季節は夏へと近づき暑い日が続くようになってきた。その日差し、気温湿度に辟易するが、これでまだ夏本番という訳ではないのだから笑えない。
今日は半日授業であるため昼過ぎから部活動がある。美術部も同様だ。
俺は早めに家を出るとコンビニで昼食を買い学校へと向かった。食堂前の自動販売機で飲み物も買いそのまま美術室に向かおうとしていたところで
「おーーい! 空くーーん!」
不意に名を呼ばれた。
見上げると高い位置にあるフェンスの上から体操着姿の東雲さんがブンブンと手を振っていた。
あの場所はプールだ。昨日の部活時に明日プールの掃除があると言っていたのを思い出す。
「乗り出すと危ないですよ」
そう注意すると彼女は素直にフェンスから降りた。
周りにはクラスメイトらしき女子がおり、そこから少し離れたところにあの男子もいる。
「あの人は?」
「空くん!」
「空くん?……ああ、あの人が」
漏れ聞こえてくる会話から察するに、東雲さんはクラスで俺のことを話しているらしい。話題にするほど面白くもないだろうに。余計なことを言っていないか心配になる。
そこでふとフェンス越しにあの男子がこちらをジッと見つめているのに気付いた。遠目であるためその表情までは分からない。
お互い目が合うと、彼はすぐに目を逸らし歩き去ってしまった。
「空くん、これからお昼? 部室?」
再び東雲さんが声をかけてきたため、そちらへと意識を戻した。
「そうですよ」
そしてそのまま踵を返す。
早く食事にしたい。そしてその時間はゆっくりと取りたい。
「掃除終わったら行くから待ってて!」
俺は何も答えることなく、後ろ手を振りながら美術室へと向かった。
「待っててねーー!」
後ろからもう一度彼女の大きな声が響いた。
扉を開くと青空が広がっていた。
その真下に立ち、己を解放するかのように腕を上げ大きく伸びをする。身体の筋がぐぐぐと伸び、肩や背中でパキパキと音がした。大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出すと身体が弛緩していくのを感じた。
コンクリートの地面、取り囲むように立つフェンス、そしてその先に広がる空。
陽光に照らされ、風がゆるく髪を揺らす。
どれだけ時が経ってもここが一番落ち着く。
ここ校舎の屋上は在学時からの俺のお気に入りの場所だ。ここは空に一番近いから。
昨今の学校の屋上は開放されていない場合が多いだろうが、この学校も例外ではない。普段屋上へと出る扉は施錠されている。
そんな中、俺はその立ち入れないはずの屋上に頻繁に出入りしていた。顧問の在原先生が融通をきかせてくれたからだ。先生の手伝いをする代わりに鍵を貸してくれた。
勿論学校には秘密だ。今のところ一度もバレたことはない。
卒業しここの生徒ではなくなり取引は終わったが、今でも大目に見てもらっている。
フェンスへと近づきそこからの景色を眺める。眼下にはグラウンドが広がり、周囲を高いネットが囲んでいる。その先、学校の敷地外は田園風景。その中を高い鉄塔が幾つも連なり、遠く青白く霞む山々へとずっと続いていっている。
そして空は青く高く、際限なく広がっている。その青は俺自身もまるまる青く染めてくれそうだ。
もう一度空気をいっぱいに吸い込み、やはりゆっくりと吐いた。
自分がよりこの空の青に染まったかのように錯覚する。
やっぱり落ち着く。
俺はフェンスの前に腰を下ろした。
昔から空を見ることが多かった。こうしていると余計なことを考えずに済む。空を見上げながら何かを想像したり、想いを馳せたり、もしくは無心になったりするのは俺にとって大事な時間だ。
何も考えずに、夏を予感させる陽光と風に撫でられながら空を眺めていると、不意に背後で扉の開く音がした。
「やっぱりここにいたー‼」
振り返るとそこには東雲さんが立っていた。
驚きはない。来るだろうと思っていた。ここが俺のお気に入りの場所であることを彼女は知っているからだ。
彼女は頬を膨らませながら俺の前まで来た。
「部室って言ったじゃん!」
「気が変わったんですよ」
「むー……」
更に頬を膨らませジトッとした目を向けてくる。が、俺が未だ食事に手をつけていないことに気付くと一転パアッと笑顔になった。
「えへへ、えへへ」とニマニマしながら俺の隣に腰を下ろす。
