いよいよ二月十四日、バレンタイン当日。
部活が終わった後、奏は響と帰る約束をしていた。
その時、響にいつもの通学路から少しそれた公園に寄らないかと言われ、奏は頷いた。
そして今、奏は響と人気のない公園のベンチに座っている。
一月より少し日が長くなったとはいえ、もう空は暗く星が輝いていた。
「響くん、今日バレンタインでしょう。だから、これ、響くんに」
奏は昨日作ったバレンタインチョコを響に渡す。
「かなちゃんが……俺に……!? ありがとう! めちゃくちゃ嬉しい!」
目を輝かせ、満面の笑みで受け取る響。
「あのさ、もしかしてかなちゃんの手作り?」
期待に満ちた表情で聞く響に、奏はほんのり頬を赤く染めながら頷く。
「響くんの口に合えば良いけれど」
「かなちゃんの手作り……! 嬉し過ぎるよ! ありがとう!」
響は舞い上がっている。
喜んでくれたようで、奏はホッとした。
「かなちゃん、実は俺もかなちゃんに用意してるんだ。逆チョコ」
ひとしきり喜んだ後、響はリュックから可愛らしい箱を取り出した。
奏はまさか響が逆チョコを用意していたとは思わず目を見開く。
「はい、かなちゃん。手作りじゃないけど」
「ありがとう、響くん。嬉しい」
奏は響からもらったチョコを、宝物のように抱きしめた。
その時、ぐうっと響のお腹が鳴る。
「あ……ごめん、お腹空いたみたい。かなちゃんがくれたチョコ……ここで一つ食べて良い?」
恥ずかしそうに苦笑する響に、奏はクスッと笑って頷く。
そんな響が可愛いと思う奏だった。
「あ……! 苺チョコのトリュフ……! 凄く美味しいよ、かなちゃん。俺苺チョコ好きだから嬉しい。ありがとう」
響は苺チョコのトリュフを一つ食べて、幸せそうな表情になる。
「良かった」
奏はホッとし、表情を綻ばせる。
ふと響の口元を見ると、ココアパウダーが付着していた。
「響くん、口元にココアパウダーが付いてるよ」
「じゃあ……かなちゃんが取ってよ」
「……分かった」
響の言葉に奏は少しドキッとして戸惑いつつも、ゆっくりと響の口元に手を伸ばす。
指先で触れる響の口元は、温かかった。
すると響は自身の口元に伸ばされた奏の手を優しく握る。
公園には誰もおらず、道行く人もいない。
「かなちゃん……キスして良い?」
ほんのり頬を赤く染めている響。その目は真っ直ぐだった。
奏はドキドキしつつも、小さく頷く。
すると、ゆっくりと響の顔が近付き、そっと優しく唇が触れた。
ほんのりと苺チョコの香りが奏の鼻を掠める。
ファーストキスは、苺チョコの味がした。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「彩歌ちゃん、今日はこっちの道で帰らない?」
彩歌は風雅と一緒に帰っている時、彼からそう提案された。
音宮高校から駅までは、大通りを通る道の他に住宅街を通る道がある。
住宅街を通る道の方が人通りは少なめなのだ。
風雅が提案したのは住宅街を通る道の方である。
「……別に良いけど」
彩歌は素っ気なく答え、そのまま歩く。
風雅は歩き出す彩歌を追い、横に並ぶ。
(渡すタイミング、どうしよう……)
彩歌は風雅にバレンタインチョコを渡すタイミングを考えていた。
部活後の音楽室では人目があり渡しにくいので、昨日作ったトリュフとマドレーヌは彩歌のリュックの中で眠っている。
(もうすぐ駅着くし……)
彩歌の中に焦りが生じていた。
風雅が彩歌のことを大切にしてくれていることはよく分かる。
いつも彩歌のペースに合わせてくれるだけでなく、素直になれず上手く好意を言葉に出来ない彩歌の気持ちを汲んでくれている。
風雅から告白され、その返事をする際も「あたし……あんたのこと……別に嫌いじゃない」と言うのが精一杯だった。
それでも風雅は彩歌のその言葉に喜んでくれた。
しかし、いつまでも風雅の好意の上に胡座をかいているわけにはいかないと、彩歌は感じていたのだ。
「風雅……」
足を止め、彩歌は風雅の名前を呼んだ。
