僕は作業台の下から、工房のロゴが入った紺色のエプロンを取り出した。
「よかったら、これ使って。ガラスの粉、服につくと落ちにくいから」
美紗ちゃんは「ありがとう」と小さく微笑んで、両手でエプロンの紐を結んだ。
ワンピースの上からエプロンを重ねると、どこか子どもっぽさが残る。
でも首元のスカーフだけが大人びていて、不思議なバランスだった。
「その首の……スカーフ? 素敵だね」
ふと気になって尋ねると、美紗ちゃんは指先でそっと布をなぞった。
「これ? エルメスのツイリーなの」
彼女は少し照れくさそうに笑った。
「お母さんのお下がりで、一本だけ持ってるんだ。……お守りみたいなものかな」
淡いブルーとオレンジの細いシルクが、
美紗ちゃんの首元でやわらかく揺れていた。
「エルメスか……すごいな。大事なものなら尚更、汚れちゃったらあれだから外したほうが」
僕が言うと、
「ううん。これはつけとく。なんだか大人ぶってるみたいで恥ずかしいけど、これを巻いてると、ちょっとだけ強くなれる気がするの」
別に強くならなくても、と思ったけれど。
美紗ちゃんはそう言って、エプロンのポケットに手を入れ、「似合う?」とくるくる回ってみせた。
僕はじいちゃんに吹きガラス体験をすることを伝えると、じいちゃんが溶けたガラスを筒の先に巻き取り、僕と美紗に順番に手渡してくれる。
「緊張する……」美紗ちゃんが小さく呟く。
「大丈夫、僕も初めてだよ」と励ますと、美紗ちゃんは「じゃあ、失敗してもおあいこだ」と笑った。
作業台の前に立つ。じいちゃんが準備を始めると、彼女はまっすぐその手元を見つめていた。
溶解炉の前は、まるで小さな太陽のような熱気に包まれていた。
じいちゃんが炉の中から真っ赤に溶けたガラスを巻き取ると、美紗ちゃんは息をのむ。
飴色に溶けたガラスを僕の前に差し出す。その様子に彼女は目を奪われていた。
「……すごい」
思わず漏れたその声は、憧れと敬意が入り混じっていた。
炎の中で真っ赤に光るガラス。それはまるで、宝石みたいだった。
「はい、ここからは君の番だよ」
緊張で手が汗ばむのを感じながら、彼女は吹き竿を両手でしっかりと握った。
じいちゃんがガラスを回しながら、火の中で形を整えるたび、美紗ちゃんはその手つきのひとつひとつを真剣な眼差しで追いかけていた。
ガラスの表面に現れる微かな波や、竿を回すリズム――美紗ちゃんはまるで、何か大切な秘密を見逃すまいとするように、じいちゃんの動きを一瞬も見逃さなかった。
まず、竿をゆっくりと回しながら、炉の中でガラスの塊を均一に温める。
ガラスが柔らかくなったところで、合図に合わせて、ストローで風船を膨らませるように息を吹き込む。
彼女は筒の先をそっと唇に当て、目をぎゅっと瞑る。
「ふーっ……!」
一生懸命に息を吹き込んでも、なかなか膨らまない。
でも、その横顔はまるで願いごとをこめてシャボン玉を膨らませる子どものように可愛らしかった。
「いい調子だよ」
何度かやり直しながら、ガラスの玉がぷくりと膨らみ始める。
僕が「上手だよ」と声をかけると、美紗ちゃんはぱっと目を開いて「やった!」と小さくガッツポーズをした。
真っ赤に膨らんだガラスを見て、彼女はぽつりと言った。
「心臓みたい」
僕は思わず笑った。
「変なこと言うね。美紗ちゃんの?」
「ううん。私の心臓の音は、もっと大きい」
思わず、どきっとした。
それって。それってさ、どういう意味だよ。
じいちゃんは、うまく膨らんだガラスを見て「いいね」と言い、棒を引き上げた。
「じゃあ、このあとは形を整えるよ」じいちゃんはそのあとすぐ僕に向かって「できるか?」と聞いた。僕は少し緊張しながらも、頷いた。
まだ熱をもった膨らんだガラスを、今度は濡らした新聞紙の上にそっと転がす。
新聞紙からは水蒸気が立ち上り、ガラスの表面を優しく冷ます。
竿を手のひらで転がしながら、ガラスの形を少しずつ整えていく。
「模様つける?」
じいちゃんが色ガラスの粉を用意してくれた。
美紗ちゃんは迷わず青と緑のガラス粉を選んだ。
その上に、転がしていく。竿を回すたび、色粉が溶けてガラスの中でマーブル模様を描き始めた。
