その後、学校には事情を説明して、俺と佐倉は無事に再試験を受けさせてもらうことができた。2人だけで放課後の教室で、何回かに分けてテストを受ける。みんなは既にテストを受け終えているから、問題が流出しないようにと、みんなとは別のテスト問題が配られた。

 2人と見回りの先生しかいない、放課後の教室。カチカチと時計の秒針の音と、俺と佐倉のシャーペンの音だけが響く。佐倉のシャーペンの音の速さからすると、順調に問題が溶けているようだと安心する。

 「どうだった?できたか?」

 最後の教科のテストを受け終えて、家に帰るために佐倉と下駄箱に向かう。

 「過去イチできた」
 「それは良かった」
 「今までこんなに勉強したことなかったからなー。さすがにあの時期は睡眠時間少なすぎてダメだったわ」

 もうすっかり元気になった佐倉は、倒れたあのテストの日を思い返して苦い表情を浮かべる。

 「沢城まで巻き込んで追試にさせて、本当にごめん。再試験受けさせてくれて本当によかったわ」
 「もう散々謝られたし、別にいいって」

 変なところで真面目なやつだな、と思う。俺も今回のテストはかなり勉強したこともあって、過去イチの出来だと思う。

 「そうだ、テスト結果返ってきたら見せ合おうぜ」
 佐倉がそう言って笑う。
 「いいけど。勝負する?」
 「いや、それはさすがにお前が勝つだろ。勝負にならねーよ」
 「そうか?でも過去イチの出来なんだろ」
 「お前と俺は基準が全然違うの。俺の過去イチでもお前の過去最低に届くか怪しい」
 「それはないだろ」

 そんな話をしながら、駅までの道を歩く。グラウンドでは野球部が練習しているようで、大きな掛け声が聞こえてくる。夕日に照らされた道路に、俺と佐倉の影が伸びる。この放課後の景色を、匂いを、音を、忘れたくないと思って目に焼き付けた。


 それから、次の日。
 ガラガラと音を立てて教室のドアを開けると、クラス中の視線が俺に向く。何気なく俺の方を見た人たちの目が見開かれて、驚いているのが伝わってくる。みんなの視線は、俺の髪の毛だ。

 「え、沢城……!?」
 「髪、どうしたの!?」
 「似合う〜!」

 クラスメイトたちが目を丸くして、駆け寄ってくる。俺の髪が、佐倉と同じ金色になっていたからだ。そう、昨日美容院で、髪を切るついでに金髪にしてもらったのだ。生徒会長で優等生で、制服も着崩していない俺が金髪になったら、クラスのみんなが驚くのも当然だ。

 「な、何で金髪に……?」
 「最近ちょっと、思うところがあって……」

 みんなは不思議そうな顔をしている。
 今までずっと、真面目で優等生な自分でいなければいけなかった。うちの学校の校則に髪を染めてはいけないとは書かれていないけれど、特に染めてみたいとも思わなかった。

 でも少しだけ、反抗してみたかった。勉強ができないとだめ、生徒会長じゃないとだめ、そんな自分の思い込みに。かけられた呪いに。人は見た目じゃわからない。どんなに優等生に見えたって、本当は失敗作で、心の奥に大きな憂鬱を抱えているのかもしれない。どんなに見た目が問題児だって、本当は優しくて眩しい、素敵な人かもしれない。

 どっちが正解なんてない。母が一度見ただけで馬鹿にした佐倉は、俺よりもずっと大人だ。
 そんな自分から抜け出したくて、かけられた呪いから解き放たれたくて、些細なことだけれど、小さな反抗をしてみたのだ。

 と、俺の背後でもう一度ドアが開いた。

 みんながデジャブみたいに、驚いた顔で俺の後ろを見ている。さっきと同じような反応。なんだ……?不思議に思って振り返ると、そこには黒髪になった佐倉がいた。

 「え!?」
 「え、!?」

 お互いに驚いて、顔を見合わせる。少し長い髪を黒く染めて、ハーフアップにして結んでいる。耳から覗くピアスは、髪の色に合わせてか、ゴールドだったものがシルバーに変わっている。ブレザーの下には赤いパーカー。すごい。黒髪にしたのに全然真面目そうに見えない。こんなに佐倉のイメージを保ったまま髪色を変えられるのは、ある意味すごいと思う。

 佐倉は感心している俺をまじまじと見て、それからくくっと笑う。

 「何でお前が金髪になってんだよ」
 「こっちの台詞だろ」

 なんでお前が黒髪になってんだよ。全く同じ言葉を返す。佐倉の金色の髪が好きだと思っていたけれど、黒髪も予想外に似合っている。格好いいと思ってしまうのは、魔法がかかっているからだろうか。

 「……まあ、同じこと考えてたってことだろ」
 「そうみたいだな」

 目を見合わせて、笑う。気が合うんだか、すれ違っているんだか。クラスメイトたちはそんな俺たちを、不思議そうな顔で見ていた。

 「なあ、今日ってバイトある?」
 「あるよ」
 「公園、行きたい。久しぶりに」
 「え……いいけど、大丈夫なのか?」

 佐倉が心配しているのは、俺の親のことだろう。最後に佐倉と公演に行った日の夜、怒って俺を連れ戻しにきた母親の剣幕を思い出す。でももう、母親に言われるがままに生きるのはやめようって決めた。

 「大丈夫。バイト終わり、公園で待ってるから」
 「おう、わかった」

 佐倉と約束を取り付けて、授業が始まるからと自分の席につく。佐倉も自分の席に戻っていった。佐倉の隣の席は、戸波さんだ。

 「佐倉、黒髪も似合うんだね」
 「そうか?自分では鏡見るたびに違和感あるけど」
 「私は黒の方が好きかも〜」
 「へえ」
 「へえって、興味ないなぁ……」

 もう、と怒ったふりをする戸波さん。直接、こっちの方が好きって言える戸波さんを羨ましく思う。俺は恥ずかしいからって結局、何も言わなかった。クラスメイトの前だったからっていうのもあるけれど、2人きりだったとしても、素直にそんなこと言えただろうか。やっぱり佐倉も、可愛い女の子に褒められたら嬉しいんだろうか。そんなことを考えて、心の奥がモヤモヤしてくる。