二月に入った日の昼休み。
 いつものように奏は彩歌と花音の三人で昼ご飯を食べている。
 放送部による昼の放送では、バレンタインソングが流れていた。

(そういえば、もうすぐバレンタインか。響くんに渡すチョコ、どうしようかな?)
 奏はそのことを思い出し、響の姿を思い浮かべながら弁当に入っている卵焼きを食べる。
「もうすぐバレンタインだね。彩歌ちゃんと奏ちゃんは彼氏にチョコ渡すの?」
 放送部が流しているバレンタインソングに影響されたのか、花音は奏と彩歌にそう聞いた。
 何だかワクワクしている様子である。
「今そのことを考えていたの。市販のものを買うか手作りにするか、とか」
 響と付き合って初めてのバレンタイン。だから響に喜んでもらいたいと奏は考えていた。
「そっか。彩歌ちゃんは?」
「あたしは別に……」
 彩歌はややムスッとした様子で口ごもる。

 彩歌の彼氏である風雅は、容姿に恵まれておりチャラく、モテるタイプだろう。しかし彩歌と付き合い始めてからの風雅は彩歌一筋であることは奏も感じていた。

「でも、朝比奈先輩きっと彩歌ちゃんからのチョコ期待してると思うよ。せっかくだし一緒に手作りしようよ」
 そう言いながら花音は韓国語が書かれたお菓子の袋を取り出す。いかにも(から)そうなお菓子だった。

 花音から食べてみるかと勧められたが、奏は断っている。一度彩歌が好奇心に負けて花音のお菓子を食べたが、あまりの(から)さに悶絶していた。自動販売機で買った砂糖たっぷりのミルクティーで頑張って口の中を中和していたくらいである。

「何で手作り確定なわけ? ていうか、花音も誰かにあげるの?」
 彩歌はムスッとしているが、ほんのりと頬を赤く染めていた。
「うん。だから、彩歌ちゃんと奏ちゃんと一緒に作りたいなって思って」
 花音は激辛のお菓子を食べながら頬をほんのり赤く染め、はにかんでいた。
 その様子から、花音には好きな人がいるのだろうと奏は予測する。
「花音ちゃんは誰にあげるの?」
 すると花音は「絶対に他の人には内緒にしてね」と言い、声を小さくして奏と彩歌に顔を近付ける。
 奏と彩歌も花音の方に顔を近付けた。
「晩沢先輩にあげるの」
 花音は完全に恋する乙女の表情だった。
「晩沢先輩に……」
 予想外の名前が出て奏は目を丸くした。

 ユーフォニアム担当で吹奏楽部部長の蓮斗とは挨拶をするくらいしか接点はないが、真面目で責任感が強そうだと奏は感じていた。
 また、眼鏡をかけているので知的なイメージもあった。成績は二年生の学年主席なので実際頭も良い。

「まあ……晩沢先輩なら……」
 彩歌も予想外だったらしく、言葉に詰まっていた。

「二月十三日は先生の都合で部活も休みだから、彩歌ちゃんと奏ちゃんと一緒にバレンタインチョコ作りしたいなって思って」
 花音はふふっと照れた様子だ。
 その様子が可愛らしいと思い、奏は表情を綻ばせる。
「十三日は私の家なら午後七時まで誰もいないよ。バレンタインの日はまだギリギリ期末テストの十四日前に入らないから部活停止期間じゃないし、渡しやすいかもね」
「奏、乗り気じゃん……」
 彩歌は少し困惑していた。
「彩歌ちゃん、こういう時にきちんと好きって気持ちを伝えた方が良いんじゃない?」
 そう言った花音はどこか大人びて見えたので、彩歌も黙り込んだ。
 こうして奏、彩歌、花音の三人は二月十三日の放課後に材料を買って奏の家でバレンタインのお菓子を作ることになった。