もう一度炉に入れて温め、再び新聞紙の上で形を整える。
ガラスは柔らかく、少し力を入れすぎるとすぐに歪んでしまう。
慎重に、竿を回し続ける。
夕暮れの工房で、二人の影がガラス窓に重なっていた。
歪んだ影の中では、どちらが生徒でどちらが先生か
もうわからなくなっていた。
「このあとは飲み口を広げるんだ。これが結構難しいよ」
美紗ちゃんは、真剣な顔をして頷いた。
飲み口になる部分を、専用の器具で少しずつ開げていく。口の部分がゆっくりと開き、グラスらしいフォルムが現れてきた。
「できた!」
じいちゃんが「いい形だ」と褒めると、美紗ちゃんに頬が緩んだ。
その後、僕たちは休憩スペースに座って少し話をした。
「ミュシャって、アール・ヌーヴォーの画家ってイメージが強いけど、実はすごく多才で。最初は演劇のポスターとか広告の仕事が多かったの。サラ・ベルナールの『ジスモンダ』のポスターで一気に有名になって」
「広告……たしかに、あの独特なフォントとか、古い感じしないね。それどころか、今見ても新しい感じがするというか」
美紗ちゃんのミュシャトークは止まらない。
高校の美術の教科書で見たような言葉が、
次々と彼女の口からこぼれる。
本当に好きなんだなぁと思った。
僕がうなずくと、美紗ちゃんはさらに熱を込めて続けた。
「そうなの! あの時代、アートってお金持ちのものだったけど、ミュシャは広告や雑誌の挿絵、パッケージデザインも手がけて、誰でもアートに触れられるようにしたの。それがまたすごく好きで……。私も、よく行くとこでミュシャの絵を見つけて、初めて“アートって身近にあるんだ”って思ったから」
彼女の声は、どこか誇らしげだった。
「ミュシャはチェコの人だっけ? 行きたいって言ったら、お母さん喜ぶんじゃない?」
「お母さんには言えない」
即答だった。
僕は反省した。
海外旅行に気軽に行きたいと言える家かどうかなんて、わからない。
失礼なことを言ってしまったと思った。
それか、お母さんは厳しい人なのだろうか。
僕が「そっか、ごめん」と小さく言ったが、聞こえたかどうかはわからない。
美紗ちゃんはふいに展示品のグラスに触れた。彼女は手のひらを見つめて「私、体温が高いの」とはにかんだ。
「お渡しは明日の朝以降になりますので。取りに来てもいいし、郵送もできますが」とじいちゃんが説明した。
「明日、取りに来ます」と緊張した様子で美紗ちゃんは答えた。
そして僕に向かって「チェックアウトは明後日だから、明日はまた別の何かを作りたいな。予約とか、いっぱいじゃないかな?」 と言った。
「余裕あるよ。何作りたい?」と答えると、彼女は楽しそうに工房を見渡した。
そして、目を輝かせ「オルゴール」と答えた。
「あ、ちょっと待ってね」と美紗ちゃんがトートバックから何かを取り出そうとしている。手には、
鮮やかな色彩のクリアファイルが握られている。
「これ見せたかったの。昨日言ってた、ミュシャ展で買ったクリアファイル」
差し出されたファイルには、流れるような曲線で描かれた女性と花、金色の装飾がきらめいていた。ミュシャの世界そのものだ。
「きれいだな……好きなもの使うと、テンションあがるよね」
「うん、あがるあがる。プリントだけど、この繊細な線と、華やかな色使いがたまらないの。あと、これもあってね」
美紗ちゃんは、コンビニでA3に引き伸ばしたというお手製のポスターを四枚、丁寧に取り出した。
「これ、『四芸術』っていうシリーズ。詩、絵画、音楽、ダンス。お近づきの印に、半分ずつにしない?」
お近づきの印? とどぎまぎする僕のことなんてお構いなしに、彼女は四枚を机に並べた。淡いパステルの背景に、それぞれ違う花とポーズの女性たち。
どれも神秘的で、背後にはミュシャ独特の円環が女性たちを包んでいる。
「ね。どれがいい?」と美紗ちゃんが微笑む。
僕はどれを取るべきなのだろうか?「僕にダンスって、そもそも似合うのか?」と想像してみる。
鏡の前で片腕を上げてみる僕の姿そイメージした。
ぎこちない動きに苦笑いする。絶対違うな。
じゃあ、美紗ちゃんだったら、どうだろう?
