家に着いた後、僕もようやくスタンプだけのメッセージを返した。
 寝間着に着替えてからも、その日のことを思い出してはベッドの上で転げ回り、なかなか寝つくことができない。
 謎にテンションが高いまま、早起きをして家を出た。
 頭の中は奏汰のことでいっぱいだ。昨日会ったばかりなのに、もう会いたくて仕方がない。
 浮ついた気持ちで靴を履き替えていると、珍しく早く登校した奏汰がタイミングよくやってきた。
「……おはよ」
「おー」
 飛びつきたくなる気持ちを我慢しながら、いつもと同じように挨拶する。奏汰も口元が緩んでいて、目の下にはくっきりとした隈ができていた。
「寝られた? 昨日」
 気だるそうに靴を履き替えていた奏汰が、静かに首を横に振る。
「……寝れるかよ」
「同じだ。隈すごいね」
「真紘もな」
 こんなことすら『ふたりだけの秘密』っぽくて嬉しいのは、いったいどういうことなんだろう。
 僕が小さく笑ったのにつられて、奏汰も同じように笑っていた。
「昨日、お互いの家に行こうって話してただろ? 真紘の家は、遊びに行っても迷惑じゃないの」
「うちは……仕事で誰もいないことが多いから、問題ないと思うよ。奏汰は?」
「うちも両親共働きで姉はもう家出てるし……。あ、犬いるんだけど大丈夫そう?」
「犬飼ってるんだ! 大丈夫だよ。どんな犬?」
「ポメラニアンとトイプードルのミックス。噛むとかはないんだけど、人懐っこすぎてよだれだらけにされるかも」
「それは大変そう」
 笑いながら写真を見せてもらうと『僕は人懐っこいです!』と顔に書いてあるような愛らしい犬だった。つぶらな瞳にきつねのような耳、ふさふさとしたキャラメル色の毛。
 奏汰が犬と戯れている姿はあまり想像ができなかったけれど、話す様子からはまめに世話をして可愛がっているらしい。奏汰は本当に、知れば知るほど意外な一面が多いんだな、と思った。
「真紘の家は県外なんだろ? 前に片道2時間って聞いたけど」
「そう。遠いんだよ……ごめん」
「ちょっとした旅行みたいでいいじゃん。いつならいい?」
「今週末とか、どう?」
「いいの? すげー楽しみ」
 話しながら歩き、教室の前に着く。
 部屋片づけなきゃな〜、なんて考えながら教室に入ろうとすると、不意に腕が伸びてきた。
 行く手を遮られ、壁際に追い詰められる。
 顔が近づいて来たと思ったら、おでこにそっとキスされた。
(……っ、誰もいないからって……!)
 そうは思ったものの、奏汰と目が合うと自分の気持ちに逆らうこともできなくて……。
 そのまま目を閉じると、遠くから甲高い声が聞こえてきた。
「あっ、日枝と姫委員長じゃん! おはよっ。昨日は探し物見つかった!?」
 立花だ。奏汰が舌打ちしたのが聞こえる。
 心臓が爆発するまでの数字がひとつ減った気がした。
「お、おはよっ! ありがと、無事に見つかったよ」
 彼女がピアス探しに協力してくれていたことを思い出し、制服のズボンのポケットから小さなケースを取り出して見せた。立花はそれを見て、にやっと笑う。
「それはよかった! ……ねぇ、あたし委員長の好きな人の話、聞くの待ってんだけど」
 目の前にいる奏汰をちらりと見る。
 本当は、ここにいるんだけどね……。
「あー……話せるようになったら、今度ゆっくり話すよ」
 ごまかすような言葉だということは、立花にも伝わったんだろう。彼女はしばらく頬を膨らませた後、「待ってるからねっ!」と明るく言って、すぐに教室へと入っていってしまった。
 ほっと胸を撫でおろす。
 奏汰は不機嫌そうに僕の髪を指でくるくる巻いていたけれど、やがて顔をゆっくりと近づけ、口の端で笑った。
「続きは……週末、ゆっくりしような」
 その言葉に、ついドキリとしてしまう。
 よく考えたら、家に呼ぶということはふたりきりになるということで……。
 恋人になるということはそういうことなんだろうけど、残念なことに心がまだ慣れてはいなかった。