「彩歌ちゃん、どうしたの? 俺の名前呼んでくれるなんて、珍しいね。めちゃくちゃ嬉しいんだけど」
風雅は名前を呼ばれたことで少し上機嫌になっている。
彩歌はゆっくりとリュックに入れていた箱を取り出す。
風雅へのバレンタインチョコだ。
「これ……風雅に」
まともに風雅の顔を見ることが出来ない彩歌。
「もしかして、バレンタインの?」
風雅がそう聞くと、彩歌はコクリと頷く。
「トリュフと……マドレーヌ」
彩歌は少し俯いた。
バレンタインのお菓子には意味がある。
マドレーヌは『もっと仲良くなりたい』という意味を持つ。
昨日彩歌がマドレーヌを作りと言った時、花音はニヤニヤしていたので恐らく彼女は意味を知っているのだろう。
風雅に伝わるかは分からないが、彩歌なりに精一杯好意を伝えようとしていた。
「もしかして、手作り?」
風雅に聞かれ、彩歌は頷く。
「マドレーヌ……。『仲良くなりたい』か」
風雅の言葉に彩歌は目を見開き、ゆっくりと顔を上げる。
風雅は優しく嬉しそうな表情だった。
「手作りで、彩歌ちゃんがそう思ってくれたなんて、嬉し過ぎる。抱き締めたくなるよ」
「ここ人が来る……!」
風雅の発言に、彩歌は頬を真っ赤にしてたじろいでしまう。
「でも、今は誰もいないよ」
風雅は懇願するような表情だった。
「……少しだけなら」
彩歌がそう言うと、風雅は優しく彩歌を抱き締めた。
風雅の大きな体に包まれ、彩歌の鼓動は早くなる。
「彩歌ちゃん、好きだよ」
耳元でそっと囁かれた言葉。
彩歌の体温は上がった気がした。
「……あたしも……好き……」
彩歌は小さな声で呟いた。
風雅にその声が聞こえたらしく、彩歌は先程よりも強く抱き締められた。
「彩歌ちゃん、実は俺も彩歌ちゃんに渡したいものがあるんだ」
ようやく解放されたかと思えば、風雅からそう言われた。
風雅はオシャレな袋を彩歌に差し出す。
「それ……!」
彩歌はその袋に見覚えがあった。
有名なスイーツショップの袋なのだ。
「うん。マカロンだけど、受け取ってくれる?」
「マカロン……!」
彩歌は目を輝かせる。
実はマカロンは彩歌の大好物なのだ。
「……ありがとう」
彩歌は表情を綻ばせていた。
「彩歌ちゃんが喜んでくれて良かった。マカロンの意味は、分かるよね?」
風雅からそう言われ、彩歌は再び顔を赤く染める。
マカロンの意味、それは『あなたは特別な人』である。
素直になれない彩歌が頑張って風雅に愛情表現をするが、風雅はもっと大きな愛情表情を彩歌にしてくれる。
それが嬉しい反面、彩歌は少し焦ってしまうのであった。
しかしその心配は必要ない。
彩歌の不器用な愛情表現は風雅にとって破壊力抜群であり、風雅は絶対に彩歌を手放す気がないのである。
♪♪♪♪♪♪♪♪
花音はこの日の部活終わり、予備校の講義があった。
そして蓮斗も同じ時間帯の別の講義を受けていることを知っているので、花音は講義終わりに蓮斗を呼び止めた。
「晩沢先輩、今帰りですか?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、一緒に帰っても良いですか?」
変に思われないだろうかと少し不安になる。しかし、この日蓮斗に告白すると決めた花音は引くわけにはいかない。
「おう、良いぞ。じゃあ送って帰る。今日は人身事故起きてないと良いけどな」
蓮斗はフッと笑った。
この日は人身事故は起きておらず、普通に電車に乗ることが出来た花音と蓮斗。
部活のことや予備校のことなど、取り止めのない話をしながら、花音は鞄の中にある昨日作った生チョコタルトに意識を向ける。
(晩沢先輩に渡すのは……家の最寄り駅に着いてからかな)
花音はギュッと拳を握った。
「お、次だな」
蓮斗は電車内にある案内表示のディスプレイを見てそう呟いた。
(次……。長かったような、短かったような……)
花音はそう感じていた。
しばらくすると、電車は花音と蓮斗の家の最寄り駅に到着した。
花音と蓮斗は電車から降りる。
駅のホームには、そこそこ人がいた。
