「沢城会長、後夜祭のプログラムが一部変更になったみたいで……」
 「そうか。後で実行委員と司会者と打ち合わせしないとだな」
 「あとここのメンバーも一部変更……ってこれ、当日までにちゃんと終わりますかね」
 「終わらせるしかないだろ。去年も何とかなったんだから大丈夫だ」
 「はい……」

 もうすぐうちの高校では文化祭がある。文化祭の時期は、生徒会も1年で1番忙しい時期だ。文化祭実行委員やクラスの文化祭係などとも連携しながら、文化祭の全てを取りまとめなくてはいけない。

 昼休みに俺の席に来て、やらなければいけないことの多さに絶望しているのは、副会長で1年生の高坂慎。参考までにと印刷しておいた去年の文化祭準備のスケジュール表を見ながら白目を剥いている。

 「あっ!パンフレットの製本もまだ終わってませんでした……」
 「それは今日中にやらないとまずいな……何時までかかるかな」

 高坂の持っている紙袋に入っている、大量の紙を横目で見る。全生徒分のパンフレットを印刷したものを、ページを揃えてホチキスで留めないといけない。運営の仕事も忙しいのに、こんな作業をしている時間はないけれど、他にやる人もいない。実行委員のメンバーも呼び出して手伝ってもらうしかないか……などと考えを巡らせている、と。

 「何、これまとめて冊子にしないといけないの?」

 前の席でスマホをいじっていた佐倉が突然振り返って、高坂の持っている袋の中を覗き込む。後ろの席の俺たちの会話が聞こえていたらしい。高坂は、突然金髪ピアスのヤンキーが話しかけてきたことに驚いて、目を丸くしている。

 「そんなの、みんなでやった方が早くね?」
 「え……」
 佐倉はそう言うと、高坂から紙袋を奪い、教室の前に歩いていく。

 「みんな、文化祭のパンフレットの製本手伝って!」
 
 そう言って紙袋に入ったパンフレットの紙を、教卓の上に並べていく。すると、クラスメイトたちがざわざわと教卓の前に集まってきた。

 「え、これをホチキスで留めればいいの?」
 「全然手伝うよ〜」
 「ていうか何で佐倉がやってんの?」

 みんなが次々と紙を取って、ページを揃えて、ホチキスで留め始める。人数が多いおかげで、すごいスピードで終わっていく。この調子だと、昼休み中に全部終わってしまうかもしれない。

 「俺じゃなくて、沢城。こんなのも生徒会でやらないといけないなんて大変だよな」
 「え、こういうの生徒会でやってるの!?言ってくれれば全然手伝うのに〜」

 みんなの優しい声に、驚いて言葉が出ない。そうか、みんなに助けを求めるっていう方法もあったのか。自分では思いつかなかった発想に、感心する。

 「な、みんなでやればすぐ終わるだろ」

 満足げな顔で俺を見る佐倉に、こいつには敵わないな、と思う。

 「みんな、本当にありがとう。助かった」
 「こちらこそだよ、沢城くん。生徒会での準備ありがとう!」

 斜め前の席で、ホチキスを留めながら戸波さんが笑う。「ありがとう」という言葉に、少し戸惑う。

 生徒会長をやっていたのは兄の真似をしたからで、親の機嫌を取るためで、誰かに感謝されるなんて、考えたことがなかった。誰かが助けてくれるなんて、期待もしていなかった。目の前で仕事を手伝ってくれて、ありがとうと言ってくれるクラスメイトがいる。

 佐倉がいなかったら、俺はこんなことすら経験せずに3年間を過ごして、近寄り難いと思われたまま高校を卒業していたのだろうと思う。何でも1人で抱えて、誰かを巻き込むよりも自分だけで完結することが偉いと信じて。


 佐倉は、俺にないものをたくさん持っている。あまりにもそれが眩しくて、前の席に座る彼を、直視することができなかった。佐倉はいったい、どれだけのことを俺に教えてくれたのだろうか。

 友達なんていらないと思っていた。第1志望に受からなかったから入学した滑り止めの高校で、人と関わる必要なんてないと思っていた。生徒会長になるということはただの義務で、生徒会長になって何がしたいとか、考えたことがなかった。

 人に助けを求めてもいいということを、みんなで何かをするということを、知ることができたのは紛れもなく佐倉のおかげだ。

 「……ありがとう、佐倉」

 目の前の金髪の背中にそう言えば、彼は振り返って、「おう!」と笑った。その笑顔は太陽みたいに眩しくて、少しだけ、目が痛かった。太陽を直視するとこんなふうに目が痛くなるな、なんてぼんやりと思った。