①Cl二年 小日向響、Ob二年 雨松小夜、A.Sax二年 雨松セレナの場合
十一月のある日の放課後。
響は空き教室でクラリネットの個人練習をしていた。
(今のフレーズ、もう少し柔らかくしたいな)
響は楽譜の音符達をクラリネットで奏でている。
クラリネットの滑らかな音色が響き渡った時、勢い良く教室に入って来る者達がいた。
「やっほー小日向!」
「お邪魔するねー」
雨松従姉妹のセレナと小夜である。
「セレナさんに小夜さん、個人練飽きたんだね」
響は苦笑した。
小夜とセレナは個人練習に飽きるとこうして他の部員の所に遊びに来るのだ。
小夜は吹奏楽部の副部長であり、真面目そうな見た目なのだが意外と遊びに寛容である。
「お、そこクラ(※クラリネットの略)はそんな感じなんだ。ウチのサックスは丁度主旋律吹いてる。てか今小日向クラのファーストなんだ」
セレナはストラップにかけているアルトサックスを吹き始めた。
明るくノリノリである。
小夜もオーボエを吹き始める。
クラリネットはファースト、セカンド、サードの三つのパートに別れている。
響が担当するファーストは主旋律である。
(練習にも息抜きにもなるから良いか)
響も二人のノリに合わせてクラリネットを吹いた。
「そういえばさ、二人は何でその楽器を選んだの?」
演奏を終えた響は、ふと気になって小夜とセレナに聞いてみた。
「そんなの、格好良いからに決まってるじゃん」
セレナがすかさずそう答える。
「それに、アルトサックスって目立つじゃん。どうせ吹奏楽やるなら目立ちたいし」
屈託のない笑みのセレナである。
「私は中学の頃吹奏楽部に入部した時、最初はクラリネットと迷った。でも、オーボエの方が音の感じが好みだったから」
小夜はオーボエを見て微笑んでいる。
愛着があるようだ。
「そういう小日向は何でクラ選んだの? 確か中学からクラやってるよね?」
「俺は……」
セレナからの問いに、響は少し口ごもる。
響がクラリネットを始めたのは、昔音楽教室で見せてもらった動画がきっかけだ。フルートとクラリネットの二重奏を奏とやる為に、響は中学生になったら吹奏楽部に入部し、クラリネットを始めた。
しかし、それを正直に言うと二人から揶揄われることは間違いない。
よって響は本当のことを混ぜつつ誤魔化すことにした。
「実は昔、ピアノ習ってた時に先生から見せてもらった動画があってさ。それがクラリネットの動画だった。で、何か良いなって思って、中学入って始めた感じ」
「へえ、そうなんだ」
「ま、楽器始めるきっかけはウチみたいに格好良さそうとか軽い感じで良いんじゃない?」
小夜とセレナは納得したようで、深くは突っ込まれなかった。
響はホッとし、再びクラリネットを吹いていた。
②Fl一年 大月奏、Pic一年 天沢彩歌、Hr一年 桜井花音の場合
奏と彩歌が練習している教室前を、ホルンや譜面台などを抱えた花音が通りかかった。
「あ、花音、委員会終わったんだ。お疲れ様」
「うん。校内美会員の掃除、ちょっと面倒だった」
「花音ちゃん、お疲れ様」
委員会の仕事を終えた花音を労う二人。
「ありがとう。何かもう委員会で疲れて部活やる気ないよー」
花音は力なくへにゃりと笑った。
「あー、そういう時あたしもある。部活怠いってたまに思う」
彩歌はピッコロを机に置いて椅子にもたれかかる。
「私も、フルートは好きだけど時々部活が面倒だなって思うことあるよ。もっと自由に気楽にフルートを吹きたい時あるから」
奏は苦笑した。
楽譜通りに演奏することも大切だが、時には自由に演奏したい奏である。
その後、奏は練習を休憩し、彩歌と花音と談笑していた。
「フルートって譜面凄いね。かなり高い。あ、でもこの辺なら吹けるかも」
奏の楽譜を見た花音は、ホルンを吹き始める。
フルートの楽譜なので、結構高音だ。
ホルンでこの音域を出すのは難しそうである。
しかし花音のホルンは優しくクリアな高音を奏でていた。
「花音ちゃんってホルンの高音得意だよね」
一般的に、ホルンの高音域は出すのがかなり難しい。しかし花音のホルンは高音も比較的安定しており、奏は凄いと思った。
「中学時代、練習頑張ったら出せるようになったんだ」
花音は少し得意げな表情である。
「この曲のサビの部分、アクセントでホルンの高音あるよね。あたし、あの時の花音の音、めちゃくちゃ好き」
彩歌は楽譜が挟んであるファイルをめくり、お目当ての楽譜のページを開いた。
「ありがとう。今私、ファーストやってるから」
花音は嬉しそうである。
