面倒だった。会話の中の冗談で、森下に成人式は出ないと告げてみると大ブーイングだったので、結局行くことになるし、テストからも就職からも逃れることはできない。ナーバスになってきたので、いったんそれらを頭の隅に追いやって、ひとまずたこ焼きパーティーのことを考える。

 凛の家に初めて行くということもあって、僕は少し緊張しているのか、胸の辺りがざわついて落ち着かず、頭も少し重く、妙に手が震える。

 僕も大概大袈裟だ。

 これまでと同じく仲良くするだけじゃないか。

 ただ友人の家に遊びに行くだけだ。

 僕たちは友人。ただの、親しい友人。

 それ以上のものは、何もないのだから。





 駅から案内してくれる約束だったので、僕はあと一駅というところで凜に連絡をした。既に彼女は待機してくれているらしかった。駅について地上へ上る。もうすっかり日が暮れて、寒さも増していた。

「いやあようこそ、私の街へ」

 陽気な声がして振り返ると、凛が立っていた。

「はい、どうも。じゃあエスコートしてもらおうかな」

「任せて任せて、はい」

 唐突に差し出された右手に、僕は戸惑った。

「え? 手土産出せって?」

「違うよ。繋ごうよ、手」

 彼女の提案で驚いたランキングが早くも更新された。全く意図がわからなかった。

「なぜ?」

「いいから」

 凜は強引に僕の左手を握った。小さく冷たい手の感触が伝わってきた。僕の心臓は騒ぎ出して、どうしたらいいのかわからなかった。

「さ、行こう」 

「あ、ああ、うん」

 僕は会うわけがないと思いながらも、誰か知人に、主に白木さんに出くわさないことを祈りながら、彼女に連れられ歩いた。

 たった数駅移動しただけなのに、街並みは全然違って、改めて都会の恐ろしさを知った。あまりに街の地理がわからず、基本的に家に引きこもっているが故の弊害に多少なりとも自省した。

 歩いている途中、僕も凜も言葉を発しなかった。僕はなるべく違うことを考えようとしたけれど、意識はすべて左手に向かっていた。弾みで、本当に偶然、強く握ってしまうと、彼女は困ったようにまたへたくそな笑顔で僕をちらりと見た後、握り返してきた。友人同士で何をしているのだろうかと、僕は何度も自問した。

 数分歩いたところで凜が立ち止まった。どこにでもよくあるようなマンションだった。

「はい、つきました」

 凜の手が離れた。わずかに温もりが残る行き場の失った左手を、僕はポケットに入れた。

「はい、どうも。素晴らしいエスコートでした」

「お粗末さまでした」

「あってるのかな、それ」

 凜の後に続いて、三階にあるらしい彼女の部屋に入った。あらゆる想像をしながら足を踏み入れると、どの予想をも超えた結果が待ち構えていた。

 僕と同じく1DKの部屋。でも、ほとんど物がなかった。最初から備え付けられているストーブやエアコン、キッチンなんかはともかく、そのほかにおよそ用意するであろうものがほとんど見られなかった。テレビとゲーム、冷蔵庫、それから部屋の中央に細長く白いテーブルが一つ、寂しげに置いてあるだけだった。

 食器は窓台に中くらいの皿が二枚置かれているだけで、無造作に敷かれた布団と、その横に大量の本や講義の資料なんかが山積みにされていた。まるで長く住むことを想定していないような、殺風景で真っ白な部屋だった。

「まあ、何もないけどくつろいでいってよ」

 謙遜ではなく本当にその通りだ。

「う、うん」

「コート、悪いんだけど適当に脱いでおいてくれる? あ、ごめん。ハンガーにかけたいタイプ?」

「いや、全然かまわないよ」

 言われた通りに脱いだコートを丸めて隅に置いた。座布団も椅子もないので僕はカーペットの上に直に座った。僕は改めて部屋を見回す。男女の部屋の違い云々の前に、そもそも生活を営む人間の部屋として異質な部類だと思った。これだけ物がないといざという時に困らないのだろうか。

「さあ、お待ちどう!」

 凜はテーブルの上にたこ焼き器を置いた。これだけ物がない部屋に、なぜかたこ焼き器があるのだろうかと疑問だったけど、今はともかくたこ焼きパーティーを遂行しようと思った。

 食材の買い出しについては言い出したのが自分だからということで、凜が済ませていてくれた。不揃いながらもたこを切ってくれていたり、諸々の下準備も済んでいるようだったので、さっそく僕達はたこ焼きを作り始めた。生地が固まるまで僕達は無言でじっと様子を観察していた。やがてこらえきれなくなって僕が笑うと、凜も笑った。

