「たっくん、はやくー!」
 いつも元気いっぱいの姪、 結海(ゆうみ)ちゃんがこっちを向いて手を振っている。隣では彼女の母親、つまり僕の姉が手招きしていた。

 市内で毎年行われている夏祭りに一緒に行こうと姉から誘われたのは、先週。
『どうせアンタ土日は暇なんでしょう? 結海だってアンタと遊びたがってるし』
 休日は家でゴロゴロするか、バイトするかの二つしかない僕に容赦なく姉が言った。大学二年生の夏だというのに彼女もいなくて、青春とはほど遠い僕を姉はいつも憂いていた。
『何でこんなに可愛いのに彼女出来ないのかしらね』
 ディスってるのか、可愛がってくれるのか分からない姉。まあ心配してくれているのだろう。

 結海ちゃんはおじである僕にかなり懐いていて、夏祭り中ずっと手を繋いでいた。そんな彼女が僕の手を振り解き、嬉しそうに走って行った先には『納涼! こわーいお化け屋敷』の看板が。
「はーやーく!」
 結海ちゃんが僕を呼んで頬を膨らます。だけど僕は足がすくんでしまうんだ。

 この世で一番大っ嫌いなもの。それがお化け屋敷。
 でも結海ちゃんの笑顔と、隣に立つ姉の早く来いオーラに負けて、僕は顔をひきつらせ、お化け屋敷に向かった。

「きゃあああ!」
「ウワァ!」
 前方から聞こえる悲鳴。おいおい、勘弁してくれよ。女の子だけじゃなく、時々混ざる男の野太い悲鳴。どれだけ怖いんだろうか……
 チケットを買い恐る恐る、足元しか明かりのない屋敷に踏み入れた。お金払って何でこんな怖い思いをしないといけないのか……と思った瞬間。首に何か冷たいものが触れた。
「ギャッ!」
 僕の声に姉と結海ちゃんが驚いて、こっちを見た。冷たいもの、それは天井からぶら下がっていたこんにゃくだった。
「もぉ、脅かさないでよ! たっくん!」
 結海ちゃんがぷりぷりと怒る。仕方ないだろと思いながらも言い返せなくて、またゆっくり前方に進む。
 それからも僕は何度も声を上げてしまった。突然前面から空気が発射されたり、白い布が自分めがけて飛んできたり。半泣きになってる僕に二人は呆れた顔をする。
「たっくんだけ楽しんでて、つまんなあい。あんまり怖くないよ」
「こら、大きな声で言っちゃだめよ。……お化けより、アンタの声に驚かされるわ」
 姉がため息をつきながらそう言う。
「ごめんて。でも僕がお化け屋敷苦手なの、知ってるだろ」