学年末試験が終わり、修了式が迫って来たある日の部活中。
花音は新しくもらったホルンの原譜をコピーしに図書室へ向かっていた。
図書室にコピー機があるのだ。
「あ、花音ちゃん」
「奏ちゃん。奏ちゃんも原譜コピー?」
「うん」
花音が図書室に入ろうとした時、丁度奏と入れ替わりになった。
奏もフルートの原譜をコピーしに来ていたようだ。
「彩歌ちゃんは一緒じゃないの?」
「彩歌は家で原譜コピーするみたい。それに、ピッコロは今彩歌一人だから」
「そっか。一人のところは急いで原譜コピーする必要なくて羨ましい」
花音はへにゃりと笑う。
「かなちゃん、お待たせ。あ、桜井さんもいたんだ」
そこへ、図書室から出た響がやって来た。
「小日向先輩。奏ちゃんと一緒に原譜コピーだなんて、やっぱり仲が良いですね」
花音は思わずニヤけてしまう。
奏と響はクリスマス前に付き合い始めた。音宮高校吹奏楽部内でもかなり仲の良いカップルだと言われている。
「いや、たまたまだから。ね、かなちゃん」
「ええ、響先輩」
響と奏は照れて、やや困ったように笑っていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
(『かなちゃん』、『響先輩』……か。奏ちゃん、たまに小日向先輩のことを『響くん』って呼ぶこともあるけど)
花音は図書室で原譜をコピーしながら先程の奏と響の様子を思い出していた。
ぼんやりしていると、丁度コピー機から原譜のコピーが出て来たので、花音はそれを取る。
(……私も晩沢先輩と名前で呼び合いたいな。彩歌ちゃんと朝比奈先輩も名前で呼び合ってるみたいだし)
花音は軽くため息をついた。
バレンタインに花音は蓮斗に告白して付き合い始めた。
しかし、恋人になってもまだお互いのことを苗字呼びなのだ。付き合い始めてそこまで時間が経過していないので、当たり前と言えば当たり前だ。
しかし、名前を呼び合う奏と響、そして彩歌と風雅を見ると羨ましくなった花音である。
♪♪♪♪♪♪♪♪
翌日の部活にて。
この日は個人練習とパート練習がメインだ。
花音はホルンや楽譜などを持ち、音楽室から空き教室へ向かう。
その時、ユーフォニアムの基礎練習の音が聞こえた。
滑らかで安定したロングトーンである。
(あ……この音……)
花音は誰が吹いているかすぐに分かり、その者がいる教室へ向かった。
花音が向かった教室にいたのは蓮斗。
(やっぱり晩沢先輩だ)
教室前で花音は恋人の姿を見て表情を綻ばせた。
「桜井、どうした?」
蓮斗は花音が見ていることに気付いたようだ。
「やっぱり晩沢先輩のユーフォは安定してるなって思いまして」
花音はふふっと笑った。
「ありがとう、桜井。……ここで練習するか?」
蓮斗はフッと笑い、そう提案してくれた。
「良いんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
花音は少しウキウキしながら蓮斗のいる教室に入る。
やはり恋人といる時間が増えることは嬉しく思った。
花音は基礎練習と個人練習をした後、蓮斗と一緒に練習をする。
ホルンとユーフォニアムの二重奏だ。
自身の隣でユーフォニアムを吹く蓮斗を横目で見て、花音は表情を綻ばせながらホルンを吹く。
この時間は花音にとって満ち足りたものになった。
「やっぱり桜井のホルンの音、好きだな」
蓮斗にそう言われ、花音は頬を赤く染める。
「ありがとうございます。私も、晩沢先輩のユーフォの音、好きですよ」
「ありがとう、桜井。そう言われると照れるな」
蓮斗は少し頬を赤く染めていた。
眼鏡の奥の目も、瞬きが少し増えているように見える。
甘く優しい沈黙が二人の間に流れていた。
(やっぱり、先輩には私のこと、『花音』って名前で呼んで欲しい……)
その気持ちが花音の中にあふれ出す。
(今がチャンスだよね。でも……何て切り出そう……?)
