そういえば、クロードはパーティ全員追放したくらいなのに、案内人ギャビンだけはずっと一緒に居たのよね……。
「あ。ギャビンは、どうして追放されなかったの?」
クロードは魔王を打ち倒す旅の中で、自分以外邪魔だと思うくらいだったのだ。案内人はそれほど重要な役割だったのだろうか。
「こいつが居ないと、次に何処に行けば良いかわからない。先んじて全部言えと言っても、翼猫の誇りにかけてそれは出来ないって言うんだ。仕方なかった」
「またまた~、何を言っているんです。クロード。僕が有能だったからでしょう? 僕の撒く魔法の粉は状態異常に陥らせることが出来ますし、力の弱い魔物であれば『|翼猫の声(キリングボイス)』つまり、声を出すだけで一掃出来るんです。とても役に立つ存在だから、追放など出来るはずもありません」
「まあ……それは、確かに否定しないな」
机に立っているギャビンは誇らしげにふわふわの胸に手を付き、クロードはなんとも言えない表情を見せていた。
クロードがそう言うってことは、ギャビンって本当に凄い存在なのかもしれない。
「すごいわ。ギャビン。状態異常って、どんなことが出来るの?」
「眠らせたり毒状態にしたり、混乱させて行動不能にしたり出来るんです」
興味津々で聞いた私に、ギャビンはピンと張った髭を伸ばしながら答えた。
「ギャビンは翼猫だから飛行出来るし、物体をすり抜けられる。だから、回避能力が異常に高いんだ。攻撃するには特殊な魔法を使うしかない」
クロードは夕飯を食べながら、私の知りたいだろう情報を補足してくれた。
「そうそう。そう言うことなんです。シュゼット。つまり、激戦を重ねる勇者の傍に居ても、僕は邪魔をすることなく援護することも可能! どれだけ有能な案内人であるか、良くわかりますね」
「……自分でそれを言ったら、台無しだけどな」
クロードはとても嫌そうな顔をして言い、ギャビンはそこで遠慮せずムッとした顔で睨んだので、長旅を共に過ごしていた二人の様子が垣間見れて、私はついつい微笑んだ。
◇◆◇
大きな身体を持つクロードは私の部屋の浴室だと狭いと言うことで、就寝前に近くにある湯浴み施設へと行っている。
だから、現在私と彼が明確に離れている時間はここしかない。
仕事中も分身とか言う反則技で、仕事している私の事を見ているらしいし……クロードでないと通報するしかない行動だった。
「ねえ。ギャビン。居る?」
私が何もいない空間に呼びかけると、紫の猫は思った通りにすぐに現れた。ただし、今回は窓をすり抜けたので、驚きはなかった。
「なんでしょう? シュゼット」
ギャビンは不思議そうな表情で、首を傾げていた。ふわふわの猫がそういう仕草をするのはとても可愛い。
「あの、お願いがあるんだけど……聞いてくれる?」
そして、私はクロードに内緒で翼猫ギャビンと、とある相談をすることが出来た。
翼猫ギャビンは深夜、約束した通りに私の前に現れた。
無言のままで大きく頷くと、暗くなっている室内で眠っているクロードの上を翼を使って飛行してキラキラとした光る粉を振り撒いた。
綺麗……なんだか、妖精みたい。けれど、対象に状態異常を誘発する魔法の粉なので、綺麗なだけでは終わらないけれど。
これは、明日のクロードの誕生日の準備に私がギャビンにお願いしたのだ。
どうせなら、喜んで欲しいし出来れば驚かせたい……と。
仕事はちょうど休みだった。クロードもしれっと私と同じ休みを取っているらしい。
こういう事からも理解出来る通り、クロードは私から長時間離れる気は無いようだった。
これまで家出をした私が何処に居るかと長期間探し回っていたらしいし、とても過保護なことを言い出すことにあるので、幼い頃の私のままだと思って居るのかもしれない。
だから、ぐっすりと寝静まった深夜に、ギャビンにお願いして彼を眠らせてもらうようにしたのだ。
キラキラした魔法の粉は、ゆっくりとした速度で眠っているクロードに舞い降り、そして、静かに光を消した。
「早く早く……クロードは耐性が強いから、効きが悪いんです」
「わかったわ!」
役目を終えたとばかりに額の汗と拭く仕草をギャビンに急かされて、私は慌ててお祝いの準備に取りかかった。
今では大金持ちになっている勇者クロードに満足して貰えるような何かが私に用意出来るはずがないし、喜んで貰えるような美味しい料理でもてなそうと決めたのだ。