「待っててくれたんだね。そんなに私とお昼食べたかったの?」
「待っててくれって言ったのはそっちですよ?」
「またまた~素直になればいいのに~」
「いただきます」
彼女の言葉を無視して手を合わせると袋からサンドウィッチを取り出し食べ始める。
「ああ! 待って待って!……いただきます!」
彼女も慌てて鞄から弁当の包みを取り出して広げると、手を合わせて食べ始めた。
可愛い弁当だ。
「……手作りですか?」
「あ、うん。そうだよ。料理得意なんだよね」
「自分で作っている? 親御さんに作ってもらっているのではなくて?」
「うん。ママ毎日仕事で朝早いんだ。だから自分で作ってるの」
「へぇ……」
素直に感心した。
朝早く起きて自分の弁当を用意するなんてなかなかの手間だと思う。それも毎日となれば尚更。
自分だったらまず無理だ。三日続くかも分からない。そんな早起きするくらいなら買ってしまった方がいい。
「どう? 私のお弁当。美味しそう?」
「可愛い弁当ですね」
「美味しそう?」
「……美味しそうです」
それだけの事で彼女は嬉しそうにする。それが妙にこそばゆくて
「美味しそうなのと美味しいのは別物ですけどね」
ついそんな余計なことを言ってしまう。
それに彼女は「むぅ……」とむくれた表情をしたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。
「じゃあ、一口食べてみる?」
「……はい?」
間の抜けた声を出す俺の目の前に箸に挟まれた玉子焼きが差し出される。その箸は今しがた彼女が使っていたものだ。
「いや、いいです。遠慮しておきます」
そう断るも、彼女は構わず「ん! んーー!」と玉子焼きをずいっと差し出してくる。
逡巡すること少し、諦めた俺は箸に極力触れないように玉子焼きをくわえた。
塩コショウで味付けされた玉子の自然な旨味が口の中に広がる。
「どう?」
「……美味しいです」
俺の言葉に彼女は満面の笑みを浮かべた。そしてそのままもう一つの玉子焼きを自分の口の中に入れる。
「ん、美味しい」
言葉通りに美味しそうに頬を緩める彼女に思わずこちらの口元も僅かに緩む。
美味しそうに食べる姿は良いものだ。
周囲を小鳥が鳴きながら飛び交っている。
サンドウィッチのパンを少し千切りまくと、小鳥が数羽群がりパン屑を啄んだ。何て鳥だろうか? 鳥には詳しくない。
その光景を眺めていると、ふとその群れから離れたところにいる一羽の鳥が目についた。他の鳥よりも若干黒いその鳥は群れには加わらず、一羽で何もない地面をつついている。
「あの鳥、何だか空くんみたいだね」
同じく見ていたらしい東雲さんが指でさして可笑しそうに笑う。
ちょっと納得してしまったのが何だか無性に悔しい。
鳥の生態には詳しくないが、孤独体質な鳥もいるのだろうか? もしいるのであれば自由にすればいいと思う。必要以上に群れることもない。勿論生存できる限りではあるけれど。
そうしてその鳥を眺めていると、そこにもう一羽口にパン屑を咥えた小鳥がやって来た。
孤独体質な鳥が距離を取るとトットットッと近づき、また距離を取るとやはりトットットッと近づき追いかける。
「あの鳥は東雲さんみたいですね」
お返しとばかりに言い指をさす。
「あははは! そうかも」
しかし彼女は嬉しそうにするばかりで、俺は顔を歪めた。自分が小さい人間に感じる。そしてものすごく恥ずかしい。言わなければ良かったと後悔した。
やがて追いかけてきた鳥が口に咥えたパン屑を半分地面に落とすと、残りの半分を食べた。そして追われていた鳥は暫し躊躇うような様子であったが、やがて近づきその半分のパン屑を食べた。
「私達みたいだね!」
東雲さんはそう言うとその二羽を微笑ましそうに眺めた。
よくそんな恥ずかしい事を臆面もなく言えるものだ。どうもいたたまれず逸らそうとした俺の顔の前にミートボールが差し出された。
「空くんももう一口どう?」
笑顔でズイッと差し出してくる彼女を今度は手で制す。
「いや、本当にもういいですから」
顔を逸らし誤魔化すようにサンドウィッチを食べる。本当に居た堪れない。顔に妙な熱を感じる。
そして何が可笑しいのか彼女が「あははは」と笑うとその熱がより増すのを感じた。
やがてその二羽の鳥が揃って羽ばたいた。