(心臓、持つかな……)
 不安と待ち遠しさとで、気分がまるでジェットコースターみたいだ。
「……うん」
 僕は教室のドアを開けた奏汰に続き、いつも通りの顔を作って中に入った。

 平日をなんとかやり過ごし、奏汰が遊びに来る週末がやってくる。
 ジメジメとした梅雨の合間の五月晴れ。
 叔母の久美ちゃんは相変わらず仕事で忙しいらしく、家には僕ひとりだけだった。
 リビングのインターホンがやけに大きな音で鳴り、小さなモニターに奏汰の姿が映る。オーバーサイズのTシャツにアッシュグリーンのカーゴパンツ、黒の小さなバッグに同じ色のスニーカー……。そんなカジュアルな服装は奏汰によく似合っていて、いつもより数割増しでキラキラして見えた。
(……自分の恋人が、こんなにカッコよくていいんだろうか)
 つい不安になり、自分が変な恰好じゃないか、部屋は大丈夫かと右往左往する。
 もう一度インターホンが鳴ったのを合図に、僕は覚悟を決めてドアの鍵を開けた。
「……いらっしゃい」
「お邪魔しまーす。……って、何かすごい顔してるな? 真紘」
「そ、そうかな」
「すげー青ざめてる。緊張してんの?」
「うん、まぁ……あんまり家に人呼ばないから。それに奏汰、今日すごくカッコいいし。……僕、変じゃない?」
「変じゃないよ。いつも通りかわいい。ピアスつけてくれてんのも、嬉しいし」
 そうさらりと言う奏汰はズルいと思う。
「……そっか」と照れ隠しに顔を背けて、リビングへと案内した。
「狭いけど、好きなとこ座って。……麦茶でいい?」
「ありがと。……実感なかったけど、本当にこんな遠くから通ってるんだなー」
「実際に来てみると、遠いよね。毎日家出るの朝6時くらいだよ」
「げっ。起きられんの? それ」
「スマホの他に、目覚まし5個かけて頑張ってる」
 奏汰はソファに腰かけながら「すげぇ量」と笑っていた。
 叔母を起こさないよう最初の目覚ましで起きる努力はしているが、朝は毎日が戦いだ。
 テーブルに麦茶を置き、室内をぐるりと見回す。
 奏汰がどんな家で暮らしているかは知らなかったが、うちは住宅街にある古いマンションの一室だ。叔母が祖父から譲り受けた部屋はリフォーム済みではあるけれど、広くもないし、新しくもない。リビングとダイニングのほかに、僕と叔母の部屋がそれぞれあるだけの家を奏汰がどう感じるかはわからなかったけれど……僕は手にしたお盆から顔をのぞかせながら聞いた。
「僕の部屋も、見てみる?」
「いいの?」
「うん。……でも、引かないでね」
 リビングに接する引き戸を開ける。
 8畳の和室にはベッドの他に勉強机と椅子、服を入れたスチール棚、小さなテレビとローテーブル、ゲーム機なんかがあり、かなり雑然としていた。背の低い本棚には青年誌系の雑誌や格闘漫画なんかが押し込まれていて……たぶん学校での自分のイメージとはだいぶかけ離れているんだろう、と思う。そんな部屋にもかかわらず、奏太は色んなものに目を輝かせては「これ、ちょっと見てもいい?」と手に取っていた。
「ごめん、おしゃれな部屋じゃなくて……。本当に引いてない?」
「引いてないって! むしろ、真紘のことがわかって嬉しい。通話のとき、たまに映るから気になってたんだよ。……あと、この漫画は俺も読んでる」
 奏汰は格闘漫画のひとつを手に取り、にっと笑った。今もアプリで連載中の漫画で、好きなシリーズのひとつだ。
「まじで!? 好きなキャラ誰」
「主人公もいいけど、ライバルの師匠派。渋くてカッコいいから」
「わかる! 意味わかんないくらい強いんだよね。技もさ……あれって、何か空手系?」
「膝のやつだろ? 俺たぶんできるよ」
「うわ、見たい見たい!」
 共通の話題に思わず盛り上がってしまった。
 奏汰は作中のセリフとともに飛び膝蹴り的な技を見せてくれて、ほかにもあれもこれもとリクエストをしては実演してもらう。
 空手のことはよくわからないけれど、奏汰の動きはとにかくきれいだった。手足が長いのもあって、豪快でカッコいい。
