「それでは後夜祭始まるぞ〜!」

 あっという間に文化祭は終わり、一般入場のお客さんたちは帰って行った。夜の18時からは後夜祭で、生徒たちが校庭に集まってステージを見つめている。空はまだ少し明るいけれど、だんだん薄暗くなっていく。風も昼間より涼しい。

 俺はステージから少し離れたベンチに座って、ステージの様子を眺めていた。準備期間から忙しくてかなり疲れてしまったけれど、ようやく文化祭が終わる。無事に終わったことにほっとしながらも、みんなの楽しそうな様子をぼーっと見ていると。

 「お疲れ」

 空いていたベンチの隣に座ってきたのは、佐倉だった。午前中はずっと一緒にいたくせに、なんだか久しぶりみたいな気がしてしまう。

 「戸波さんは?」
 「あっちでクラスの奴といるよ」

 佐倉が指差す先を視線で追うと、ステージに集まる生徒たちの中で、戸波さんの姿を見つけた。彼女は少し寂しそうな表情で、こちら……というより、佐倉を見つめていた。

 「いいの?寂しそうな顔してるけど」
 「お前も寂しそうな顔してたけど?」

 ニヤリと笑ってそう言われて、顔が熱くなる。そんな顔、してたか?

 「忙しかっただろ、この1ヶ月。お疲れ様」
 「……ありがとう。色々手伝ってくれて、助かった」
 「別に何もしてないけど」

 2人で話しながら、ステージを眺める。ステージの上では軽音部の先輩たちが、爽やかな青春ソングを歌っていた。それを見ている生徒たちも、手を挙げたり体を揺らしたりして一緒に歌っている。その景色はなんだかとても綺麗で、眩しくて、きっとずっと忘れないだろうな、と思った。

 「……なあ、沢城」

 突然真面目なトーンで、佐倉が俺を呼ぶ。

 「なに、」

 佐倉は少し黙ってから、俺の方を向いて頭を下げた。

 「ごめん。今日、ずっと謝りたくて」
 「え……、何が」

 佐倉は顔を上げて、俺の目を見る。眉を下げて、今にも泣きそうな顔をしていた。

 「お前が第1志望に行けなかったの、雪のこと助けたからなんだろ。助けなかったら今頃、沢城は──……」

 その言葉の先は、言わなくてもわかった。あの日雪くんを助けなかったら、第1志望の高校に行って、母親からも兄からも軽蔑されずに、東京の1番偏差値の高い大学に向けて勉強していたのかもしれない。今みたいに苦しい思いをすることも、自分を嫌いになることもなかったのかもしれない。そうかもしれない。けれど。


 「もう1回あの日に戻れたとしても、俺の前で雪くんが倒れなかったとしても、やっぱり受験会場に行かなくて、良かったと思う」

 「……え、」

 ずっと責められてきたこと。ずっと後悔してきたこと。正解だったのか不正解だったのか、ずっと考えてきたこと。秋の始まりの風に乗って、流行りのバンドの曲が聴こえてくるこの校庭の隅で、佐倉の隣で、ようやく答えがわかった気がする。


 「だってこの学校に来なかったら、佐倉に会えなかっただろ」


 そう言って笑えば、佐倉は驚いた顔で目を見張っている。

 「1人で大変なことを抱え込むんじゃなくて、みんなでやれば早く終わることとか、意外とみんな優しく助けてくれるってこととか。みんなで楽しむこの景色とか、佐倉に出会わなかったら知らないままだったと思う。
 親に言われたから勉強して、兄がやってたから生徒会に入って、ただ義務みたいに毎日を生きるだけで、学校に来るのが楽しいなんて感情、知らないまま生きてたと思う。だから、ありがとうな。あの日の自分の選択が間違いじゃなかったって、佐倉が思わせてくれたんだよ」

 佐倉は、眉を下げて、くしゃっと笑った。少しだけ、泣きそうな顔をしているようにも見えた。

 「あの日、雪のこと助けてくれてありがとうな」
 「ああ」

 それからは何も喋らずに、ただ2人で校庭の真ん中を見つめていた。空はだんだん暗くなって、最後には花火が上がる。打ち上げられる花火を見ながら、なんだか泣きそうになった。赤や黄色、緑、色とりどりの光が、真っ暗な空に弾けて、揺れて、消える。

 ベンチに置いた俺の左手の小指が、佐倉の右手の小指にとん、と触れた。触れた場所からドクン、と熱が広がって、心臓まで届く。俺は手を動かさなかったし、佐倉も動かさなかった。小指だけが触れた状態で、ただ真っ直ぐに、夜空に打ち上がる花火を眺める。

 真っ暗闇にぱあっと広がって、煌めいて散っていく光たちを見ながら、この一瞬を、きっと一生忘れないだろうと、そう思った。