それを目で追う。二羽が消えていく先には青空が際限なく広がっている。
この広く高く壮大な空を見ていると、自分がいかにちっぽけな存在であるかを改めて実感する。こんな自分の悩みなどきっと本当に小さなものだ。
「空くんってよく空を見上げてるよね」
東雲さんが俺を見上げてくる。
「ええ、ずっと昔から。癖みたいなものですね」
「空を観察するのって面白いよね」
「面白いかは分かりませんが……まぁ、退屈しないのは確かですね」
その色、明度と彩度、透明度。雲の有無と形、連なり。ドラマティックな光の演出とそれによってできる陰影。その時間帯や天候、季節によって変わるその様は飽きることがない。
うん……面白いということなのかもしれない。
「だから絵も空の絵が多いの?」
「そうかもしれません」
「あと名前も空だし」
「……それはたまたまです」
名前はともかく空への興味は尽きることがなかった。そしてそれはそのまま自分の表現となった。美術室に置いてある自分のポートフォリオには空の絵が多くまとめられている。中でも青空の絵は特に多い。
中学、高校、そして大学でも俺は空の絵ばかり描いていた。
「空くんの空の絵、いいなーって思うよ」
「それはどうも」
「むぅ……気のない返事。本当だよ?」
「別に疑っていませんよ」
自分の絵を評価されることは素直に喜ばしく思う。
ただ、それだけだ。
それ以上に何かを感じることはない。これは彼女だからではなく誰であっても同じだ。
昔はもう少しだけ感じるものがあった。人からの評価に目に見えて一喜一憂する程ではなかったが、それでも心が動いた。
けれど今は……。
「ねぇ、空くん」
彼女は空を眺めている。その目には何が映っているだろう。
「絵、描かないの?」
声色で察していたため驚きはない。幾度も問われ答えてきた。
見上げた空はやはり際限なく、その先には何も見えない。
「はい。描きません」
「どうして?」
「描きたくないから……それだけの事ですよ」
サンドウィッチの残りを口に押し込み、包みを握り潰す。
東雲さんは少し躊躇うように視線を彷徨わせ、やがて意を決したように俺を見た。
「……空くんはどうして絵を描かなくなったの?」
心臓が大きく、するどく脈打った。
これまで彼女がその理由を訊ねてきたことはなかった。それが今もう一歩踏み込んできた。いつか訊かれると覚悟はしていたものの、いざ訊かれるとやはり落ち着かないものだ。
俺は黙って口の中のサンドウィッチを咀嚼する。視界の外、彼女の視線が自分の横顔へと痛い程に当たるのを感じる。漸く口の中のものを飲み込み、お茶も一口飲むと、俺は空を見上げた。
「……どうしてだったですかね? 忘れました」
俺の逃げるような返事に彼女は何も言わない。ただジッと俺を見つめてくる。やがて一言「そうなんだ」とだけ言うと、それ以上はもう何も追及してこなかった。
その後、少し重い空気の中お互い無言で食べ進め、やがて食べ終わると俺はコンビニ袋を縛り、彼女は弁当箱を包み鞄に仕舞った。
「あ、空くん、私ね」
そこで彼女はその空気を一変させようという声音でこちらに振り向いた。
「予備校の夏期講習、受けさせてもらえる事になったんだ!」
彼女の言葉にお茶に口をつけようとしていたのを止める。
彼女は鞄から予備校のパンフレットを取り出すと喜々として俺に見せた。毎年多くの合格者を出す都内の大手予備校のものだ。
「へぇ……それは良かった。親御さん説得できたんですね」
パンフレットを受け取りパラパラと捲る。
「うん。取り敢えずね。まだ完全に芸大美大受験を認めてもらえた訳じゃないけど、そんなに言うなら講習会だけならって」
講習会だけとは言うが、きっと良い傾向だ。まだ二年生とはいえ夏休みという貴重な時間を使い、決して安くない費用がかかる。それを踏まえた上で受講させてもらえるのは大きな一歩だろう。少なくとも全否定されるよりはずっといい。
「一歩前進ですね」
「あははは。まぁ、ね。毎日話したよ。それでもなかなか認めてくれないからかなりごねた」
彼女が両親を説得する光景を思い浮かべる。諦めずに食らいつく姿は容易に想像できた。
俺は比較的すんなり受験を認めてもらえた。彼女程の苦労はしなかった。だから自分の進みたい道に進むために必死に戦う彼女を立派に思う。
それに対して自分は何をやっているのだろうか?