クロードは幼い頃、ふわふわの白いパンに挟まれたフルーツサンドが好きだった。
今思うとあれは貴族だけしか食べられないような贅沢品だったので、彼にとってみれば珍しい食べ物だったのかもしれないと思う。
私が開いた籠の中に詰められたフルーツサンドを見て、嬉しそうに微笑む姿を今でも思い描くことが出来る。
「早くしなきゃ……」
再会してから思った事だけど、クロードは成人男性なので、それなりの量を食べる。
つまり、彼が満足出来るような量を作ろうと思えば、時間が掛かることが予想された。
私は事前に多めに買っておいた果物を取り出し、綺麗に洗うと皮をむき始めた。たくさん使う生クリームも早めに混ぜないといけないので、
「大変ですね。僕も何か手伝いましょうか?」
宙に浮いたギャビンが私の顔の横で聞いたので、私は驚いた。
「……出来るの?」
「出来ますよ! 僕は誇り高い翼猫ですよ。何をすれば良いですか?」
確かにギャビンが自らの一族に対して誇り高いことは知っているけれど、それと作業が可能か不可能かは別だと思うの。
私は苦笑いしつつも、洗いおけに水で浸けている果物を指さした。
「あ……じゃあ、果物を洗ってくれる?」
彼の持つふにふにの肉球で出来そうな作業をお願いすれば、ギャビンは軽く頷いた。
「良いですよ。果物も切りましょうか?」
「……出来るの?」
「出来ますよ! もしかして、シュゼット、僕が何も出来ないと勘違いして居ないです?」
いぶかしげに聞いた私に、ギャビンはぷんぷん怒った仕草で洗い桶に手を付けた。
そうすると自然と渦を巻いて果物が水の中をまわる。そして、蛇口から出て居る水に勝手に飛び込んでは、水切り用の金属製の籠へとうつった。
「シュゼット! 時間がないんですよね? 急いでください!」
「わ! わかった」
ギャビンが果物をどうするんだろうと彼に目を奪われていた私は、急げと怒られてとりあえず生クリームを泡立てることにした。
たっぷりとある白い生クリームを角が立つまで混ぜて、砂糖を入れてまた混ぜた。
生クリームをパンに塗り、そして、どうやって切ったのかわからないくらいに綺麗に切れている果物を載せた。そして、反対側をパンで押さえてを繰り返した。
「ふーっ……なんとかなったわね……」
私は小さな机の上に置いたフルーツサンドの山と、お祝い仕様の飾り付けを見た。面積の都合上、小山のようになってしまっているけれど、仕方ないわ。
クロード……喜んでくれたら良いけど……。
眠ったままのクロードを見れば、窓から光が差していて、そろそろ朝日が上がりそうだった。
私とギャビンは結構音を立ててしまっていたように思うけれど、クロードは起きずにぐっすり眠っていたからギャビンの魔法の粉の効果は大きいみたい。
彼の寝顔を見られることはあまりないんだけど、あどけなくて可愛い……まるで、幼い頃のクロードみたいだ。
……ずっと、私を探して居てくれたんだ。
「あの……シュゼット。もう……良いんじゃないですか。クロードのことが、好きなんでしょう。僕は男の趣味が悪いとは思うんですけど、誰かから見れば一目瞭然ですし、そろそろ素直になっても……不自然ですよ」
「……そうね」
濡れた肉球を布巾で拭いているギャビンに諭(さと)されて、私は小さく頷いた。
クロードはすっかり朝になってから、寝袋の中で目を覚ました。
「……わ」
狭い部屋の中にある机の上に、フルーツサンドなどお祝い用のものが揃っていた。
「おはよう。クロード。お誕生日おめでとう」
「シュゼット……今日、誕生日だった? 忘れてた」
やっぱり忘れていたみたい。これまでろくにお祝いもしていないのなら、当然のことなのかしら。
「どうぞ。座って。せっかく作ったから」
「……これって、シュゼットが全部作ったの?」
「あ……あの、ギャビンに手伝ってもらったわ」
それを聞いた時に、クロードは片眉を上げて笑った。もしかしたら、魔法の粉で眠らせたことを察したのかもしれない。
「それで、俺が起きなかった訳だ……なるほどね」
「ごめんなさい」
彼を眠らせて驚かせたかったことは事実だけど、クロードの意に反していることをしてしまった。
「どうして。別に良いよ。俺がこれを好きだったことを、覚えていたんだね。シュゼット」
クロードは寝癖のついた髪のままで、フルーツサンドをひとつ取って大きな口でかぶりついて食べ始めた。
「どう?」
「美味しい! ありがとう。シュゼット。久しぶりに食べたよ」