その日は里山が行きたがっていたカフェに大学終わって立ち寄った。新規オープンのカフェにはたくさんお客さんが入っている。
「パンケーキフワフワだ」
目の前のパンケーキに興奮しながら里山は口に入れると嬉しそうに笑う。
「そう言えば、前言ってたお前が好きそうなイベント、明日の夜なら行けるけど」
よく会うようになってから、僕は里山をお前と呼ぶようになった。里山は相変わらず海老沢くんのままだ。
「明日の夜かあ。ごめん用事入ってる」
「何の?バイトじゃないよな?」
「合コンだよ。人数合わせで」
里山からはっきりと合コンに行くと聞いて、体がゾワッとした。岡田に聞いたのは先週だ。誘われてるとはいえ、参加しすぎじゃないか?
「…そっか」
「でも海老沢くんが寂しいなら断るけど」
「はあ?」
「冗談だよ。ちょっと断れそうにないから明日は参加する」
ふふっと笑って、パンケーキに蜂蜜をかける里山。僕をからかっているんだろう。それにしても、参加するんだ…
僕はパンケーキを切って、口の中に入れた。甘くて美味しいはずのそれは、何故か何の味もしなかった。

次の日の夜、僕は眠れなかった。いまごろ里山は女の子に言い寄られて、一緒に過ごしてるかもしれない。パンケーキみたいなフワフワして可愛い女の子のほうが、僕なんかよりいいと思い直してるかも知れない。
思い直してくれたほうがいいじゃないか。恋愛対象に見れないって、自分が言ったのに。
どうしてこんなにソワソワするのだろう。そして不安になるのだろう。
ただの独占欲なのか、恋愛感情なのか、もうよく分からない。
ただ一つ言えるのは、やっぱり合コンなんか行かないでほしい。こんなモヤモヤする夜なんかいらない。
僕は起き上がり、スマホを手にして里山に電話をかけた。

三回コールしてから、繋がった。もしもしという言葉の向こうに大笑いする声や、店員さんの声がする。どうやらまだ店のようだ。
『どうしたの、海老沢くん』
少し小声で里山が不思議そうに聞いてくる。
『おっ、里山あー!なに電話にでてんだよぉ!』
友達だろうか。絡んでくる奴の声が耳元でうるさく聞こえた。
『ああ!もう、ちょっと外出るから!』
ガサガサっと音がして、周りの騒音が段々と静かになってきた。
『ごめんね、あいつら絡み酒なんだよ。で、どうしたの?電話なんて珍しいね』
合コンの最中でも電話に出てくれる里山。
電話先で女の子の声が聞こえなくてよかった。いや、もしかしたら近くにいたかもしれないけど。そう思ってると鼻がツンとしてきた。