彼女が必死に進もうとしている道にすでに立てているにもかかわらず、全く前へと進めていない。
激しい自己嫌悪で口の中、そして胸の中に苦いものが溜まっていく。
「頑張りましたね」
この言葉に嘘はない。ただそれでも自分の言葉を空虚に感じてしまう。自分は人にそんなことを偉そうに言える人間ではない。
「頑張ったよー」
東雲さんはまるで一仕事終えたかのようにぐぐぐっと伸びをし、腕を下ろすと同時に小さく息を漏らした。
「けど、私だけの力じゃないよ?」
彼女は両腕で抱え込んだ膝に頭を乗せるとこちらへと顔を向ける。
「空くんのお陰」
そしてやわらかい笑みを浮かべた。
「……僕?」
「うん。空くんが背中を押してくれたからだよ」
「いや……僕は何も」
俺は大したことはしていない。少し進路相談に乗っただけだ。自分の勝手な考えを言い、あとは彼女の意志に委ねただけ。それだけだ。
しかし彼女は「ううん」と首を横に振った。
「空くんが私に知識をくれたから、私の気持ちを尊重してくれたから、そして何より応援してくれたから、私も頑張れたんだ。だから……ありがとう、空くん」
やわらかくはにかむ彼女から目を逸らす。その顔を直視することははばかられた。
一つは自分には過ぎたものだったから。
そしてもう一つはその笑顔が目が眩む程に眩しかったから。
熱をもつ頬をイタズラな風がやさしく撫でていった。
「まぁ、何にせよ良かったですよ。夏休みは忙しくなりそうですね」
俺は誤魔化すように言うとパンフレットを彼女に返した。
「そうだね。けど時間があるときは部活にも出るよ。みんなにも会いたいし。それに遊びも。来年は受験だからさ、今年の内に遊んでおきたい」
東雲さんは来年三年生になり受験生となる。本気で大学を目指すなら当然夏休みは受験勉強に充てられ遊んではいられないだろう。
「海行きたいな。毎年行くんだ」
「いいんじゃないですか。夏らしくて」
「でしょ? 空くんも一緒に行く?」
「行きません」
「むぅ……」
東雲さんが不満気にむくれるのを横目に俺はお茶を飲む。
「苦手なんですよ、海。熱いしベタベタするし、混雑してるし……それと」
そのままお茶を飲み干すと缶を地面に置き、ぼそりと呟く。
「僕泳げないんですよね」
俺の言葉に、不満気だった彼女は一転してキョトンとした表情を浮かべると、やがて「くすっ」と声を漏らした。その顔にニンマリと笑みを浮かべる。
「じゃあ私が教えてあげるよ!」
任せておけと言わんばかりに胸を張る彼女。自信に溢れる姿はどこか頼もしく見えた。
俺は彼女に泳ぎを教わる自分の姿を思い浮かべる。
年下の未成年の女子に手を引かれ不格好にバタ足をする俺。
「うん……それは本当に遠慮しておきます」
居た堪れない光景に今日一番の苦々しい表情を浮かべた。
帰宅すると自室に鞄を下ろし、そのままベッドへと仰向けに倒れ込む。ベッドのスプリングがギシギシと軋んだ。
俺は腕で目を覆い大きく息を吐いた。今日はひどく疲れた。身体ではなく心の方がだ。
身に余る感情というものは時としてその人を疲弊させる。その感情の正負に関係なくだ。
腕を下ろし、そこで不意に視界の端にクローゼットの扉が見えた。
何の変哲もない扉。けれどひどく重い扉。
過去が押し込められ、固く閉ざされている。
俺はそれから目を逸らすとそのまま寝返りを打ちうつ伏せとなる。そして視界を閉ざすように、全てから逃げるように枕へと顔を埋めた。
終業式が行われた。今日で一学期が終わり、明日から夏休みに入る。
休みの間も美術部の活動はあり、それに合わせて俺も出勤となる。平時と異なり毎日という訳ではないが全体の半分程の日数は予定されている。
「夏期講習中、空くんに会えないのやだなー」
隣を歩く東雲さんがむくれる。
今日の部活が終わり、いつも通り駅へ向かって歩いていたところ唐突に彼女がボヤいた。
彼女は夏休み中、予備校の講習会に参加するため、その間の部活動には出れない。
「僕は静かでいいですけどね」
「またまた~空くんも寂しいんでしょ?」
イタズラっぽい笑みを浮かべ、指で肩をつついてくる彼女を俺は無言で躱した。
「無視しないでよー!」
彼女が俺の肩を掴みガクガクと揺さぶってくる。頭が激しく揺れ、脳も揺れる。
やめてくれ、気持ち悪くなってくる。あと前を歩いている生徒の目が痛い。
「休み中ずっとって訳でもないでしょ?」
「それでも寂しいの!」
彼女が講習会に参加する期間は二週間。
通常はおよそ四週間で、受験生は原則全日程昼夜共に受講する。東雲さんは二年生であり、まだ芸大美大受験を正式には認められていないため、家族で話し合った結果今回はその半分の日数の受講にしたらしい。
「講習がないときは部活に来ればいいじゃないですか」
「それじゃ足りないよ! 空くん成分が!」
「……何ですか? その成分……」
