それまで作り上げてきたものが一瞬でパー。意味なかったってことになる。
 無駄な時間だったって証明される。
 壊れてしまったら、それって、虚しいの一言じゃ片付かないんだよ。

 心の中でそう呟いた。
 じいちゃんはなにかを見透かしているようにふっと笑って、僕の肩に手を置いた。


 学校は、この春に辞めた。
 自主退学だ。
 人間関係のトラブル――なんて、ひと言で片付けてしまえるほど、
 僕の心は単純じゃなかった。

 特別荒れていた学校というわけではなかった。
 でも、もう無理だった。
 あいつらと肩を並べて卒業したなんていうのは耐えられなかった。

 ある時から、みんなの輪の中にいると、自分の存在だけが、空気の中で浮いてしまうような気がした。
 気づけば休み時間は机に突っ伏したり、教室の隅っこで窓の外ばかり見たりしていた。

 教室にいると、みんなの笑い声がどこか一枚膜を隔てた先――水槽の外みたいに聞こえた。

 それでそのうち、ここにいなくていいなって自然と思って、学校に行かなくなった。

 居場所がない僕を見かねてか、暇しているんだったらじいちゃんのガラス工房を手伝ってくれと声をかけられたのが2ヶ月前だ。
 PC関係が苦手なじいちゃんの代わりに、SNSやホームページの更新を行う。それが僕の仕事だった。

 僕はパソコンの前に座る。
 工房の静けさが背中を包み込んだ。

 今日も、体験のお客様が作ったガラスの小皿を撮影した。
 カメラのモニター越しに見ると、ほんのり歪んだ縁がわかる。なんだか愛おしい。

「この小皿、きれいに出来てるな」
 じいちゃんが背後から声をかけてきた。
「うん、色の混ざり方が面白い。 青と緑が、波みたいに流れてる」
 そう言いながら、僕は写真をパソコンに取り込む。

 画面の中の小皿は、朝の光を受けて、
 どこか海の底みたいな色をしていた。
 僕はホームページの「お客様ギャラリー」ページを開き、
 新しい記事のタイトルに「夏の思い出のガラス小皿ができました」と打ち込む。

 説明文を考える。
「本日のお客様の作品は、やさしい波模様の小皿です。
 初めてのガラス体験で作られました。
 青と緑の色ガラスが溶け合い、夏の海を思わせる仕上がりになりました。
 手のぬくもりが伝わる、世界にひとつだけの作品です。」

 写真を添付して、投稿ボタンを押す。
 僕はふうっと息を吐きく。

 キーボードを叩く指が、少しだけ軽くなる。
 うーんと背伸びをした。

 このタスクを終えると、僕は焦りを少し解消できるような気がする。

 生きることへの焦りというか、なんというか。
 そういう気持ちをずっと抱えている。

 これをすることで、なにもしていないまま存在する自分ではなかったと、自分の存在を少しだけ認められる気がするのだ。

 じいちゃんはこの日、用事があると言って先に工房を出た。
 僕らが暮らす家はここから歩いていける範囲内にあり、
 だいたいじいちゃんが用事という日は、温泉街の仲間との麻雀だ。

 僕は残って、これまでの作品を見ていた。
 次は青い作品が来たら、画面の並び的に綺麗だなー、なんて思いながら。

 今日は、このあと一人だけ体験の予約がある。
 まぁ、予約があっても来なかったりすることもあるんだけど。


 その日、午後4時前、工房の扉がきいっと軋んだ。

 埃まみれの扇風機が回る音の隙間から、
「すみません、ガラス体験はこちらですか? 少し早いんですけど……」
 透き通った声が流れ込んできた。

 振り向くと、僕と同い年くらいの白いワンピースの少女が立っていた。

「あ、ええ……そうです。予約の……えっと、“みさ”さん?」
「はい。美紗です。“みしゃ”、と読みます」
 微笑んだその表情は、柔らかくもどこか凛とした強さを感じるものだった。