「あ、会長。お疲れ様です」
さっきパンフレットを配っていたあたりに戻ると、高坂が声をかけてくる。
「ごめん、急に抜けて。大丈夫だったか?」
「全然大丈夫です!これから見回り行こうと思ってて」
高坂はバインダーを持って見せる。バインダーに挟んである紙には、屋台の衛生管理やゴミ捨て場のチェックなど、いくつかの確認項目が書いてある。これも生徒会で、ちゃんと実施できているかをクラスを見回って確認することになっている。
もう午後だから、今からパンフレットをもらいにくる人も少ないだろう。手伝うなら見回りを手伝ったほうがよさそうだ。
「じゃあ一緒に行くよ」
高坂と一緒に、校内を見回る。いつもよりしっかり髪を巻いた女子生徒、寄せ書きをしたクラスTシャツ、飾り付けられた廊下や教室。いつも過ごしているはずの校舎が、全く別のところみたいに見える。浮き足だったみんなの楽しそうな姿に、少し楽しい気持ちになる。
「……会長って、やっぱりモテますよね」
教室を見回っていると、突然の高坂の言葉に眉を顰める。
「何だ、突然」
「歩いてると女子たちの視線が全部会長に向いているというか……。やっぱり格好いいんだなと思って」
「そんなことないだろ」
……あ、佐倉。自分のクラスの屋台が近づいてきて、会計をしている佐倉の姿が目に入る。隣には戸波さんが、嬉しそうに佐倉に話しかけているのが見えた。
「この視線に気づかないなんて、流石に鈍すぎますよ。……まあ、そういうのに興味なさそうなところも格好いいと、思いますけど」
楽しそうだな。やっぱりこうやって側から見ても、2人はお似合いだ。佐倉は、ああいう戸波さんみたいな女子が好きなんだろうか。嫌いな人なんていないか。
「……会長、聞いてます?」
「あ……ごめん、なんだっけ」
「……なんでもないですよ」
「ごめん、ぼーっとしてて」
「ぼーっと、っていうか」
高坂が、少し不満げに、俺たちのクラスの屋台を見る。佐倉さんを見てただけでしょ、と小声で呟いた高坂の声は、俺の耳には届かなかった。
「あ、沢城くん!生徒会のお仕事お疲れさま」
と、俺たちの姿に気づいた戸波さんが、笑顔で手を振ってくれる。
「お疲れ様」
「あ、そうだ。これから戸波と屋台で何か食べに行くけど、沢城も行かね?」
と、会計をしていた佐倉が言った。ちらりと机に置いてあったシフト表を見ると、佐倉と戸波さんのシフトは被っていて、これから同じ時間に休みになるようだった。
「あー……いや、まだ見回りがあるから」
「ああ、そっか。わかった」
佐倉と戸波さんは、一緒にエプロンを外して、スマホや財布を持って屋台を出る支度をしている。
「沢城くん、見回り頑張ってね。じゃあ2人で行こうか、佐倉」
「……ああ」
佐倉と戸波さんは2人で仲良く並んで屋台を出て行って、近くの店で焼きそばを買おうとしている。その後ろ姿を、ぼーっと見つめる。
「いいんですか?一緒に行かなくて。見回りももう直ぐ終わりなのに」
高坂の声に、はっと我に返る。
「いや、邪魔できないだろ。あの中に入るなんて、さすがに」
「ふーん。取られちゃうかもしれないのに?」
「取られちゃう、って」
「佐倉さんですよ。どう見たってあの女の人、佐倉さんのこと好きですよね」
こんな一瞬見ただけの後輩にもわかってしまうほど好意を見せられるなんて、少し羨ましくも感じてしまう。2人の近い距離に、聞こえてくる笑い声に、胸の奥に黒い塊みたいなものが生まれて、少しずつ大きくなって、肺を圧迫してくる。
「じゃあ、会長は僕と体育館にライブでも見に行きませんか?ちょうど今、書記の三浦さんのバンドが演奏している頃です」
「三浦さんってバンドやってるの?」
「知らなかったですか?軽音部でキーボード弾いてるんですよ」
書記の三浦さんは大人しそうな静かなイメージの女子生徒だったから、バンドをやっていると聞いて意外だった。それは少し気になるなと思い、高坂と体育館に向かう。
三浦さんが弾いている曲は、流行りの男性ボーカルバンドだった。君は僕の太陽みたいだ、なんてベタな歌詞の曲を聴きながら、佐倉の顔を思い浮かべる。こんな恥ずかしいこと誰にも言わないけれど、俺にとっての太陽は、間違いなく佐倉だと思った。

