そして放課後、返却されたテスト結果を持って公園に向かう。俺の塾よりも佐倉のバイトの方が先に終わっていたようで、ベンチにはまだ見慣れない黒髪の佐倉が座っていた。黒い髪にまだ違和感があって、思わず笑ってしまう。それでも黒髪も似合うな、と思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。それとも佐倉の顔が整っているからだろうか。

 「よ、お疲れ」

 横から声をかけると、佐倉は見ていたスマホから顔を上げて、こちらを見る。俺の顔を見て、ふっと笑う顔に、思わずドキッとしてしまう。

 「沢城もお疲れ」

 そして佐倉も、あからさまに俺の髪に目を向けて、くくっと可笑しそうに笑っている。

 「笑うなよ」
 「王子様みたい〜、ってクラスの女子が騒いでたぞ。俺の金髪は不良って言われてたのに、何が違うんだろうな……」

 やっぱり品の良さが出てんのかな、と佐倉が呟いている。

 佐倉は確かに問題児だし不良だったけれど、俺にはないものをたくさん持っている。それは勉強ができるとか、学校の規則を守っているとか、そういうことよりもずっと大切なものだと思う。それでも人は、見た目や肩書きで人を判断してしまう。
 佐倉がどうしてバイトをしているのかも知らずに、規則を破ったと一括りにする。優等生とされている俺が頼んだことは、聞いてくれたりもする。それにずっと違和感を抱いていた。

 校則をただ守っていれば、髪を染めていなければ、勉強ができれば、それが正解なんだろうか。そんなことよりもっと人として大事なことが、あるんじゃないか。そう思って、金髪にしてみたけれど、鏡を見るたびに違う自分になったみたいで割と気に入っている。

 佐倉が黒髪にしてきたのは驚いたけれど。
 佐倉が黒髪にしたのも、俺と同じような、それでいて真逆のような理由からだろう。自分の見た目のせいで俺の評価が下がるのが嫌だとか、そういう。 

 「なあ、見て。これ」

 佐倉は得意げにテストの成績表を見せてくる。ぼんやりとした街灯に照らされた1枚の紙には、学年順位25位と書いてあった。

 「25位!?」

 驚いて目を見張る。

 「すげーだろ」
 「え、本当に?いつもは何位くらいなんだ?」
 「いつもは300位とか」

 300位から25位……?信じられない。でも、よく考えるとうちの学校は公立の中ではかなり偏差値の高い方だ。この高校に合格しているということは、佐倉はもともと勉強はできる方だったのかもしれない。

 「沢城は?」
 「俺は1位」

 学年順位1位と書かれたプリントを見せると、佐倉は目を丸くする。

 「1位……ほぼ満点じゃん」

 今までにないくらい勉強したからな。お前のせいで。とは言わないでおく。これで成績が下がったら、母親にまた佐倉のせいで、なんて言われかねない。1位になれて本当によかったと思う。

 「ていうか、お前が金髪なの本当に慣れないな」
 佐倉はしばらくしてから、また俺を見て、しみじみと言う。何回言うんだよ、と思ったけれど、俺も佐倉の黒い髪を何度も見てしまっていたから、人のことは言えなかった。
 「お前の黒髪も慣れないよ」
 「そりゃそうか」

 はは、と笑う。その横顔が綺麗で、見惚れてしまう。

 「金髪にしても大丈夫だったのか?親とか……」

 あの夜のことがあったから、佐倉はきっと俺の親のことを気にしているのだろう。厳しい親なのは佐倉にばれてしまっている。

 「うん。もう気にしすぎないことにしたから」
 「へえ」

 俺が金髪にして家に帰った日、母は信じられないと言う顔をして絶句していた。その後も色々言ってきたけれど、「勉強は手を抜かないから」の一点張りをしていたら、諦めたのか何も言わなくなった。兄には電話で愚痴っているかもしれないけれど。

 ずっと家族にとらわれていた。親の機嫌を損ねないように、期待外れだと思われないように、兄に追いつけるように。そうやって自分じゃなくて他人の軸で生きてきたけれど、それでも失いたくないものができた。親の機嫌を取るために自分の大切なものを手放すなんて意味がないと、今なら思うことができる。それに。


 「それに、俺のために金髪やめるくらい俺のこと好きなやつがいるから」

 口角を上げて佐倉を見ると、佐倉は少し驚いてから、ふっと笑う。

 「それ、ブーメランなの気付いてる?」
 「さあね」

 ベンチで隣に座っていた佐倉が、そっと俺の髪に触れる。その手があまりにも優しくて、宝物に触れるみたいだったから、愛おしくなる。

 「綺麗だな」

 そのまま佐倉の手は後頭部に回って、頭を引き寄せられる。そっと目を閉じると、唇が触れた。

 「なあ、佐倉」
 「なに」
 「あんまり戸波さんと、仲良くしないで」
 「え、妬いてんの?」
 「……」
 「かわいー」
 「……」
 「ごめんごめん、お前だけだって」

 夜の風が2人の髪を揺らして、月明かりだけが僕らを見ている。
 僕らの憂鬱は、夜の闇に溶けて、それから、幸せな色に変わった。


 ──全部、きみが愛したせいだ。