「会長、最近あの人と一緒にいないですね」
 「あの人?」
 「佐倉さんでしたっけ、金髪の」
 「ああ……」

 ある日の放課後。生徒会室で軽く打ち合わせをした後、そのまま一緒に帰ることになった高坂と、階段を降りている時。高坂の言葉に、否が応でも佐倉の金髪と、少し長い襟足が頭に浮かぶ。あれから2週間ほど経つけれど、佐倉とは一切言葉を交わしていない。目も合わない。

 あんなに毎日話していたのに、こんなにも話すタイミングがないのかと驚くけれど、考えてみれば佐倉のバイト先に行ってしまったあの日までは、話さない日の方が多かった。話すとしてもただの事務連絡で、ただその時に戻っただけといえばそうなのだけれど。

 「何かあったんですか?」
 「……まあ、そんなところ」

 曖昧な俺の回答に、高坂の眉が微かに動いた。

 「そもそも、どうして仲良かったんですか?全然タイプ違いますよね」

 ……どうして仲良くなったんだっけ。あの日、コンビニで佐倉の校則違反を見たあの日から色々なことがあったから、すごく長い時間が経ったような気がする。けれど実際はほんの1か月くらいだ。体調が悪いことに気付いて保健室に連れ出してくれたり、文化祭の準備を手伝ってくれたり。夜の公園でお菓子を食べながら話したのも、バスケをしたのも、なんだか昔のことのような気がしてしまう。

 「どうしてだろうね」

 どうして、どうしようもなく佐倉のことばかり考えてしまうんだろうね。どうして、つい目で追ってしまうんだろうね。そんなの、俺が1番知りたいよ。

 「でも、今は一緒にいないってことですよね」
 「そうだけど、」
 「じゃあ、僕にもチャンスありますか」
 「え……」

 高坂の言葉の意味が理解できずに、階段を降りていた足を止める。高坂は俺よりも3歩先に進んで、それから立ち止まって振り返った。

 「会長と仲良くなるチャンス、ありますか」
 「何、言って」
 「……やっと、僕の言葉で動揺してる会長が見れて嬉しいです」

 高坂が満足げに笑う。それって、どういう意味だ……。頭の中でぐるぐると考えていると、背後から「どいて」と冷たい声がした。

 驚いて振り返って、そこにいた人物を見てまた目を見張る。

 「佐倉……」

 佐倉は見たことがないくらい不機嫌な表情をしていた。

 「こんなところでそんな話してんなよ」

 そう言って、俺と高坂の間を通って階段を降りていく佐倉。今の話が聞こえていたんだろうか。すれ違う瞬間、一瞬だけ目が合った。何か言いたげな顔をした佐倉は、結局何も言わずに俺の横を通り過ぎていった。

 別に、どうでもいいよな。お前には関係ないもんな。なんて卑屈なことを考えてしまう自分が気持ち悪い。

 「会長、聞いてます?」

 いつまでも去っていった佐倉の背中ばかり見つめている俺の視界に、高坂が割って入った。

 「……でも、俺男だよ」

 高坂が言っているのが、そういう意味なのだとしたら。そう言うと、高坂はきょとんとした顔をする。

 「あれ、佐倉さんとはそういうのじゃなかったんですか?」
 「……どう、なんだろうね」
 「さっきから曖昧な返事ばっかりですね。あーあ、佐倉さんじゃなく僕のことで悩んでくれたらいいのに」

 俺だって、何もわからない。自分の気持ちに気づかないふりばかりしていたから。この気持ちを認めてもいいものなのかどうか、初めての感情すぎてわからない。しかも、その相手が佐倉だなんて尚更だ。

 「あ、佐倉!偶然だね、一緒に帰ろうよ」

 階段を降りて下駄箱に向かっていると、今度はそんな声がして視線を向ける。と、下駄箱で靴を履き替えていた佐倉が、偶然帰り時間が一緒だったらしい戸波さんに話しかけられているところだった。

 「ああ、いいけど」
 「やったー。佐倉って家どっち方面なんだっけ」

 楽しそうに喋りながら、玄関を出ていく2人。身長差のあるその背中はすごくお似合いで、胸が急に苦しくなる。やっぱり佐倉だって、可愛い女の子が好きだよな。俺みたいな男に好意を向けられたって、気持ち悪いだけだよな。

 だって2人はあんなにお似合いで、戸波さんは明るくて、性格も良くて、きっと家族とも仲がいいだろう。何も知らないくせに、2人が並んでいる姿を見ると、ふつふつと自分の中でコンプレックスが湧き上がってくる。ああ、こんな気持ちになるんだな。

 そうか、俺は、佐倉のことがこんなに好きだったんだな。

 もう気軽に声もかけられない関係になってからそのことに気付くなんて、あまりにも遅すぎる。いや、気付いてはいた。認めたくなくて、気付かなふりをしていた。だけどもう、気付かないふりすらできないか。

 「……会長、そんな顔しないでください」

 高坂が俺の顔を見て、困ったように眉を下げた。

 「ごめん、俺──」
 「わかってます。今、痛いほどわかりました」

 高坂が切ない表情で微笑む。その気持ちも痛いほど伝わってきて、心が痛む。少し先を歩く佐倉と戸波さんの、笑い声が聞こえる。こっち見てくれ、行かないでくれ、って、言えない俺のことを置き去りにして。