花音はそこで立ち止まる。
「ん? 桜井、どうした?」
階段を下り、改札口へ向かおうとした蓮斗だが、花音が立ち止まったことに気付いた。
次第にホームにいる人は少なくなる。
「あの、晩沢先輩に渡したいものがあって」
花音は鞄から蓮斗に作った生チョコタルトが入った箱を取り出す。
「それは?」
「生チョコタルトです。今日は……バレンタインですから」
少し緊張する花音。
「私……晩沢先輩のことが好きです。私と付き合ってください」
真っ直ぐ蓮斗を見て、花音はそう言った。
蓮斗は目を大きく見開いている。
まるで予想外とでも言うかのようだ。
少しの間、に沈黙が流れる。
花音にとってはその時間がとても長く感じた。
「ありがとう、桜井」
蓮斗はフッと優しく微笑み、花音から生チョコタルトが入った箱を受け取った。
「桜井が俺のことをそう思ってくれていたなんて、知らなかった。でも中学の頃、桜井を見てその……ホルンに何か可愛い子が入って来たなとは思った」
蓮斗の頬は、心なしか赤く染まっているような気がした。
花音の心臓はトクンと跳ねる。
蓮斗から「可愛い」と言われて嬉しくなった。
「俺は四月から受験生で、国立の医学部を目指してるから、あんまり遊ぶことは出来ないと思う。……それでも良いのなら、付き合おうか」
その言葉に、花音の表情はパアッと明るくなる。
「はい。嬉しいです。じゃあ晩沢先輩が合格したら、たくさんデートしましょう」
「いや待て桜井。俺が合格したら、次はお前が受験生だろう」
「あ……」
蓮斗に苦笑しながら指摘されて、花音はしょんぼり肩を落とす。
「桜井、俺は一年で合格する。だから、桜井も一年で決めてくれ」
優しく真っ直ぐな視線の蓮斗。
絶対に現役合格する覚悟が見えた。
「はい!」
花音は力強く頷いた。
「それまでは、図書館とか学校の図書室で勉強会デートですね」
「そうだな」
蓮斗はフッと笑っていた。
「じゃあ桜井、これからよろしく」
「はい」
花音は満面の笑みだった。
部活が終わった後、奏は響と帰る約束をしていた。
その時、響にいつもの通学路から少しそれた公園に寄らないかと言われ、奏は頷いた。
そして今、奏は響と人気のない公園のベンチに座っている。
一月より少し日が長くなったとはいえ、もう空は暗く星が輝いていた。
「響くん、今日バレンタインでしょう。だから、これ、響くんに」
奏は昨日作ったバレンタインチョコを響に渡す。
「かなちゃんが……俺に……!? ありがとう! めちゃくちゃ嬉しい!」
目を輝かせ、満面の笑みで受け取る響。
「あのさ、もしかしてかなちゃんの手作り?」
期待に満ちた表情で聞く響に、奏はほんのり頬を赤く染めながら頷く。
「響くんの口に合えば良いけれど」
「かなちゃんの手作り……! 嬉し過ぎるよ! ありがとう!」
響は舞い上がっている。
喜んでくれたようで、奏はホッとした。
「かなちゃん、実は俺もかなちゃんに用意してるんだ。逆チョコ」
ひとしきり喜んだ後、響はリュックから可愛らしい箱を取り出した。
奏はまさか響が逆チョコを用意していたとは思わず目を見開く。
「はい、かなちゃん。手作りじゃないけど」
「ありがとう、響くん。嬉しい」
奏は響からもらったチョコを、宝物のように抱きしめた。
その時、ぐうっと響のお腹が鳴る。
「あ……ごめん、お腹空いたみたい。かなちゃんがくれたチョコ……ここで一つ食べて良い?」
恥ずかしそうに苦笑する響に、奏はクスッと笑って頷く。
そんな響が可愛いと思う奏だった。
「あ……! 苺チョコのトリュフ……! 凄く美味しいよ、かなちゃん。俺苺チョコ好きだから嬉しい。ありがとう」
響は苺チョコのトリュフを一つ食べて、幸せそうな表情になる。
「良かった」
奏はホッとし、表情を綻ばせる。
ふと響の口元を見ると、ココアパウダーが付着していた。
「響くん、口元にココアパウダーが付いてるよ」
「じゃあ……かなちゃんが取ってよ」
「……分かった」