――僕は、それぞれの美紗ちゃんを、イメージしてみる。
詩だったら、川辺の石に腰かけ、ノートに言葉を刻む姿。
絵画だったら、ベレー帽をかぶって、キャンバスに向かう姿。
音楽だったら、ガラス笛を吹いて華やかなメロディーを奏でる姿。
ダンスだったら、スカーフを翻して踊る姿。
うーん、どれもいい。
でも中でも美紗ちゃんに合うのは、音楽とダンスだと思った。
僕は考えた結果、「じゃあ、詩と絵画を」と手を伸ばした。
「じゃあ、私は音楽とダンスね」
二人で分け合い、僕はもらった二枚を大切に丸めて持ち帰ることにした。
美紗ちゃんを見送る際、僕は「お母さんやご家族も一緒に来てもいいんだよ。ガレの研究してたなら、気になるんじゃないかな? 見学するだけの方もいるし、お金もかからないから」と声をかけてみた。
美紗ちゃんは少しだけ困ったように笑い、「温泉でのんびりしてるから」と話をそらして、工房のドアを静かに閉めた。
その後ろ姿は、なぜか少しだけ遠く感じられた気がした。
窓の外で蝉が一声鳴いた。
この工房で過ごす二日間が、
彼女にとっての本当の「修学旅行」なのかもしれない。
そうなるといいな。
いや、僕がそうできたら、いいな。
なんて、そう思った。
「よかったら、これ使って。ガラスの粉、服につくと落ちにくいから」
美紗ちゃんは「ありがとう」と小さく微笑んで、両手でエプロンの紐を結んだ。
ワンピースの上からエプロンを重ねると、どこか子どもっぽさが残る。
でも首元のスカーフだけが大人びていて、不思議なバランスだった。
「その首の……スカーフ? 素敵だね」
ふと気になって尋ねると、美紗ちゃんは指先でそっと布をなぞった。
「これ? エルメスのツイリーなの」
彼女は少し照れくさそうに笑った。
「お母さんのお下がりで、一本だけ持ってるんだ。……お守りみたいなものかな」
淡いブルーとオレンジの細いシルクが、
美紗ちゃんの首元でやわらかく揺れていた。
「エルメスか……すごいな。大事なものなら尚更、汚れちゃったらあれだから外したほうが」
僕が言うと、
「ううん。これはつけとく。なんだか大人ぶってるみたいで恥ずかしいけど、これを巻いてると、ちょっとだけ強くなれる気がするの」
別に強くならなくても、と思ったけれど。
美紗ちゃんはそう言って、エプロンのポケットに手を入れ、「似合う?」とくるくる回ってみせた。
僕はじいちゃんに吹きガラス体験をすることを伝えると、じいちゃんが溶けたガラスを筒の先に巻き取り、僕と美紗に順番に手渡してくれる。
「緊張する……」美紗ちゃんが小さく呟く。
「大丈夫、僕も初めてだよ」と励ますと、美紗ちゃんは「じゃあ、失敗してもおあいこだ」と笑った。
作業台の前に立つ。じいちゃんが準備を始めると、彼女はまっすぐその手元を見つめていた。
溶解炉の前は、まるで小さな太陽のような熱気に包まれていた。
じいちゃんが炉の中から真っ赤に溶けたガラスを巻き取ると、美紗ちゃんは息をのむ。
飴色に溶けたガラスを僕の前に差し出す。その様子に彼女は目を奪われていた。
「……すごい」
思わず漏れたその声は、憧れと敬意が入り混じっていた。
炎の中で真っ赤に光るガラス。それはまるで、宝石みたいだった。
「はい、ここからは君の番だよ」
緊張で手が汗ばむのを感じながら、彼女は吹き竿を両手でしっかりと握った。
じいちゃんがガラスを回しながら、火の中で形を整えるたび、美紗ちゃんはその手つきのひとつひとつを真剣な眼差しで追いかけていた。