「……僕もできたりする?」と興味本位に聞くと、快くやり方を教えてくれた。
 もちろん、慣れない動きですぐに足がつったけど。
 奏汰はベッドに倒れ込んだ僕の足を優しく伸ばしてくれて……僕はいつかの保健室でのことを思い出していた。
「はしゃぎ過ぎ」
「ごめん。楽しかったから、つい」
「でも、俺……こんなに目キラキラさせてる真紘、初めて見たかも」
「そうかな」
「うん。学校ではこう、色んなものを抑えてるって感じがするから。自分のこと……ちょっと、演じてるっていうか」
 心当たりなら、たしかにあった。
 高校に入ってから、慣れない伊達眼鏡なんかをかけてまで、いかにも真面目な優等生キャラを演じている。
 優等生っぽい行動。優等生っぽい発言。
 優等生っぽい趣味。優等生っぽい考え方……。
 本来の自分を隠すためにも、それっぽく見えるようキャラを作って演じてきた。中学時代のダメな自分をどうやって変えていけるかなんて当時はちっともわからなかったから、形から入ることで少しずつ理想の自分に近づきたいと思っていたし、近づけると思っていた。
 周りの人を裏切ったり、泣かせたりすることなく、誰かの役に立てるような……そんな人間になりたかった。「ここに居てもいいんだ」と思えるような、そんな居場所が欲しかった。
 この話はまだ誰にもしたことがなかったけれど、奏汰にならしてもいいかと思えたし、知ってほしいとも思った。
「演じてるっていうのは……その通りだと思うよ」
 顔色をうかがう奏汰に、僕は顔を上げて話し始める。
「中学時代の写真は奏汰も見たと思うけど……僕はずっとあんな感じで、あの見た目通り、仲間と悪いことばかりしてたんだ。それで、一緒に住んでる叔母さんのことも困らせたりして……。だから『高校に入ったら変わろう』って決めてたんだ。僕が自然体でいたら、また誰かを泣かせちゃうって思ったから」
 過去の苦い思い出が(よみがえ)ってくる。
 話を真剣に聞いてくれている奏汰に、僕は続けた。
「そういう背景があったから……僕は奏汰のこと、心の奥底でずっと羨ましかったんだと思うよ。1年のときもいつも肩の力が抜けた感じで、自然に楽しそうにしてたから。僕にはすごくキラキラして、まぶしく見えた」
「そうかな。……俺には真紘のことが、けっこうまぶしく映ってたけど」
「えっ?」
「ううん。……何でもない」
 言いかけて、やめる。
 僕の足から手を離した奏汰が、寄り添うようにして近くに座り直した。
「学校では『本当の自分』なんてあまり見せないのに……真紘は今日、俺のことを部屋に呼んでくれたんだよな。……それって、俺になら見せてもいいかなって、そう思ってくれたってこと?」
「……うん。本当はきれいに片づけてもよかったんだけど、奏汰が『知りたい』って言ってくれてたのって、こういう部分なのかなって思ったから」
「引いて……ないよね? 大丈夫?」と間近に顔色をうかがうと、いつもとは違うマリン系の香りが鼻をくすぐった。
 背中に手が回って、抱きしめられる。
「大丈夫。嬉しい。……何か、抱きたくなった」
 奏汰の腕の中は妙に落ち着く。
 なごんでいたところで、ふと違和感に気がついた。
「えっと……『抱きしめたくなった』じゃなくて?」
 聞いてみたものの、奏汰は僕のことをぎゅっと強く抱きしめるばかりで……。
 意味を理解して、鼓動が激しく脈を打つ。
「えっ、な、何……!?」
 どうして、突然そんな話になるんだろう。
 あと「僕って抱かれる方だったのか!」と自覚する。
 いや、僕が奏汰を抱くとかあまり考えたことはなかったから、そっちの方が自然な気はするんだけど……。
 奏汰はパニックに陥る僕を見透かすみたいに笑って、僕にそっと体重を預けてきた。
 そのまま、ベッドに簡単に組み敷かれてしまう。
「わっ! ちょっ……奏汰!!?」
 身体の関係は正式につき合ってから……じゃなかったんだろうか?