いざ名前で呼んで欲しいと言おうとすると、言葉が出て来なくなる花音。
蓮斗を見ては視線を外すことを繰り返している。
「……桜井、どうかしたのか?」
そんな花音の様子に気付き、蓮斗は不思議そうに首を傾げている。
「えっと……晩沢先輩は……」
花音は緊張しながら言葉を紡ぐ。
「先輩は、私の下の名前知ってますか?」
「は……?」
蓮斗はきょとんとする。
(待って、私何言ってるの……!? そうだけどそうじゃなくて……!)
花音はしどろもどろである。
「花音……だろ」
蓮斗はきょとんとしたまま答えた。
(こうなったら、勢いで行くしかない)
花音は拳をギュッと握る。
「私……先輩には名前で呼んで欲しいんです。花音って。その……付き合ってるんですし……」
花音は頬を赤く染めたまま上目遣いで蓮斗を見る。
すると蓮斗は片手で顔を覆い、顔を真っ赤に染めた。
「それ、可愛過ぎるだろ……」
「え……?」
「その上目遣いで頼むやつ。可愛過ぎだ……花音」
蓮斗はポンと花音の頭を撫でる。
確かに花音の名前を呼んでくれた。
花音はそれが嬉しくなる。
「花音、俺以外にその仕草するなよ。可愛過ぎて誰にも見せたくない」
名前呼び、そして蓮斗の独占欲に花音はドキッとしてしまう。
「はい……。晩沢先輩」
「蓮斗だ。お前も俺のこと名前で呼べよ」
蓮斗はフッと優しく笑う。
「はい、蓮斗先輩」
花音は表情を綻ばせる。
甘いときめきが、花音の胸にあふれていた。
その時、その場に似つかわしくない音が廊下から聞こえて来る。
「あれ? この音……ラーメン屋の屋台のやつですよね? 小夜先輩、オーボエで吹いてる……」
「ああ、チャルメラのやつだ」
花音と蓮斗は老化に目を向けて苦笑する。
その後ラーメン屋を彷彿させるオーボエの音の後で、「ラーメン一丁!」とひょうきんなセレナの声が響く。
「あいつら何やってんだ……」
蓮斗は呆れたようにため息をつく。
花音はクスッと笑ってしまう。
「あ、晩沢と花音じゃん。イチャイチャして青春だね、公私混同だね」
花音と蓮斗が同じ教室にいることに気付いたセレナはそう冷やかす。
その隣で小夜はオーボエを吹く。もちろん、ラーメン屋の屋台を彷彿とさせるメロディーだ。
雨松従姉妹の襲来である。
「晩沢くん、部長なのに何やってるの?」
「小夜、お前こそ副部長なのに何遊んでんだよ。セレナもふざけ過ぎだ」
蓮斗は再び呆れながら苦笑した。
「晩沢、真面目過ぎ。花音、こんなつまらない彼氏で大丈夫?」
花音と蓮斗が付き合っていることは部内で周知の事実だ。
「はい。大丈夫です。蓮斗先輩、優しいですし」
「花音、こいつの質問に真面目に答えなくて良いぞ」
「お、いつの間にか名前呼びになってるじゃん。熱いねー」
セレナはニヤニヤと冷やかして来る。
小夜は再びオーボエでラーメン屋の屋台のメロディーを吹いた。
「そうだ、晩沢くん、花音ちゃん、このメロディーを吹いてるチャルメラって楽器、オーボエと祖先が同じなの知ってる? ズルナっていうダブルリード楽器からどっちも進化してるんだよ」
「ああ、知ってる」
「あ、それ奏ちゃんも言ってました」
花音は奏との会話を思い出しながら小夜の問いに答えた。
「おお、奏ちゃん、流石は音楽一家のお嬢様だ」
「晩沢物知り、流石成績学年トップ、マジリスペクト」
「セレナからは全くリスペクト感じねえけどな」
蓮斗はセレナの雑な対応に苦笑した。
その後、小夜とセレナは再びラーメン屋の屋台のメロディーを奏でながら去って行った。
「本当、何なんだよあいつらは」
「でも楽しいじゃないですか。小夜先輩もセレナ先輩も」
呆れている蓮斗に対して花音はクスッと笑う。
そんな花音に対し、蓮斗はフッと優しく表情を綻ばせた。
「花音、もう一回合わせてみるか?」
「はい、蓮斗先輩」
再び二重奏を始める花音と蓮斗。甘く穏やかな空気になっていた。
因みに小夜とセレナはその後、職員室前でラーメン屋の屋台のメロディーをオーボエで吹き、「ラーメン一丁!」と叫んだので先生達から注意を受けたそうだ。
花音は新しくもらったホルンの原譜をコピーしに図書室へ向かっていた。
図書室にコピー機があるのだ。
「あ、花音ちゃん」