ガラスの表面に現れる微かな波や、竿を回すリズム――美紗ちゃんはまるで、何か大切な秘密を見逃すまいとするように、じいちゃんの動きを一瞬も見逃さなかった。
まず、竿をゆっくりと回しながら、炉の中でガラスの塊を均一に温める。
ガラスが柔らかくなったところで、合図に合わせて、ストローで風船を膨らませるように息を吹き込む。
彼女は筒の先をそっと唇に当て、目をぎゅっと瞑る。
「ふーっ……!」
一生懸命に息を吹き込んでも、なかなか膨らまない。
でも、その横顔はまるで願いごとをこめてシャボン玉を膨らませる子どものように可愛らしかった。
「いい調子だよ」
何度かやり直しながら、ガラスの玉がぷくりと膨らみ始める。
僕が「上手だよ」と声をかけると、美紗ちゃんはぱっと目を開いて「やった!」と小さくガッツポーズをした。
真っ赤に膨らんだガラスを見て、彼女はぽつりと言った。
「心臓みたい」
僕は思わず笑った。
「変なこと言うね。美紗ちゃんの?」
「ううん。私の心臓の音は、もっと大きい」
思わず、どきっとした。
それって。それってさ、どういう意味だよ。
じいちゃんは、うまく膨らんだガラスを見て「いいね」と言い、棒を引き上げた。
「じゃあ、このあとは形を整えるよ」じいちゃんはそのあとすぐ僕に向かって「できるか?」と聞いた。僕は少し緊張しながらも、頷いた。
まだ熱をもった膨らんだガラスを、今度は濡らした新聞紙の上にそっと転がす。
新聞紙からは水蒸気が立ち上り、ガラスの表面を優しく冷ます。
竿を手のひらで転がしながら、ガラスの形を少しずつ整えていく。
「模様つける?」
じいちゃんが色ガラスの粉を用意してくれた。
美紗ちゃんは迷わず青と緑のガラス粉を選んだ。
その上に、転がしていく。竿を回すたび、色粉が溶けてガラスの中でマーブル模様を描き始めた。
もう一度炉に入れて温め、再び新聞紙の上で形を整える。
ガラスは柔らかく、少し力を入れすぎるとすぐに歪んでしまう。
慎重に、竿を回し続ける。
夕暮れの工房で、二人の影がガラス窓に重なっていた。
歪んだ影の中では、どちらが生徒でどちらが先生か
もうわからなくなっていた。
「このあとは飲み口を広げるんだ。これが結構難しいよ」
美紗ちゃんは、真剣な顔をして頷いた。
飲み口になる部分を、専用の器具で少しずつ開げていく。口の部分がゆっくりと開き、グラスらしいフォルムが現れてきた。
「できた!」
じいちゃんが「いい形だ」と褒めると、美紗ちゃんに頬が緩んだ。
その後、僕たちは休憩スペースに座って少し話をした。
「ミュシャって、アール・ヌーヴォーの画家ってイメージが強いけど、実はすごく多才で。最初は演劇のポスターとか広告の仕事が多かったの。サラ・ベルナールの『ジスモンダ』のポスターで一気に有名になって」
「広告……たしかに、あの独特なフォントとか、古い感じしないね。それどころか、今見ても新しい感じがするというか」
美紗ちゃんのミュシャトークは止まらない。
高校の美術の教科書で見たような言葉が、
次々と彼女の口からこぼれる。
本当に好きなんだなぁと思った。
僕がうなずくと、美紗ちゃんはさらに熱を込めて続けた。
「そうなの! あの時代、アートってお金持ちのものだったけど、ミュシャは広告や雑誌の挿絵、パッケージデザインも手がけて、誰でもアートに触れられるようにしたの。それがまたすごく好きで……。私も、よく行くとこでミュシャの絵を見つけて、初めて“アートって身近にあるんだ”って思ったから」
彼女の声は、どこか誇らしげだった。
「ミュシャはチェコの人だっけ? 行きたいって言ったら、お母さん喜ぶんじゃない?」