「空くんからしか摂れないものだよ!」
「……効能は?」
「肌艶が良くなります」
「コラーゲンか何かですか?」
「あとテンションが通常の倍になります」
「じゃあ摂取しなければ普通になるってことですね。やっぱり会わない方がいいんじゃないですか? 静かで」
「だめーー!」
そしてまたガクガクと肩を揺さぶる東雲さん。
ああ、脳が揺れる。少し気持ち悪くなってきた。
「じゃあ連絡先教えてよ。そうすれば夜話できるし」
揺さぶるのをやめ、彼女が名案とばかりに目を輝かせた。
「嫌ですよ」
それを俺は迷うことなく断る。
「何で⁉」
「前に話した通りですよ」
これまでも彼女から連絡先を求められたことは何度かあったが、その度に断ってきた。
一つは人に連絡先を教えたくない俺の性分。
もう一つは教え子、それも未成年の子とのプライベートでの繋がりは避けるべきだと思ったからだ。
業務連絡や緊急連絡だけならまだしも、私的なやり通りはやはり良くないだろう。公私混同は望ましくない。
「じゃあ電話番号!」
「何がじゃあですか。何も譲歩していないでしょ、それ」
「いいじゃん。電話番号くらい」
「だめです。個人情報ですからね。東雲さんも気を付けないとですよ?」
SNS上で見ず知らずの人と繋がりその後事件へと発展するケースはいくらでもある。未成年の被害者も多い。人を信用することは大事なことなのだろうが、その一方で易々と信用しないのも大事なことだ。それが結果的に自分の身を守ることになる。
「空くんは見ず知らずの人じゃないよ?」
「それでもです。それに僕が本当はどんな人間かなんて分かりませんよ?」
他人のことなんて分からない。たとえ家族だって満足には理解することはできない。それ以外なら尚更だ。人を百パーセント信用なんてできないし、してはいけない。
「空くんは信用できる人だもん!」
「ありがとうございます。でも連絡先は教えません」
「むーーー!」
彼女がむくれるが、折れる気はない。これは彼女のためでもあるのだ。……俺が面倒というのも確かにあるが、それでもあくまで彼女のためだ。
それから暫し不満気な彼女だったが、やがて俯き「分かった……」と渋々ではあるが諦めた。けれどそこで再びパッと顔を上げ俺を真っ直ぐに見る。
「その代わり、八月中旬にある花火大会に一緒に行って! それで我慢する」
「……はい?」
彼女の唐突な申し出に思わず声が裏返った。
毎年八月中旬頃に隣町で花火大会が開催される。
有名な花火大会に比べるとその規模も知名度も小さなものであるけれど、それでも娯楽の少ないこの地方都市においては大イベントであり、近隣からかなりの人が集まって来る。
今年も例年通りに開催予定のようで、街中にポスターが貼ってあるのを見かける。
「それは美術部のみんなで行くってことですか?」
「違うよ。私と空くんの二人きりでだよ」
「ええ……」
「そんな嫌そうな顔しないで!」
彼女が頬を膨らませて俺の腕をペシペシと叩いてくる。
「嫌そうなんじゃなくて嫌なんですよ」
「もっとひどい! 何で⁉ そんなに私と花火行くのが嫌なの?」
「東雲さんと一緒なのが嫌な訳ではありません。誰であってもです。あとはただ単純に花火大会に行きたくないですよ。あの人ごみの中に入るのはどうもしんどいです」
それも夏場。纏わりつく熱気と湿度の中だ。時間帯が遅く、日差しこそないものの熱帯夜と言って過言ではないところに更に人ごみとなると正直笑えない。想像しただけで吐き気がする。
「それに当日、同じ学校の生徒も大勢来ますよね? その子達に一緒にいるところを見られて何て言うつもりですか?」
「勿論デートって言うよ!」
「それ絶対にだめですからね?」
腰に手をあて胸を張りドヤ顔を浮かべる彼女に溜め息をつく。
「僕は講師で東雲さんは生徒ですよ? その関係性分かっていますか?」
「でもウチの学校の教師じゃないじゃん」
「それはそうですけど、それでも講師」
「まだ大学生じゃん」
「……それもそうですけど、僕は年も上で君は未成ね」
「少ししか違わないじゃん」
「…………とにかくだめです」
「むーーー‼」
三度肩をガクガクと揺すられる。
いよいよ本格的に気持ち悪くなってきた。
けれどそれでも折れることはできない。学生同士、年の差も大きくはない。交際している訳ではなく、やましいことは何もない。そう過敏になることではないのかもしれない。けれどそれで何か問題が起こってからでは遅い。仮に何の落ち度もなかったとしても周りがそれを理解してくれるとは限らない。誤解を生むようなことは端からしない方が無難だ。
ガクガクと肩を揺すっていた彼女だったが、それは徐々に弱まっていきやがてその手を止めた。膨らんでいた頬は萎んでいき、そのまま俯いてしまう。
