私は雇い主のローランス侯爵へと、メイドの仕事を辞めたいと自分でお伝えしようと思った。

 執事やメイド長には、先んじてお伝えした。残念そうにはしてくれたものの、ローレンス侯爵邸の使用人は給金も良ければ待遇も良い。すぐにでも、私の後釜は見つかるはずだ。

 けれど、ローランス侯爵は行き倒れになりそうだった私を救ってくださった方で、大事な命の恩人だ。

 特別報酬のあるお仕事もくれる方で、彼に挨拶もなく辞めてしまうことは躊躇われた。

 ここに来る時は、あの仕事を頼まれる時くらい。

 おそるおそる扉を叩くと、中から入るようにと返事があった。室内へと入り、私は使用人の礼をした。

「……おお。シュゼット」

「失礼します。ローレンス侯爵」

 私が顔を上げると、白髪を撫で付けとても優しそうな笑顔を見せてくれた。ジョン・ローランス侯爵はひょろりとした身体であまり背が高くない。

 一見頼りなさそうに見えるのだけれど、ノディウ王国でローランス侯爵家は裕福な貴族として権勢を誇っていた。

「ローランス侯爵。私……その、実は辞めさせていただくことになったんです。侯爵様には大変お世話になりましたので、最後のご挨拶に」

「おお! そうなのかね。シュゼット。どうしたんだい。何か仕事場に不満があるのかい?」

 ローレンス侯爵は寝耳に水だったのかとても驚いた表情になったので、私は慌てて首を横に振った。