響の言葉に奏は少しドキッとして戸惑いつつも、ゆっくりと響の口元に手を伸ばす。
指先で触れる響の口元は、温かかった。
すると響は自身の口元に伸ばされた奏の手を優しく握る。
公園には誰もおらず、道行く人もいない。
「かなちゃん……キスして良い?」
ほんのり頬を赤く染めている響。その目は真っ直ぐだった。
奏はドキドキしつつも、小さく頷く。
すると、ゆっくりと響の顔が近付き、そっと優しく唇が触れた。
ほんのりと苺チョコの香りが奏の鼻を掠める。
ファーストキスは、苺チョコの味がした。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「彩歌ちゃん、今日はこっちの道で帰らない?」
彩歌は風雅と一緒に帰っている時、彼からそう提案された。
音宮高校から駅までは、大通りを通る道の他に住宅街を通る道がある。
住宅街を通る道の方が人通りは少なめなのだ。
風雅が提案したのは住宅街を通る道の方である。
「……別に良いけど」
彩歌は素っ気なく答え、そのまま歩く。
風雅は歩き出す彩歌を追い、横に並ぶ。
(渡すタイミング、どうしよう……)
彩歌は風雅にバレンタインチョコを渡すタイミングを考えていた。
部活後の音楽室では人目があり渡しにくいので、昨日作ったトリュフとマドレーヌは彩歌のリュックの中で眠っている。
(もうすぐ駅着くし……)
彩歌の中に焦りが生じていた。
風雅が彩歌のことを大切にしてくれていることはよく分かる。
いつも彩歌のペースに合わせてくれるだけでなく、素直になれず上手く好意を言葉に出来ない彩歌の気持ちを汲んでくれている。
風雅から告白され、その返事をする際も「あたし……あんたのこと……別に嫌いじゃない」と言うのが精一杯だった。
それでも風雅は彩歌のその言葉に喜んでくれた。
しかし、いつまでも風雅の好意の上に胡座をかいているわけにはいかないと、彩歌は感じていたのだ。
「風雅……」
足を止め、彩歌は風雅の名前を呼んだ。
「彩歌ちゃん、どうしたの? 俺の名前呼んでくれるなんて、珍しいね。めちゃくちゃ嬉しいんだけど」
風雅は名前を呼ばれたことで少し上機嫌になっている。
彩歌はゆっくりとリュックに入れていた箱を取り出す。
風雅へのバレンタインチョコだ。
「これ……風雅に」
まともに風雅の顔を見ることが出来ない彩歌。
「もしかして、バレンタインの?」
風雅がそう聞くと、彩歌はコクリと頷く。
「トリュフと……マドレーヌ」
彩歌は少し俯いた。
バレンタインのお菓子には意味がある。
マドレーヌは『もっと仲良くなりたい』という意味を持つ。
昨日彩歌がマドレーヌを作りと言った時、花音はニヤニヤしていたので恐らく彼女は意味を知っているのだろう。
風雅に伝わるかは分からないが、彩歌なりに精一杯好意を伝えようとしていた。
「もしかして、手作り?」
風雅に聞かれ、彩歌は頷く。
「マドレーヌ……。『仲良くなりたい』か」
風雅の言葉に彩歌は目を見開き、ゆっくりと顔を上げる。
風雅は優しく嬉しそうな表情だった。
「手作りで、彩歌ちゃんがそう思ってくれたなんて、嬉し過ぎる。抱き締めたくなるよ」
「ここ人が来る……!」
風雅の発言に、彩歌は頬を真っ赤にしてたじろいでしまう。
「でも、今は誰もいないよ」
風雅は懇願するような表情だった。
「……少しだけなら」
彩歌がそう言うと、風雅は優しく彩歌を抱き締めた。
風雅の大きな体に包まれ、彩歌の鼓動は早くなる。
「彩歌ちゃん、好きだよ」
耳元でそっと囁かれた言葉。
彩歌の体温は上がった気がした。
「……あたしも……好き……」
彩歌は小さな声で呟いた。
風雅にその声が聞こえたらしく、彩歌は先程よりも強く抱き締められた。
「彩歌ちゃん、実は俺も彩歌ちゃんに渡したいものがあるんだ」
ようやく解放されたかと思えば、風雅からそう言われた。
風雅はオシャレな袋を彩歌に差し出す。
「それ……!」
彩歌はその袋に見覚えがあった。
有名なスイーツショップの袋なのだ。
「うん。マカロンだけど、受け取ってくれる?」