歩道の真ん中で立ち止まり向かい合う俺達二人を見て、帰宅中の生徒達が怪訝な表情を浮かべながら抜き去っていく。
俯く彼女の表情が見えない。
もっと優しく諭すべきだっただろうか? これでも大分気を遣ったつもりなのだが。こういうのはどうも上手くいかない。
「東雲さ———」
「みんな」
「え……」
心配になり声を掛けようとしたところで彼女の声が被さった。
上げた彼女の顔に浮かぶのは多分な不安、そして僅かな期待。
「美術部のみんなも一緒だったらいい? 空くんが引率でみんなで花火を見るってことならいいかな? 別に人の多い中心まで行かなくてもいい。離れたところで。屋台巡ったりするのが嫌ならどこかに座っててもいい。私買ってくるから。一緒に行って、花火を見てくれればそれ以上ワガママ言わない。それでも……だめ?」
真っ直ぐに向けられた瞳には俺の顔が映っており、ゆらゆらと揺れている。彼女の手が俺のシャツをキュッと僅かに握った。
俺は彼女の瞳を暫し見つめていたが、やがて一つ大きく溜め息をついた。
「当日何も用事がなくて、気が向いたら行きますよ」
我ながら甘い。
「……ホント?」
目を丸くした東雲さんが小さく声を漏らす。それに対して俺は僅かにけれど確かに頷いた。
「本当⁉ 絶対だよ⁉」
「ええ」
彼女は俺のシャツを握ったまま再び俯く。そのままふるふると身体を震わせ、そして
「やったーー‼ 空くんとデートだーー‼」
感情を爆発させるように歓喜の声を上げた。
「いや、まだ決まった訳じゃないですよ? 暇で気が向いたらですよ? それに皆来るんですよね?」
あとデートではない。俺は困惑しながらはしゃぐ彼女を諭す。
「空くんとデート、空くんとデート!」
「だから、まだ……」
「浴衣とか着てみようかな?」
聞いちゃいない。
こうして東雲さんと花火大会に行く約束(仮)をした。
いつも通りに駅の改札まで送ると彼女はこちらへと振り向いた。
「じゃあ行ってきます!」
手を後ろで組み微笑む。
「……何故行ってきます? さようならですよね?」
訝しむと彼女は「むーー」と頬を膨らませた。
「もうっ! 未知の世界へと飛び出していく教え子を見送ってよ、空せんせー」
「なるほど……」
この年の子達は自宅と学校が世界の大半を占めているところがある。勿論個人差はあるし、ネット等も含めるとなると必ずしもそうとは言えないかもしれないが、それでも大人に比べればやはりその世界はずっと狭い。
そんな子達からすればそこから出て見知らぬ場所、新しい場所に行くのも大事なのだろう。たとえ予備校程度だとしても世界が広がるのだから。そして彼女に至ってはより広い美術の世界に踏み出すことにもなる。
少し大袈裟な気もするが納得はできた。
「いってらっしゃい。気を付けてくださいね」
何の飾り気もない言葉。けれど俺の素直な気持ちだ。そしてそれは彼女にも正しく伝わったようで
「うん! いってきます! 空くん」
彼女はパッと笑みを浮かべた。手を振り改札を通っていく。そしていつも通り振り返るともう一度大きく手を振った。
それに手を上げて応えると、満足そうに微笑み、人の流れに乗ってホームの方へと消えていった。
「……頑張ってください」
無責任な言葉だとは分かっていながらも、彼女に向けてそう小さく呟き俺は駅を出た。
西日の弱まっていく遊歩道を家に向かって歩いていると
「おい!」
背後で唐突に声がした。それでも気にせず歩いていると「おい! お前! お前だよ!」と再度声がしたため、漸く自分に対してのものだと気付き振り返った。
そこには東雲さんにアプローチをかけていたあの茶髪の男子が立っていた。確か中西と言っただろうか?
俺に何の用かと眉を顰めていると、彼は数歩近付いてきた。その表情には敵意が滲み出ている。
「お前、東雲の彼氏なのか?」
その言葉を聞き「ああ、なるほど」と納得する。面倒なことになったと小さく溜息をついた。
「どうなんだよ!」
彼が苛立たし気に声を荒げる。また数歩近付いてきた。
「違いますよ」
俺が答えると彼は「そうか……」と若干の安堵を滲ませたが、すぐにまた俺を睨みつけてくる。
「これ以上東雲に付き纏うな!」
声を荒げる彼に対し俺は再度溜息をつき、頭をガリガリと掻く。「めんどくせぇなぁ」という声が漏れそうになったがどうにか堪えた。
「付き纏ってるつもりはないですよ?」
「嘘つけ! いつも一緒にいるじゃないか!」
「それは僕の意志ではないですね。というか一緒にいるところを見ていたならそれくらい分かるんじゃないですか?」
寧ろ彼女の方が俺に絡んできているくらいだ。
「東雲がお前なんかと一緒にいたがる訳がない! きっとお前が脅したりして付き纏ってるんだろ⁉」
「何か童貞の妄想みたいなこと言い出しましたね」
「ああっ⁉」
「する訳ないでしょそんなこと。犯罪行為じゃないですか、それ。僕は捕まりたくはないですよ」