「うーん、たこ焼きパーティーって、こういうものなのかな」

 凛が言った。

「いやまあ、正解はないでしょ」

「そうだね」

「でも、焼けるまで時間かかるね。何か話す? でも、忘年会はこの間、僕の家でしたしなあ」

「もう一回しちゃダメって決まりもないんじゃない? 私としては、楽しい過去は何度振り返ってもいいと思うんだけど」

「君にしては珍しく良いこと言うね」

「珍しくってなに! 私はいつも良いことしか言わないでしょ!」

「それは・・・・・・ない」

 意地悪な笑みを浮かべてやった僕は、跳ねた油に強襲された。じんじんとした痛みにもだえる僕を見て、凜は笑う。

「ほーら、バチが当たった」

「今に君も襲われるさ」

「いやいや、私は日ごろの行いが良いから」

 そう言った数秒後、凜も油に襲われた。僕が思い切り笑ってやると、凜は拗ねた。でも敵は油だということで和解して、そろそろひっくり返してやることにした。二人で次々にたこ焼きを回転させる。それからも何度か待機と回転を繰り返すうち、たこ焼きが完成した。

 僕たちは半分ずつ皿にたこ焼きを乗せて、好みの調味料をかけた。まったくの素人でもそれなりの出来栄えになるたこ焼き器に僕は敬服しながら、さっそくいただいた。味の方も、大変美味しくできていた。

 凜はとてもベタに、いきなりたこ焼きを口に放り込んだせいで、熱さに呻いていた。

「たこ焼き初心者みたいだね」

「みたい、じゃなくて、初心者なの」

 断りを入れて、やむを得ずたこ焼きを皿に戻した凜は怒りをあらわにしてそう言った。

「え、たこ焼き? 初めてなの?」

「せやで」

「関西人なのに」

「せや」

「・・・・・・本当に?」

「本当だってば。このたこ焼き器も今日が初陣」

 彼女が世間知らずなのは知っているけれど、たこ焼きは僕の想像の範疇を超えていた。

「まあ次は気をつけなよ。こいつら可愛い見た目して、殺傷力半端じゃないから」

「うん、あー、絶対やけどしたよ。てか先に言ってよ」

 文句を言いながらも、程よく冷ましたたこ焼きを、凜はおいしそうにほおばっていた。すぐに第二陣が敷かれて、今度は事前に凛がネットで調べていたたこ焼きパーティーのルールに則って、アレンジを加えた。チーズ、チョコ、ウィンナー、梅干し、納豆。食べ物で遊ぶなと怒られそうなものもあったけれど、とにかく、二人だけのパーティーは大いに盛り上がった。酒は必要ないという凜の方針で、二人とも一滴も体内にアルコールが入っていないはずだったけれど、まるで酔っぱらっているみたいに騒いだ。

 あらかたたこ焼きを食べ終えて、腹も膨れた僕たちはテレビをつけ、だらだらと話していた。

「ちょっと失礼」

 凛が立ち上がる。

「はいはい」

 一人部屋に残された僕は、失礼を承知で殺風景な部屋を散策した。そしてふと、凜が家に来た時のことを思い出した。野蛮だと言われるかもしれないけれど、僕も勝手に寝室を見られたし、おあいこだろうと寝室に入ってみることにした。

 邪なことをたくらんでいたわけでは決してなく、山積みにされた本を見たかった。それなりに読書をするのは知っていたけれど、あまり本に関して詳しく話し込んだりすることはなかったので、普段、凜がどんな本を読んでいるのかが気になった。

 小説、伝記、エッセイ、啓発本と、どうやらジャンルを問わずあらゆる本を読んでいるようだった。基本的に小説しか読まない僕は少々面食らいながら、ほぼ未体験のジャンルを興味深く眺めていた。崩してしまわないように丁寧に、一冊一冊本を巡っていくと、山積みにされたその一番底に、真っ黒なものが見えた。

 やけに武骨というかシンプルな表紙だと思って手を伸ばし、触れた瞬間、衝撃が走った。

 よく似ていた。僕の持つ黒いノートに。

「まさかね・・・・・・」

 ただの偶然だろう。あの黒いノート自体は、何も珍しいものじゃない。たまたま持っていたところで、大して驚きはない。でも、僕はぜか激しく動揺した。見てはならないと思いながらも、手は、伸びていた。唾を飲み込む。

「ごめん・・・・・・」

 呟いて、指でつまんだその時、物音がした。僕ははっとして、慌てて黒いノートと本を大体元に戻した。そしてリビングに戻り、テレビの傍に座った。 

「うわー、なんか部屋くさっ」

「いろいろ焼いたからね」

 心臓はバクバクとなっていたけれど、僕は必死に平静を装う。

 それから緩やかに時は流れ去っていった。会話をしていながらも、僕の意識は背後にある黒いノートへと向けられていた。けれども、ただの日記なりメモ帳であるという可能性が、僕を次第に落ち着けていった。いつも通りに他愛のない話をして、くだらないことで言い争いをして、夜は深まっていった。

