俺としては女の子を待たせたくはない。
 だから、約束した場合は早めに現着するのに、《《やはり》》カフェにはもう先輩が居た。
 俺を見つけて少し驚きつつも手を振る先輩の元へ駆けると、先輩はメニューをこっちにやって紅茶の入ったカップに口を付ける。

「それいい匂いだけど何ですか?」
「アップルローズ」
「じゃ!俺もそれで!」

 水を持ってきた店員に微笑むと、店員はメニューを持って静かに下がった。

「へぇ、今月の紅茶はめちゃくちゃいい香りですねぇ」

 軽く目を閉じると、先輩はくすくすと笑う。

「急に呼んだのに一時間もしないうちに飛んで来るなんて……寝起きだったんでしょう?しかも、呼んだ理由とか聞かないの?」

 明らかに無理して笑っているその姿。

「えー?話したいならどうぞー?いくらでも聞きますよ?」

 それには触れず水に口を付けて微笑むと、先輩はカップを握って目を伏せた。
 黙り込んだ先輩をただ見守りながら、しばらくして俺の前に置かれたポットを見てから店員に頭を軽く下げる。

「……振られたからパッと買い物してスッキリしたいの」
「はい。どこまでもお付き合いしますよ」

 やっと口を開いた先輩の手に軽く触れて微笑むと、先輩は泣き出しそうだった顔に何とか笑みを作った。
 そこに居るのはあの体育倉庫で見た自信満々で色気のある先輩ではなく、ただ失恋で傷付いた繊細な女の子のよう。

「先輩って呼んだ方がいいですか?それとも……」
「アキがいい。敬語もやめて。バカみたいないつものキミでいいから」

 聞いてみると、先輩はフルフルと首を横に振る。

「うん!りょーかいっ!ただ、さすがに……“アキちゃん”でもいいかな?美人な先輩にはちゃんと敬意を払いたいから!」

 キュッと唇を噛んでいるその苦しげな顔に笑顔を向けると、先輩は小さく笑って頷いた。