「だったら何で———」
「というか」
そこでなおも食い下がろうとする彼の言葉を遮る。いい加減こんなことで時間を無駄にしたくはない。
「君にそんなこと言われる筋合いはないですよね?」
彼は言葉を飲み込み顔をヒクつかせた。
そんな彼をつまらないものを見るように見つめる。
「彼女の意志を決めるのは彼女自身です。君じゃあない。勝手な憶測や君の願望で語るべきではないですよ」
「勝手なんかじゃない! あいつは俺と———」
「それに」
再度言葉を遮る。
「君の方こそ彼女にご執心のようですけど、いい加減諦めたらどうですか?」
「っ……⁉」
彼が声なき声を出し、口を戦慄かせる。視線は忙しなく彷徨い、身体はぶるぶると震えている。
「脈ないですよ? 君」
次の瞬間、彼は弾かれた様に迫ると、俺の胸ぐらを掴み上げた。
詰まるような息苦しさと若干の浮遊感。体格は彼の方が大きいが、どうにかつま先だけは地面から離れずにすんだ。
目の前には彼の顔。真っ赤に染まっているのは西日のせいではないだろう。眼球が飛び出してしまいそうな程に目を見開き、俺を見下ろしてくる。鼻息は荒く、歯をギリギリと噛みしめる。俺のシャツを掴んだ拳をより硬くした。
人によっては恐怖するところかもしれないが、生憎、俺はそれよりも煩わしさの方が勝った。
「ん? 暴力ですか? 本当の事を言われて暴力ですか?」
掴み上げられながらも俺はやはりつまらないものを見るように彼を見つめた。
彼はギリギリと歯軋りし、もう片方の手を握りしめる。
「暴力は結構ですけど……覚悟はできているということですよね?」
「何⁉」
彼の唾が顔にかかる。汚いな……帰ったら洗わないといけない。
「暴力振るっているんだ。君の都合で、何の罪もない人間に。それ相応の罰を受ける覚悟は……できているってことですよね?」
彼の顔をジッと見つめる。睨みつけたつもりはない。けれど彼はビクリと身体を震わせ、表情を硬直させた。
暴力は犯罪行為だ。許されるものではない。たとえそれが学生だったとしても。
「さて、その上でその握りしめた拳をどうするのでしょうか?」
振り下ろされることなく上げられたままだった彼の右拳を横目で見る。
何も言うことなくそのまま暫く彼は俺を睨みつけてきていたが、やがて上げた拳を下ろすと俺のシャツからも手を放した。
俺はシャツにできた皺を手で撫でつけ、襟を正すと未だ睨みつけてくる彼を一瞥し踵を返した。
西日はほとんど沈みかけ、辺りは夜の闇に染まっていっている。僅かに黄金色に輝いていた遊歩道の石畳は鈍い灰色へとその色を変えている。
無言で佇む彼を残し、ひとり沈んだ道を歩きながら、俺は今しがたの彼の言葉、そして自分の言葉を何度も反芻していた。
八月に入り夏休み真っただ中、美術部は今日も各々の作品制作をしている。
二学期になるとすぐに文化祭がある。美術部では例年通り作品の展示を行うつもりだ。そのため皆それぞれ自分のテーマで作品を作っている。
自分のイメージを元に絵を描く者もいれば、普段通り静物や石膏を描く者もおり、本当に様々だ。
文化祭へのモチベーションは高く、皆でお揃いのシャツを作り当日はそれを着るらしい。ちなみに俺の分もあるとか。こういうのは正直苦手なのだが、流石に着ない訳にはいかないだろう。
そもそも文化祭当日、部外者である俺が参加する必要があるのか訊ねたところ「え、当たり前でしょ?」と在原先生に即答された。そして文化祭へ向けての企画進行をほぼ丸投げされた。流石に細かい手続き等は先生がやってくれるが、都合よく使われている気がする。
そうして手の空いた先生は今美術準備室の片づけをしているようだ。
「こういうときでもないとできないから」というのが彼の弁である。
ただ進捗は芳しくない。物臭な先生の性格に加えて生徒達にちょっかいを出され今一つ集中できていないようだ。
「うわっ、何この筆⁉」
運び出されていた備品を物色していた生徒が声を上げた。その手には大きな保存瓶が抱えられており中には大小様々な筆が入っている。
「ん? ああ、それは美術部の卒業生の筆だよ。この部の伝統でね。部員は卒業時に使っていた筆を残していくんだ」
面倒くさそうに資料を仕分けていた先生は瓶を受け取り、表面のラベルを見ると「これは一昨年までのものだね」と呟いた。
確かにそんな伝統があったような気がする。瓶は一つではなく幾つかあり、準備室に保管されていたはずだ。
「へぇ、面白いね。あ! じゃあ空先生の筆もあるの?」
部員達が俺を見たため、俺は僅かに考えるふりをしてすぐにやめた。
「どうだったでしょうね? 忘れました。多分ないんじゃないですかね」
「そうなの?」
目を向けられた在原先生は「空君は……どうだったかねぇ」と瓶を見つめる。