(さすがに手が早くないか……!?)
 混乱していると、奏汰の指がピアスをつけた左耳に触れた。
「……ひとつ、聞いてもいい? ずっと気になってたことがあるんだけど」
 この状況で質問をするのか。
 そう思ったけれど、奏汰は気にする風でもなく、耳のピアスを指ではじきながら言った。
「高校に入ってイメージを変えたかったから、たくさんあったピアスの穴を全部閉じたんだろうけど……。この、左耳のピアス穴だけ残したのって、何か理由とかあるの?」
「……それは……」
 それほど、大きな意味はないつもりだった。
 あの頃、いちばん仲の良かった友達――久保大翔に初めて開けてもらったピアスだ。当時たむろしていた先輩の部屋で、無駄にはしゃぎながら、ひとりでやるのは怖いからとお互いの耳に針を押し当てた。
 恐怖よりも、強い好奇心。ピアスの穴ひとつ開けたところで何も変わるわけがないのに、どこか新しい自分に生まれ変われるような、そんな気がしてた。
 もう二度と会うことはない友達との、小さな思い出だ。それ以上でも、それ以下でもない。
(どうやって説明したらいいんだろう……)
 返答に悩んでいると、奏汰の指が催促するみたいに髪に触れる。待ってほしい、と視線を送るものの、間近にあった顔がゆっくりと近づいてきた。
 質問に答える時間だったんじゃ……と聞く間もなく、そっと唇が重なる。
「んっ……」
 触れるだけのキスのはずが、唇を軽く甘噛みされた。抗議しようと思ったけれど……優しく頭を撫でられているうちに、怒る気力も失せてしまう。
「答え……聞きたいの? 聞きたくないの? どっちなんだよ」
「ごめん。聞きたかったけど、キスもしたかった」
「何それ」
 満足げに笑う奏汰に、つい毒気を抜かれてしまった。
「真紘、何か考え込んでたし……。今度でもいいよ。気が向いたら、聞かせてよ」
「……うん」
 奏汰は僕を抱きしめながら、ぬいぐるみにでもするみたいに顔にたくさんキスをしてくる。
 もちろん、ドキドキしている奏汰の鼓動も伝わってくるのだけれど、このままでは僕の心臓が持たなそうだった。何か、違う遊びを考えなければ。
「……そうだ。奏汰ってゲームやるの?」
 身体を起こして、ベッドの縁に腰かける。
 奏汰は残念そうに眉を下げていたけれど、そのうち隣に並んで身を乗り出した。
「やる。……なぁ、さっきから気になってたんだけど、もしかして真紘もFPSやったりする?」
 FPSは一人称視点のシューティングゲームだ。
 銃を持って戦地を生き残るタイプのサバイバルゲームが、ちょうどゲーム機のそばに置いてあった。
「やるよ。たまにオンラインでチーム組んでやってる」
「うわ、何か上手そう。……え、じゃあ……よかったら一緒にやってみる?」
「望むところ」
 せっかくふたりきりになれたのだから、いちゃいちゃしたい気持ちも当然あったけれど……奏汰とゲームをするのは、それはそれで楽しそうだった。
 同じゲームで遊んだり、漫画を読んだりする友達も、高校に入ってからは久しくいない。
 奏汰もこういうゲームは久しぶりらしく、コントローラーを手に目を輝かせていた。
「じゃ、対戦よろしくお願いします!」
「お願いします! ……と言っても、協力プレイだけどね」
 僕もわくわくしながらコントローラーを握った。
 あとは、わーわー騒ぎながら銃を片手に荒野をサバイバルして……。
 気づけば日が傾き、帰りの時間が近づいていた。

「楽しかった。……あっという間だったな」
「うん。まさか奏汰と一緒にゲームができるなんて、思ってもみなかった」
 帰り道。奏汰を駅まで送っていくことにした僕は、隣を歩きながらそう言って笑った。
 初夏の日は長く、夜になっても空が明るい。