「奏ちゃん。奏ちゃんも原譜コピー?」
「うん」
花音が図書室に入ろうとした時、丁度奏と入れ替わりになった。
奏もフルートの原譜をコピーしに来ていたようだ。
「彩歌ちゃんは一緒じゃないの?」
「彩歌は家で原譜コピーするみたい。それに、ピッコロは今彩歌一人だから」
「そっか。一人のところは急いで原譜コピーする必要なくて羨ましい」
花音はへにゃりと笑う。
「かなちゃん、お待たせ。あ、桜井さんもいたんだ」
そこへ、図書室から出た響がやって来た。
「小日向先輩。奏ちゃんと一緒に原譜コピーだなんて、やっぱり仲が良いですね」
花音は思わずニヤけてしまう。
奏と響はクリスマス前に付き合い始めた。音宮高校吹奏楽部内でもかなり仲の良いカップルだと言われている。
「いや、たまたまだから。ね、かなちゃん」
「ええ、響先輩」
響と奏は照れて、やや困ったように笑っていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
(『かなちゃん』、『響先輩』……か。奏ちゃん、たまに小日向先輩のことを『響くん』って呼ぶこともあるけど)
花音は図書室で原譜をコピーしながら先程の奏と響の様子を思い出していた。
ぼんやりしていると、丁度コピー機から原譜のコピーが出て来たので、花音はそれを取る。
(……私も晩沢先輩と名前で呼び合いたいな。彩歌ちゃんと朝比奈先輩も名前で呼び合ってるみたいだし)
花音は軽くため息をついた。
バレンタインに花音は蓮斗に告白して付き合い始めた。
しかし、恋人になってもまだお互いのことを苗字呼びなのだ。付き合い始めてそこまで時間が経過していないので、当たり前と言えば当たり前だ。
しかし、名前を呼び合う奏と響、そして彩歌と風雅を見ると羨ましくなった花音である。
♪♪♪♪♪♪♪♪
翌日の部活にて。
この日は個人練習とパート練習がメインだ。
花音はホルンや楽譜などを持ち、音楽室から空き教室へ向かう。
その時、ユーフォニアムの基礎練習の音が聞こえた。
滑らかで安定したロングトーンである。
(あ……この音……)
花音は誰が吹いているかすぐに分かり、その者がいる教室へ向かった。
花音が向かった教室にいたのは蓮斗。
(やっぱり晩沢先輩だ)
教室前で花音は恋人の姿を見て表情を綻ばせた。
「桜井、どうした?」
蓮斗は花音が見ていることに気付いたようだ。
「やっぱり晩沢先輩のユーフォは安定してるなって思いまして」
花音はふふっと笑った。
「ありがとう、桜井。……ここで練習するか?」
蓮斗はフッと笑い、そう提案してくれた。
「良いんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
花音は少しウキウキしながら蓮斗のいる教室に入る。
やはり恋人といる時間が増えることは嬉しく思った。
花音は基礎練習と個人練習をした後、蓮斗と一緒に練習をする。
ホルンとユーフォニアムの二重奏だ。
自身の隣でユーフォニアムを吹く蓮斗を横目で見て、花音は表情を綻ばせながらホルンを吹く。
この時間は花音にとって満ち足りたものになった。
「やっぱり桜井のホルンの音、好きだな」
蓮斗にそう言われ、花音は頬を赤く染める。
「ありがとうございます。私も、晩沢先輩のユーフォの音、好きですよ」
「ありがとう、桜井。そう言われると照れるな」
蓮斗は少し頬を赤く染めていた。
眼鏡の奥の目も、瞬きが少し増えているように見える。
甘く優しい沈黙が二人の間に流れていた。
(やっぱり、先輩には私のこと、『花音』って名前で呼んで欲しい……)
その気持ちが花音の中にあふれ出す。
(今がチャンスだよね。でも……何て切り出そう……?)
いざ名前で呼んで欲しいと言おうとすると、言葉が出て来なくなる花音。
蓮斗を見ては視線を外すことを繰り返している。
「……桜井、どうかしたのか?」
そんな花音の様子に気付き、蓮斗は不思議そうに首を傾げている。
「えっと……晩沢先輩は……」
花音は緊張しながら言葉を紡ぐ。
「先輩は、私の下の名前知ってますか?」
「は……?」
蓮斗はきょとんとする。
(待って、私何言ってるの……!? そうだけどそうじゃなくて……!)