「空君の言う通りないかもね。強制って訳でもなかったし。それに空君はこういった伝統とかに唾吐きかけるような子だったからねぇ」
酷い言われようだ。ただ、あながち間違ってもいないため何も言えない。
「流石に唾吐きかけるまではいきませんよ」
「じゃあ、今からでも貰える? 筆」
「え、嫌ですよ。面倒くさい」
「ほら、こういう子だからねぇ」
「うえっへへ」と笑う先生に、生徒達もケラケラと笑う。対して俺だけが苦々しく顔を歪め溜め息をついた。
その後も生徒達の話を聞き、先生のボヤキを流しながら作品制作の指導をし、夕刻になると部活動を終えた。
皆が部室を後にする中、俺は講評を頼まれたため居残っていた。相手は東雲さんだ。今週は講習会はないらしく部活に参加している。
講習会で描いたらしい木炭デッサンを数枚見ながら良い点、改善すべき点を伝えていく。
「予備校で講評はしてもらったんですよね? 何でわざわざ僕のところに持ってきたんですか?」
大きなカルトンを背負ってくるのも大変だろう。
「空くんに講評してもらいたかったの。私のこと一番分かってる空くんに」
「……なるほど」
反応しづらいことを言われてしまった。それだけ信用されているということだろうが、彼女のことを理解できているかは分からない。せいぜい数か月の付き合いだ。
木炭デッサンはモチーフこそ新鮮であるが、クオリティーはいつもとさほど変わらない。数日間で技術が大幅に上がる訳ではないため当然だ。いつもと異なる慣れない環境で描いたことを考えれば寧ろ立派なものだろう。
ただ、受験生の作品を間近で見れたのは大きな刺激になったようで
「みんなすごい! 特に浪人生の絵がメッチャ上手い!」
彼女は興奮気味に語った。
「高校生からしたらそうでしょうね」
後になって思えばそれ程でなくても、その当時は先輩達の作品はすごいものに見えるものだ。俺にも経験がある。
当時俺は受験生の絵に打ちのめされた。絵に自信を持っていた自分が実はたいしたことなかったということを思い知らされた。
「差がハッキリして落ち込んだりしていないですか?」
俺は多少落ち込んだ。腐りこそしなかったが大分しんどかった。けれどそれに対して彼女は
「してないよ」
そう即答した。迷いのない声だ。
「へぇ……」と思わず声が漏れる。
「まだまだ先があるって実感できてワクワクする。私ももっと上手くなるよ!」
「……君らしいですね」
「来週の講習会も頑張る!」
そう言って笑う彼女を『強い』と感じた。自分とは全く違うと。俺はあんな風には笑えない。笑えなかった。
記憶の中の自分が浮かび上がる。俯き座り込む自分。不甲斐ない自分。
俺は慌ててそれを振り払った。
「応援しています」
「うん!」
屈託のない笑顔に思わず目を逸らしてしまった。
「あ、そうそう。来週の日曜日の花火大会行けそう?」
絵を仕舞い終えた彼女が期待のこもった目を向けてくる。そのキラキラした目に一瞬たじろいだ。
「……すみません。その日は外せない用事ができてしまって……行けそうにありません」
嘘ではない。その日たまたま贔屓にしている画材店から手伝いを頼まれていた。
彼女との約束と手伝い。二つを天秤にかけ、俺は手伝いを選ぶことにした。
勿論悩んだ。仮とはいえ彼女との約束をそう易々と破っていいとは思わない。
それでも別の用事を選んだ。
理由は彼女、東雲玲愛と少し距離を取った方がいいと思ったからだ。
俺達の距離は講師と教え子にしては近すぎる。部活中の関りは極端に多く、下校や食事も共にするのが当たり前なのはやはりおかしいだろう。
彼女が俺に対して何らかの好意を持ってくれているのは分かっている。そこまで俺も鈍感ではない。
けれどそうであるならなおさら距離感を誤ってはならない。俺達にやましいことは何もないが、周りから見てどう感じるかは別の話だ。以前、在原先生も言っていたが俺たちは異様に仲良く見えるらしい。そして俺達の事を見ている者は意外といる。
万が一誤解を与えてしまい、大事になってしまったら辛い思いをするのは東雲さんだ。
俺は別にいい。勿論何事もないならその方がいいが、それでも俺だけならいい。けれど東雲さんが……自分の未来に向かって懸命に進んでいこうとしているこの子がその未来を閉ざされるなんて事があっては絶対にならない。それも俺が原因なんて絶対に許さない。
安易な行動をしてはいけない。花火大会なんてもってのほかだ。
それに、彼女には俺なんかよりもっと相応しい人がきっといるはずだ。
「そっかー……」
東雲さんはかなり残念そうであったが、意外とすんなりと納得した。もう少しごねるかと思っていただけに拍子抜けだった。
「他の皆と行ってきてください」
仲の良い友達となら俺などいなくても彼女はきっと楽しめるだろう。その方がよっぽど健全だ。
「屋台の食べ物の写真撮ってくるから」
「……そこは花火じゃないんですか?」