 僕の中の僕がにやりと笑い、黒いノートの中の少女もまた、僕を笑っているような気がした。

「今日は楽しかった。ありがとう」

 帰り際、玄関で靴を履いた僕は凛に改めて礼を言った。

「いえいえ、私も最高だった」

「凛の口から最高なんて聞いたのは、初めてかもね」

「ん、どーだったかな。でも、ほんと、うん。今日も楽しかった」

 あんまり言われると少し恥ずかしくなってしまう。ふと左手に、凛の温もりを思い出す。

「じゃ、また来週」

「・・・・・・樹」

「うん?」

 僕はドアノブにかけた手を一度離して、振り返った。凛は、満面の笑みを浮かべていた。それこそ、最高という言葉がふさわしいような、綺麗な笑顔だった。

「ありがとう」

 妙な感覚だった。

 恥ずかしさとか、照れくささとか、そういうものはなかった。

 むしろ郷愁の念とか、晩秋の詫びしさのような、もの悲しい気分になった。

 別れるのが、辛くなってしまったのだろうか。

 でも僕はおかしな自分自身の感情を、一笑に付した。

 どうせ、またすぐに会うんだから。

「どうしたの気味が悪い」

 僕は誤魔化すように軽口を叩いた。

「失礼だなあ」

 よかった。いつもの凛だ。

「感謝なら、今度何かおごってもらおうかな」

 凛は首を横に振った。

「あれ、じゃあ別の何かを考えておくよ」

 凛は無言で微笑んだ。

「それじゃあね」

 凛は最後まで何も言わなかった。背中に寂しさを背負って、僕は今度こそ部屋を後にした。エレベーターに乗り、エントランスに降り、外へと出た。凛に案内され通ってきた道をのんびり歩いて引き返し、駅にたどり着く。

 そこで、次の駅まで歩こうかなという気分になったので、僕は地図を確認しようと携帯を取り出そうとした。

 そこで、気が付いた。携帯がない。僕は慌てて全身を探したけれど、やっぱりない。

「凛の家か・・・・・・」

 大きくため息をついて、僕は小走りになって引き返す。運動不足が恨めしい。すぐに息が上がってきた。

 なんとかマンションまで戻ってきて、エレベーターに乗り込む。意味もないのにボタンを連打して、体を半身にしてエレベータを下りた。

 凛の部屋のインターフォンを鳴らす。

 しかし、凛は出ない。

 もう一度、鳴らす。

 なおも出ない。

 こんな短時間でどこにいったんだよと頭を抱える。ほんのいたずら心で、ドアノブに手をかける。

 鍵は、開いていた。

 心臓が一つ、大きく鳴った。ミステリーの一場面みたいな気持ちだった。

 ただ、閉め忘れただけかもしれない。

 しかしすぐに、別の考えもよぎる。

 僕は扉を開き、部屋に入った。

 自分でもよくわからないけれど、静かにゆっくりと靴を脱いで、抜き足差し足、リビングの戸を開く。

 殺風景な部屋に、一つ、小さな塊が増えていた。

 ぴくりとも動かない。それがもしただの物ならば、当たり前のこと。

 塊? 物? いいや違う。

 そう思いたかったけれど、違う。

 置いているんじゃない。

 倒れているんだ。

「り・・・・・・ん・・・・・・」

 飛びつくように僕は凛の傍にしゃがみこむ。足裏に痛みが走る。あたりには白い錠剤が散らばっていた。静かに眠るような彼女の顔の傍には、それが入っていたのであろう瓶と、空のペットボトルが落ちていた。

 呼吸ができなくなる。こういう時、どうすればいいのか。

「救急車・・・・・・・」

 息はあった。僕は部屋の隅に落ちていた自分の携帯を取り、救急車を呼んだ。

 なぜ、なぜ、なぜ。

 混乱する頭で、僕は、携帯に向かって叫んでいた。必死に場所と状況を伝える。

 もはや自分が何を言っているのか、どんな声かもわからずに。

 僕はただ、真っ白な顔で横たわる凛を見ていた。

 必死に、こんなことをした理由を考えていたと思う。

 徐々に意識が遠のいていく。

 僕と最高の一日を過ごした後に、こんなことをした意味はなんだ。

 わからない。

 なにも、わからないんだ。





 気が付くと、僕は病院の待合室にいた。

 どれくらいの時間経ったのか、外は微かに明るくなっていた。やがて看護師さんが僕の元へとやってきて、まだ意識は取り戻さないけれど、一命はとりとめたと教えてくれた。

 次の記憶は、自分の部屋のベッドの中だった。確か、一度帰って休めと言われたからだった。何かあったら連絡するとも。

 僕は薄情なのか、初めは眠れないと思っていたけれど、しばらく横になっていると眠気が僕を包み込んだ。

 誰も僕を、笑ってはくれなかった。