「沢城くんと佐倉って、正反対だと思ってたけど最近仲良いよね」

 とある日の休み時間。佐倉が後ろの席の俺を振り返って「さっきの先生の口癖面白くない?」なんて話しかけてきたのを見て、佐倉の隣に座っている戸波遥花が意外そうな顔をした。戸波さんはバレー部のエースで、美人で明るいので男子からも女子からも人気がある。誰とでも分け隔てなく仲良くなれる明るい人だ。

 「沢城、意外と面白いやつだったんだよな〜」

 佐倉が楽しそうにこちらを見るから、俺もつられて頬が緩んだ。

 「面白いって何だよ」

 戸波さんは少し驚いた顔をして、俺を見る。  

 「へえ、そうなんだ!沢城くんって高嶺の花というか、近寄りがたいイメージだったけどちゃんと笑うんだね」
 「え、俺笑わないと思われてたの?」
 「クラスの女の子たちみんな『沢城くん、格好いい〜』って騒いでるけど、直接話しかける勇気はないって言ってたよ」

 くすくす笑う戸波さんに、何だか恥ずかしくなる。そんなふうに思われていたのか。特に話しかけづらい雰囲気を作っていたつもりはなかったのだけれど。

 「へえ、やっぱり沢城ってモテるんだ?」

 佐倉が興味津々に聞くと、戸波さんはポニーテールをぶんぶん揺らして首を縦に振る。

 「当たり前じゃん!格好いいし頭もいいし、生徒会長だし、でも完璧すぎて近寄りがたいから氷の王子って感じ!」
 「ぶは、氷の王子!?格好いい名前つけられてるじゃん」

 笑いが堪えられないという顔でこっちを見る佐倉に、イラっとする。自分でもそんな恥ずかしい名前で呼ばれているなんて知らなかった。すぐにやめてもらいたい。佐倉はニヤニヤしながら俺を見ている。

 「女子に人気で言ったら、佐倉も人気あるけどね」

 そう言って佐倉を見つめる戸波さんの表情に、あれ、と違和感を抱いた。

 「え、俺?」
 「佐倉も顔がいいから好きって言ってる女の子結構いるよ〜。こっちは怖くて近寄りがたいけど」

 戸波さんが悪戯っぽく笑って言うと、佐倉はムッとしたように眉を寄せる。

 「怖くはねーだろ」
 「怖いって!金髪にピアスだし授業サボるし……。まあ、私は意外と優しいって知ってるけどね」
 「俺は普通に優しいの」

 2人の会話を聞いて、戸波さんが佐倉を見つめる視線を見て、なるほどと思う。おそらく戸波さんは、佐倉のことを。

 ……まあ別に俺だって、佐倉が優しいってこと、知ってるけど。なぜだか戸波さんの言葉に心の中で反抗してしまい、自分に戸惑う。別に、佐倉が優しいってことを知ってるのは、俺だけじゃなくてもいいはずなのに。

 戸波さんが佐倉のことをどう思っていようと、関係ないはずなのに。どうして少しだけ、息が苦しくなるのだろうか。だって佐倉と俺は、男同士なのに。

 佐倉も、戸波さんみたいな可愛い女の子が好きだよな。そうだよな。佐倉と戸波さんは、意外とお似合いかもしれない。明るい優等生と、意外と優しい不良のカップルなんて、ドラマみたいでいいじゃないか。そう思えば思うほど、目の前の2人が楽しそうに話しているのを見るほど……。

 「な、沢城!」
 「……え、」

 突然佐倉が俺の顔を見て話しかけてくるので、驚いて顔を上げる。

 「なんだよ、聞いてなかったの?」

 佐倉は呆れた顔をする。

 「ああ……ごめん」
 「お前別に近寄りがたくないよな、って言ったの。普通によく笑うし」
 「へえ、そうなんだ。私ももっと話しかけてみよ〜!」
 「まあ最初に仲良くなったのは俺だけどな」

 佐倉と戸波さんが、冗談半分の言い合いをしている。

 ──最初に仲良くなったのは俺だけどな。
 佐倉の言葉に、なんだか心が軽くふわふわする。佐倉もさっきの俺と同じような気持ちになったのだろうかと想像すると、くすぐったくて少し熱くなった。

 「……ほら、そろそろ授業はじまるぞ」

 そんな言葉で誤魔化して、さっきまでのモヤモヤした黒いものがなくなっていることにも、その黒い感情の正体にも、そしてこの浮ついた気持ちの正体にも、気付かないふりをした。