「マカロン……!」
彩歌は目を輝かせる。
実はマカロンは彩歌の大好物なのだ。
「……ありがとう」
彩歌は表情を綻ばせていた。
「彩歌ちゃんが喜んでくれて良かった。マカロンの意味は、分かるよね?」
風雅からそう言われ、彩歌は再び顔を赤く染める。
マカロンの意味、それは『あなたは特別な人』である。
素直になれない彩歌が頑張って風雅に愛情表現をするが、風雅はもっと大きな愛情表情を彩歌にしてくれる。
それが嬉しい反面、彩歌は少し焦ってしまうのであった。
しかしその心配は必要ない。
彩歌の不器用な愛情表現は風雅にとって破壊力抜群であり、風雅は絶対に彩歌を手放す気がないのである。
♪♪♪♪♪♪♪♪
花音はこの日の部活終わり、予備校の講義があった。
そして蓮斗も同じ時間帯の別の講義を受けていることを知っているので、花音は講義終わりに蓮斗を呼び止めた。
「晩沢先輩、今帰りですか?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、一緒に帰っても良いですか?」
変に思われないだろうかと少し不安になる。しかし、この日蓮斗に告白すると決めた花音は引くわけにはいかない。
「おう、良いぞ。じゃあ送って帰る。今日は人身事故起きてないと良いけどな」
蓮斗はフッと笑った。
この日は人身事故は起きておらず、普通に電車に乗ることが出来た花音と蓮斗。
部活のことや予備校のことなど、取り止めのない話をしながら、花音は鞄の中にある昨日作った生チョコタルトに意識を向ける。
(晩沢先輩に渡すのは……家の最寄り駅に着いてからかな)
花音はギュッと拳を握った。
「お、次だな」
蓮斗は電車内にある案内表示のディスプレイを見てそう呟いた。
(次……。長かったような、短かったような……)
花音はそう感じていた。
しばらくすると、電車は花音と蓮斗の家の最寄り駅に到着した。
花音と蓮斗は電車から降りる。
駅のホームには、そこそこ人がいた。
花音はそこで立ち止まる。
「ん? 桜井、どうした?」
階段を下り、改札口へ向かおうとした蓮斗だが、花音が立ち止まったことに気付いた。
次第にホームにいる人は少なくなる。
「あの、晩沢先輩に渡したいものがあって」
花音は鞄から蓮斗に作った生チョコタルトが入った箱を取り出す。
「それは?」
「生チョコタルトです。今日は……バレンタインですから」
少し緊張する花音。
「私……晩沢先輩のことが好きです。私と付き合ってください」
真っ直ぐ蓮斗を見て、花音はそう言った。
蓮斗は目を大きく見開いている。
まるで予想外とでも言うかのようだ。
少しの間、に沈黙が流れる。
花音にとってはその時間がとても長く感じた。
「ありがとう、桜井」
蓮斗はフッと優しく微笑み、花音から生チョコタルトが入った箱を受け取った。
「桜井が俺のことをそう思ってくれていたなんて、知らなかった。でも中学の頃、桜井を見てその……ホルンに何か可愛い子が入って来たなとは思った」
蓮斗の頬は、心なしか赤く染まっているような気がした。
花音の心臓はトクンと跳ねる。
蓮斗から「可愛い」と言われて嬉しくなった。
「俺は四月から受験生で、国立の医学部を目指してるから、あんまり遊ぶことは出来ないと思う。……それでも良いのなら、付き合おうか」
その言葉に、花音の表情はパアッと明るくなる。
「はい。嬉しいです。じゃあ晩沢先輩が合格したら、たくさんデートしましょう」
「いや待て桜井。俺が合格したら、次はお前が受験生だろう」
「あ……」
蓮斗に苦笑しながら指摘されて、花音はしょんぼり肩を落とす。
「桜井、俺は一年で合格する。だから、桜井も一年で決めてくれ」
優しく真っ直ぐな視線の蓮斗。
絶対に現役合格する覚悟が見えた。
「はい!」
花音は力強く頷いた。
「それまでは、図書館とか学校の図書室で勉強会デートですね」
「そうだな」
蓮斗はフッと笑っていた。
「じゃあ桜井、これからよろしく」
「はい」
花音は満面の笑みだった。



