あら……まあ。もしかして、ニールは私のことが、まだ好き……ということかしら。

 では、どうして、あのご令嬢に『好き』なんて言ったの?

「まあ。ニール……もしかして、名前も知らない方に、好きだと仰ったの?」

 私は婚約者であるニールの顔を見た。その時、彼は非常に焦った表情が浮かんでいて、その頬にはくっきりした赤い手形がある。

 ニールは黒髪に凜々しい顔立ち、爽やかな水色の目も素敵で……彼と婚約出来た時には、とても嬉しかった。

 ……ええ。嬉しかったわ。

「言っていない……ジェマ。本当だ。信じてくれ」

 『どうか信じてくれ』と言わんばかりの表情を浮かべた整った顔。先ほどの彼女が赤い手形を付けた左頬とは違う右頬に、私はペチンと手を置いた。

「私は二人同時に愛せるような方と、一緒になるつもりなどありません。私たちは婚約したばかりですが、今は公示されたばかり。お父様に言って、取り消すことにしましょう。今なら傷が浅く済みますわ」

「ジェマ」

 名前を呼んだ切なそうな顔を見て、私は絆されそうになった。