「お母さんには言えない」
即答だった。
僕は反省した。
海外旅行に気軽に行きたいと言える家かどうかなんて、わからない。
失礼なことを言ってしまったと思った。
それか、お母さんは厳しい人なのだろうか。
僕が「そっか、ごめん」と小さく言ったが、聞こえたかどうかはわからない。
美紗ちゃんはふいに展示品のグラスに触れた。彼女は手のひらを見つめて「私、体温が高いの」とはにかんだ。
「お渡しは明日の朝以降になりますので。取りに来てもいいし、郵送もできますが」とじいちゃんが説明した。
「明日、取りに来ます」と緊張した様子で美紗ちゃんは答えた。
そして僕に向かって「チェックアウトは明後日だから、明日はまた別の何かを作りたいな。予約とか、いっぱいじゃないかな?」 と言った。
「余裕あるよ。何作りたい?」と答えると、彼女は楽しそうに工房を見渡した。
そして、目を輝かせ「オルゴール」と答えた。
「あ、ちょっと待ってね」と美紗ちゃんがトートバックから何かを取り出そうとしている。手には、
鮮やかな色彩のクリアファイルが握られている。
「これ見せたかったの。昨日言ってた、ミュシャ展で買ったクリアファイル」
差し出されたファイルには、流れるような曲線で描かれた女性と花、金色の装飾がきらめいていた。ミュシャの世界そのものだ。
「きれいだな……好きなもの使うと、テンションあがるよね」
「うん、あがるあがる。プリントだけど、この繊細な線と、華やかな色使いがたまらないの。あと、これもあってね」
美紗ちゃんは、コンビニでA3に引き伸ばしたというお手製のポスターを四枚、丁寧に取り出した。
「これ、『四芸術』っていうシリーズ。詩、絵画、音楽、ダンス。お近づきの印に、半分ずつにしない?」
お近づきの印? とどぎまぎする僕のことなんてお構いなしに、彼女は四枚を机に並べた。淡いパステルの背景に、それぞれ違う花とポーズの女性たち。
どれも神秘的で、背後にはミュシャ独特の円環が女性たちを包んでいる。
「ね。どれがいい?」と美紗ちゃんが微笑む。
僕はどれを取るべきなのだろうか?「僕にダンスって、そもそも似合うのか?」と想像してみる。
鏡の前で片腕を上げてみる僕の姿そイメージした。
ぎこちない動きに苦笑いする。絶対違うな。
じゃあ、美紗ちゃんだったら、どうだろう?
――僕は、それぞれの美紗ちゃんを、イメージしてみる。
詩だったら、川辺の石に腰かけ、ノートに言葉を刻む姿。
絵画だったら、ベレー帽をかぶって、キャンバスに向かう姿。
音楽だったら、ガラス笛を吹いて華やかなメロディーを奏でる姿。
ダンスだったら、スカーフを翻して踊る姿。
うーん、どれもいい。
でも中でも美紗ちゃんに合うのは、音楽とダンスだと思った。
僕は考えた結果、「じゃあ、詩と絵画を」と手を伸ばした。
「じゃあ、私は音楽とダンスね」
二人で分け合い、僕はもらった二枚を大切に丸めて持ち帰ることにした。
美紗ちゃんを見送る際、僕は「お母さんやご家族も一緒に来てもいいんだよ。ガレの研究してたなら、気になるんじゃないかな? 見学するだけの方もいるし、お金もかからないから」と声をかけてみた。
美紗ちゃんは少しだけ困ったように笑い、「温泉でのんびりしてるから」と話をそらして、工房のドアを静かに閉めた。
その後ろ姿は、なぜか少しだけ遠く感じられた気がした。
窓の外で蝉が一声鳴いた。
この工房で過ごす二日間が、
彼女にとっての本当の「修学旅行」なのかもしれない。
そうなるといいな。
いや、僕がそうできたら、いいな。
なんて、そう思った。