花音はしどろもどろである。
「花音……だろ」
蓮斗はきょとんとしたまま答えた。
(こうなったら、勢いで行くしかない)
花音は拳をギュッと握る。
「私……先輩には名前で呼んで欲しいんです。花音って。その……付き合ってるんですし……」
花音は頬を赤く染めたまま上目遣いで蓮斗を見る。
すると蓮斗は片手で顔を覆い、顔を真っ赤に染めた。
「それ、可愛過ぎるだろ……」
「え……?」
「その上目遣いで頼むやつ。可愛過ぎだ……花音」
蓮斗はポンと花音の頭を撫でる。
確かに花音の名前を呼んでくれた。
花音はそれが嬉しくなる。
「花音、俺以外にその仕草するなよ。可愛過ぎて誰にも見せたくない」
名前呼び、そして蓮斗の独占欲に花音はドキッとしてしまう。
「はい……。晩沢先輩」
「蓮斗だ。お前も俺のこと名前で呼べよ」
蓮斗はフッと優しく笑う。
「はい、蓮斗先輩」
花音は表情を綻ばせる。
甘いときめきが、花音の胸にあふれていた。
その時、その場に似つかわしくない音が廊下から聞こえて来る。
「あれ? この音……ラーメン屋の屋台のやつですよね? 小夜先輩、オーボエで吹いてる……」
「ああ、チャルメラのやつだ」
花音と蓮斗は老化に目を向けて苦笑する。
その後ラーメン屋を彷彿させるオーボエの音の後で、「ラーメン一丁!」とひょうきんなセレナの声が響く。
「あいつら何やってんだ……」
蓮斗は呆れたようにため息をつく。
花音はクスッと笑ってしまう。
「あ、晩沢と花音じゃん。イチャイチャして青春だね、公私混同だね」
花音と蓮斗が同じ教室にいることに気付いたセレナはそう冷やかす。
その隣で小夜はオーボエを吹く。もちろん、ラーメン屋の屋台を彷彿とさせるメロディーだ。
雨松従姉妹の襲来である。
「晩沢くん、部長なのに何やってるの?」
「小夜、お前こそ副部長なのに何遊んでんだよ。セレナもふざけ過ぎだ」
蓮斗は再び呆れながら苦笑した。
「晩沢、真面目過ぎ。花音、こんなつまらない彼氏で大丈夫?」
花音と蓮斗が付き合っていることは部内で周知の事実だ。
「はい。大丈夫です。蓮斗先輩、優しいですし」
「花音、こいつの質問に真面目に答えなくて良いぞ」
「お、いつの間にか名前呼びになってるじゃん。熱いねー」
セレナはニヤニヤと冷やかして来る。
小夜は再びオーボエでラーメン屋の屋台のメロディーを吹いた。
「そうだ、晩沢くん、花音ちゃん、このメロディーを吹いてるチャルメラって楽器、オーボエと祖先が同じなの知ってる? ズルナっていうダブルリード楽器からどっちも進化してるんだよ」
「ああ、知ってる」
「あ、それ奏ちゃんも言ってました」
花音は奏との会話を思い出しながら小夜の問いに答えた。
「おお、奏ちゃん、流石は音楽一家のお嬢様だ」
「晩沢物知り、流石成績学年トップ、マジリスペクト」
「セレナからは全くリスペクト感じねえけどな」
蓮斗はセレナの雑な対応に苦笑した。
その後、小夜とセレナは再びラーメン屋の屋台のメロディーを奏でながら去って行った。
「本当、何なんだよあいつらは」
「でも楽しいじゃないですか。小夜先輩もセレナ先輩も」
呆れている蓮斗に対して花音はクスッと笑う。
そんな花音に対し、蓮斗はフッと優しく表情を綻ばせた。
「花音、もう一回合わせてみるか?」
「はい、蓮斗先輩」
再び二重奏を始める花音と蓮斗。甘く穏やかな空気になっていた。
因みに小夜とセレナはその後、職員室前でラーメン屋の屋台のメロディーをオーボエで吹き、「ラーメン一丁!」と叫んだので先生達から注意を受けたそうだ。