♪♪♪♪♪♪♪♪





 二月十三日の放課後。
 材料を買った三人は奏の家へ向かった。

「うわあ。奏ちゃんの家って大きくて広いね。しかも高級感ある」
 花音は初めて来る奏の家に驚いていた。
「奏の家はお金持ちで音楽一家だからね」
 何度も奏の家に来たことがある彩歌はすっかり慣れていた。
「お父さんとお母さん達が帰って来る前に作っちゃおう」
 奏がそう呼びかけると、彩歌と花音も動き出した。

「彩歌はマドレーヌも作るんだよね? オーブン、余熱にしておかなくて良い?」
「……レシピには余熱なしって書いてあった」
「分かった。じゃあ先にトリュフの湯煎一緒にやろう」
「うん」
 奏はトリュフ、彩歌はトリュフとマドレーヌを作るのだ。
「彩歌ちゃん、マドレーヌも作るんだ」
 花音は意味ありげな視線を彩歌に送っている。
「花音、何なのその目は」
「いや、別に」
 花音はふふっと悪戯っぽく笑った。
「花音ちゃんは生チョコタルトを作るんだよね?」
「うん。と言っても、市販の一口サイズのタルトカップに湯煎して生クリームを混ぜたチョコを入れて固めるだけなんだけどね。晩沢先輩、ああ見えて甘いものも普通に食べるから」
 へへっと花音は笑う。

 奏達三人は、順調にバレンタインのお菓子を作り始めた。
(響くん、昔から苺チョコ好きだから、苺チョコのトリュフにしよう)
 奏は製菓用の苺チョコを湯煎で溶かし、レシピ通りの分量の生クリームを加えた。
 彩歌はトリュフの湯煎を終わらせた後、ある程度固まるまでの間はマドレーヌ作りに専念する。
 花音は奏や彩歌と同じように生チョコ用の湯煎をしている。

 皆それぞれ彼氏や意中の相手を想いながら作っていた。

「それで、花音は何で晩沢先輩を好きになったわけ?」
 トリュフや生チョコタルトは冷蔵庫で固まるのを待つだけ、マドレーヌも焼き上がるのを待つだけになった時、彩歌がそう切り出した。
「私もそれ気になる」
 奏は身を乗り出した。
 現在、奏達三人はリビングでリラックスした状態である。
「うん。実はね、晩沢先輩とは中学と予備校が同じなんだ。それで晩沢先輩と偶然予備校の帰りが同じになってね……」

 花音の話によると、蓮斗と一緒に帰っていた時人身事故で電車が満員で大変だったそうだ。蓮斗は花音は押しつぶされないよう電車の中で守ってくれたらしい。それがきっかけで花音は蓮斗を意識するようになったのだ。

「ふーん。晩沢先輩、何か意外」
「晩沢先輩って優しいんだね」
 意外そうに目を丸くする彩歌と穏やかに微笑む奏である。
「うん。晩沢先輩は……優しいし凄く頼りになる。彼女はいないみたいだけど、多分晩沢先輩の良さを知ってる人はいるだろうなって思ってる」
 頬を赤く染めて微笑んでいる花音。
「まあ……花音、明日頑張りなよ」
 少しだけぶっきらぼうだが、彩歌はどこか優しそうな表情だった。
「私も、応援してるよ。花音ちゃん」
「ありがとう。彩歌ちゃん、奏ちゃん」
 花音はまだ頬を赤く染めたままだった。

 三人で談笑しているうちに、トリュフや生チョコタルトは固まり、マドレーヌも焼き上がった。
 味見をした限りでは、どれも美味しかったからきっと大丈夫だろう。
 三人で食べ合ったので、今回友チョコはこれで済ませることで満場一致になる。
 こうして、奏、彩歌、花音はそれぞれラッピングを始めた。
(響くん、喜んでくれたら良いな)
 奏は響を想いながら苺チョコのトリュフを箱に詰めた。
 彩歌と花音も、それぞれ風雅と蓮斗を想いながらラッピングをしていた。

 二月十三日の夜、奏達は甘い気持ちを甘いお菓子と共に詰め込んだ。