「授業にはしっかり参加しろよ」
 一通りの指導を終え締めの言葉のように投げかける。河上透は目線を下に向けたまま返事をする。
 明らかに早く終わってくれという空気が彼から滲み出ている。普段ならこの態度を突いてさらに説教を続けるのだが朝の件といい河上相手だとどうもそんな気分にならない。どうしようかと考えていた時に良いタイミングで予鈴が鳴り、河上を教室へと返した。
 職員室に残った俺は、椅子に深く座り直し天を仰ぐ。
 朝の様子から体育をサボりがちな河上ことが気掛かりになり空き時間に校内を周っていた。小テストの採点が終わっていない事を思い出し教員室に戻ろうかと考えていた矢先に、廊下の先で言い争いが聞こえた。嫌な予感がして声のする先へ走って向かうと、山本が河上を殴る寸前だった。俺はすかさず止めに入り、2人を職員室に連れて行った。
 言い争いの理由は、聞かなくても分かっていた。山本が河上への不満を漏らしていた事は知っていたので、何か起きるかもしれないという予想はしていた。教師としてするべき指導はしたが河上に何処まで届いているのかは分からない。昔の俺がそうであったように今のあいつに他人の意見を受け入れられる余裕は無いだろうから。