1.ドバイ・ヤギ・セックス

 見知らぬキラキラした部屋で裸に剝かれた俺、そして目の前には黒っぽくて歪んだ顔をしたヤギ。折れの知ってるヤギとは全然違う見た目だけど、こいつがヤギなのは多分そうなんだろう。さっき、誰かがゴートって言ってるのが聞こえたし。
 今にも襲い掛かってきそうな顔をしながら近づいてくるこいつと、俺は今からセックスしなくちゃならないんだ。
 そう思うと頭がくらくらした。もう、今すぐ気絶しちゃわないかな。そしたらこれは全部が夢で、気がついたら家だったなんてことにならないかな。
 でも、ここで気絶したらヤギに犯された上にバラバラにされて臓器売られるんだろうな、と絶望的な考えが頭をよぎった。さっきだってショーをやるか別の国で臓器ドナーになるかって言われたし。ってことは、まだヤギのほうがずっとマシなのは間違いない。
「うう……、で、できるだけ早く終わらせてくれよ……」
 ヤギのセックスなんて知らないけど、どう考えたってとんでもないだろう。だいたい、男なのにどうやってオスヤギとセックスしろって言うんだよ! 入れる穴がないだろ!
「穴ならあるぞ、尻の穴ならお前にだってあるんだから」
「うげっ、やだよ! なんで尻にヤギのちんこ突っ込まれないとならないんだよ~!」
 返事をしてから気がついた。
 ――なんで、俺、今、日本語で会話できてるんだ?
「気がついたか」
 俺に顔を近づけてきたヤギが、ニヤッ……と笑った。ヤギなのに笑ったんだ。そうとしか言いようのない、人間臭い表情をしていた。
「な、ななな、なんでええっ」
 俺は叫んで後ずさるしかなかった。
 だって、おかしい。絶対に変だ。
 ヤギがしゃべるはずないし。
 しかもここはドバイなんだぞ!?
 日本語がわかるやつが俺以外にいるわけないだろ!
「わかるさ。何しろ俺は――古い悪魔だからな」
 のっそりとヤギが近づいてきて、俺の耳元でささやきかけた。
 悪魔?
 どういうことだ?
 頭の中に浮かんだ疑問を口にするよりも早く、臭い舌が俺の頬をべろりと舐めた。
「ぎえっ」
 気持ち悪い。なんだこれ。
「そう嫌がるなよ」
 べろべろと俺の頬をなめながら、ヤギの唇が俺に近づき――そして、唇にちょん、と生臭い口が触れた次の瞬間。
「本当はお前好みのイケメンなんだからさ」
 目の前にいたヤギはどこかに消え失せていた。
 その代わりに、エキゾチックな顔立ちをした黒髪のイケメンが俺を見つめている。人間とはどこか違う形をした金色の瞳が、言葉通りに彼が悪魔なのかもしれないと思わせた。
「ここから逃げたいんだろう? 俺と契約するか?」
 ささやいてくる言葉も悪魔そのものだ。
 悪魔との契約なんて、絶対、ろくなことにはならないと、分かっているのに――俺はなぜだか、男から目をそらせずにいた。
 これまで男をそんな目で見たことなんてなかったはずなのに。
 すっきりとした輪郭も、浅黒い肌も、切れ長の目も、どれもこれも魅力的に思えてならない。頭がどうにかしてしまったのかもしれない。
「さあ、どうする?」