 いつもよりゆっくり歩く奏汰が「俺も」と言いながら、にっと笑った。
「チームワーク最強じゃなかった? またやろうぜ」
「うん、またやりたい。奏汰の家に行くのも楽しみだし」
「それな。……あ、漫画もそれまでに読んでおくから」
 奏汰は手にした袋をちら、と見る。
 中には貸して読んでもらうことになった、僕のおすすめの漫画が入っていた。
「感想教えて。あのシリーズが好きなら、きっと気に入ると思うから」
 週末が終われば、また学校が始まる。
 ふたりでいられる時間はとても貴重で、一秒でも惜しかった。
 どこかで警笛の鳴る音がする。
 駅前のコンビニを過ぎたところで、奏汰が足を止めた。
「……この辺でいいよ。今日はありがと。すげー楽しかったし、またひとつ真紘に詳しくなれた気がして、嬉しかった」
「何それ。僕のファンみたいな言い方する」
「べつに、間違ってないから」
 明るく言う奏汰の手を取った。
 人がいるのでさすがにキスはできないけれど、名残惜しい。
「……彼氏じゃないの? 奏汰の」
 甘えるように言えば、ぎゅっと強く抱きしめられた。
「彼氏だよ。……大好き」
「……僕も」
 身体がそっと離れていく。
 奏汰のつけている香水の匂いが、少しでも僕に移っていればいいな、とそう思った。
「じゃ、また学校で」
「うん」
 明るく言う奏汰に手を振り、姿が見えなくなったところで踵を返す。
(今日の、ちゃんとデート……だったよな)
 奏汰に自分の部屋を案内して、漫画の話をして、ゲームで遊んで……ベッドの上でキスもした。
 考えていたら恥ずかしくなってきて、家までの道を足早に歩く。
 マンションの前。ふと気になって自分の服の匂いを嗅いでみた。奏汰がまとっていた海の香りがかすかにして、飛び上がるほど嬉しくなる。
「真紘……? あんた、何してんの?」
「久美ちゃん」
 家にも入らず奇行に走っていると、叔母の久美ちゃんに見つかった。仕事帰りなんだろう。通勤用のバッグとコンビニの袋を提げている。
「顔、真っ赤だよ? また熱でも出た?」
「そういうんじゃないよ。……服からいい匂いがしただけ」
「はぁ……」
 彼女は頭の上にはてなマークを三つくらいつけて、首を傾げている。
 そういう反応にもなるだろう。僕でもそうなる。
 オートロックを開け、ふたりでエレベーターに乗り込んでから、僕は口を開いた。
「あのさ……この前『落ち着いてから話す』って言ったこと、憶えてる?」
「ああ、うん。どうかしたの?」
「好きな人、というか……恋人ができた、かも」
「あっ。もしかして、今日連れて来るって言ってた友達って……?」
「うん。じつはそう」
「なるほどね……。いや、友達にしては熱心に部屋を片づけてるなぁって思ってたのよ」
「そんなに片づけてたっけ?」
「片づけてたし、リビングから何回も自分の部屋を見てるから、変だと思ってたんだ」
 僕の奇行は、どうやら今日に始まったことではないらしかった。
 奏汰が僕のことを『意外と顔に出るとこある』と評していたけれど、わかりやすいという意味では間違っていないのかもしれない。
「ちなみに……恋人って言っても、彼氏なんだけど……偏見とかない?」
 おそるおそる聞くと、叔母は天井を見上げた後、苦笑いを浮かべて言った。
「偏見はないけど、現代っ子って感じはするわね。……家で詳しく話、聞かせなさいよ。職業柄、言っておきたいことも山ほどあるし」
 看護師として、叔母が何を言っておきたいのかはよくわからなかったけれど……僕は黙ってうなずき、家の鍵を取り出した。
 鍵を開けて中に入る。
 背中から叔母が「……まぁ、真紘が幸せならよかったわ」とちょっと満足げに言ったのが聞こえてきて、何だか僕まで嬉しくなってしまった。