「先生、そろそろ席替えしたーい」

 朝のホームルームが始まり先生が来た頃、クラスメイトの男子の声が聞こえる。

 「ああ、確かに全然してなかったな。サクッと席替えするか!」

 先生も乗り気な様子を見て、目の前の佐倉の背中を見る。そうか、席替えか。ずっと俺の前にいるのが当たり前だと思っていたこの背中も、可愛い襟足も、突然見れなくなるのか。先生はテキパキとくじを作って、くじを入れた袋を前から回していく。前の席の佐倉がくじを引いて、こっちを見ないまま、袋だけを後ろに回す。振り向かない背中にぎゅ、と胸が締め付けられた。

 受け取った袋からくじを引いて、それをまた後ろに回す。開いたくじには「9」の文字。黒板に書いてある座席表に目を向けると、9番は今とは反対の廊下側の席だった。佐倉は、どこだったんだろうか。何番を引いたのだろうか。

 「全員引いたか?じゃあ番号の書いてある席に移動してー」

 先生の言葉に、みんなが一斉に立ち上がる。荷物を持って席を移動する。俺は廊下側の席に向かって歩き、佐倉は今の席から2つ後ろにずれただけの、窓側の1番後ろの席に座った。窓際の1番後ろだなんて、誰もが狙っている特等席で羨ましい。

 「え、また佐倉の隣〜!?」

 高い声が聞こえて、思わず振り返る。と、佐倉の隣の席には戸波さんが立っていた。

 「また戸波かよ」
 「嬉しいくせに〜」
 「はぁ?うるせーよ」

 憎まれ口を叩きながらも楽しそうな2人の会話に、思わず下を向く。あの2人は今までも隣の席だったのに、また隣の席なのか。すごい偶然もあるのだなと思っていると、俺の隣の席に座った女子が友達と小声で喋っている声が聞こえてきた。

 「戸波ちゃんとくじ代わってあげたの?」
 「そう。私が引いたくじが佐倉くんの隣だったんだけど、戸波ちゃん佐倉くんのこと好きって言ってたなーと思って」
 「キューピッドじゃん。超嬉しそうだよ、戸波ちゃん」
 「ね、私も沢城くんの隣なの嬉しいしウィンウィンだった」
 「ちょっと、実はそっちが目的でしょ〜」
 「あはは、ばれた?」

 なるほど、俺の隣の彼女が、戸波さんとくじを代わったからか。周りに好きな人が知られていると、そういう協力がもらえることもあるのか。

 ……周りに、堂々と佐倉が好きだと言える戸波さんは、羨ましい。自分の心の中にあるこの気持ちが何なのか、俺は気付いちゃいけない。認めたらいけない。まして他の人に知られたら、もし本人に知られたら。そんなこと考えるだけで震えるほど恐ろしかった。

 だって俺たちは男同士だ。性格も全然違う。きっと俺のこの気持ちを知ったら、気持ち悪いって思うだろう。そんなこと分かりきっているのだから、友達でいなきゃいけない。けれどずっと友達でいたら、この気持ちを抑えられなくなるかもしれない。そう思うと、今の状況は正解だったのかもしれない。

 もう、公園で会うこともない。席と離れたから、教室でも話すことはない。それならきっと、すぐに忘れる。彼のいる日常がどれだけ楽しかったかも、どれだけ眩しかったのかも、きっと、すぐに忘れられる。大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて、佐倉の対角線上の自分の席に座った。