ホルンはファースト、セカンド、サード、フォースの四つパートに別れており、現在花音は主旋律で比較的高音のファーストを担当しているようだ。
「そういえば花音って中学も吹奏楽部だったじゃん。何でホルン選んだの?」
「私もそれ花音ちゃんに聞いてみたかった」
奏は少しだけ花音の方に身を乗り出した。
「大した理由じゃないよ。金管か木管、やるとしたら金管かなって思って、それで金管楽器の中でもホルンの形が何か可愛かったから」
やや照れたような表情の花音。
確かにホルンは特徴的な形をしている。
「でも、最初ホルンを選んで後悔した。だって他の金管と比べてマッピ小さくて音出しにくいんだもん」
「あ、それよく聞く」
彩歌はクスッと笑う。
「彩歌ちゃんと奏ちゃんは何で今の楽器選んだの?」
今度は花音からの質問だ。
「あたしは中学の時、奏がいるから吹奏楽部に入部して、奏と同じ楽器やりたいから最初はフルートやってた。でもフルートが吹けるようになってから中一の中で実力ある誰かピッコロに回って欲しいって言われて……ジャンケンで負けてピッコロになった。本来は一年からピッコロは出さないはずだったんだけど、あの年は奏がいたし、奏の教え方が上手いから一年全員上達してさ」
「あの時の彩歌、凄く不機嫌だったよね」
奏は吹奏楽部に所属していた中学一年生の時のことを思い出し、懐かしくなった。
「でも、違う楽器で奏と演奏するの結構楽しかったし、今はもうピッコロに愛着湧いてピッコロ以外考えられなくなってる」
彩歌はピッコロを大切そうに抱きかかえた。
「そっか」
花音はふふっと微笑んだ。そして奏の方を見る。
「奏ちゃんは? 確かお父さんがチェリストで、お母さんがヴァイオリニストでしょう? 何で全然違うフルートなの? 吹奏楽やるなら同じ弦楽器のコントラバスもあったのに」
花音はきょとんと首を傾げている。
昔から両親のことを話すと、よく聞かれる質問だっだ。
奏は初めてフルートの存在を知った時のことを思い出し、懐かしくなる。
「五歳くらいの時だったかな。お父さんとお母さんが所属する交響楽団のコンサートを見に行った時、もちろんお父さんのチェロとお母さんのヴァイオリンも良いなって思ったんだけど、一番目を惹かれたのがフルートだったの」
奏は当時の様子を思い出し、胸の中はときめきであふれていた。
フルートの音色を聞いた時、奏の目の前がキラキラと輝き出したような気がしたのだ。
まだ五歳で幼かったが、その時の感動は今でも覚えている。
「あの音が出せたら良いなって幼いながら思った。だから、お父さんとお母さんが私に音楽関係の習い事をさせようとしていた時、迷わずフルートを選んだの」
奏はそっと自分のフルートに触れる。
彩歌と花音は黙って聞いていた。
「中一の時、個人的に出たフルートコンクールの本番で腱鞘炎が悪化して棄権してからは、フルートから離れていたけど……フルートを辞めなくて良かったって思ってる。やっぱり私、フルートが好きだし、フルートの道に進みたいから」
それは絶対に諦めたくない奏の夢である。
「そうだったんだ。奏ちゃんって、クールに見えて結構情熱秘めてるね」
「奏はこう見えて結構熱いタイプだよ」
花音と彩歌は楽しそうにクスクスと笑っていた。
「奏、あたしは奏の夢、応援してるから」
「私も、応援してるよ、奏ちゃん」
「ありがとう、二人共」
友人二人からの言葉に、奏は嬉しくなった。
十一月のある日の放課後。
響は空き教室でクラリネットの個人練習をしていた。
(今のフレーズ、もう少し柔らかくしたいな)
響は楽譜の音符達をクラリネットで奏でている。
クラリネットの滑らかな音色が響き渡った時、勢い良く教室に入って来る者達がいた。
「やっほー小日向!」
「お邪魔するねー」
雨松従姉妹のセレナと小夜である。
「セレナさんに小夜さん、個人練飽きたんだね」
響は苦笑した。
小夜とセレナは個人練習に飽きるとこうして他の部員の所に遊びに来るのだ。
小夜は吹奏楽部の副部長であり、真面目そうな見た目なのだが意外と遊びに寛容である。
「お、そこクラ(※クラリネットの略)はそんな感じなんだ。ウチのサックスは丁度主旋律吹いてる。てか今小日向クラのファーストなんだ」
セレナはストラップにかけているアルトサックスを吹き始めた。
明るくノリノリである。
小夜もオーボエを吹き始める。
クラリネットはファースト、セカンド、サードの三つのパートに別れている。
響が担当するファーストは主旋律である。
(練習にも息抜きにもなるから良いか)
響も二人のノリに合わせてクラリネットを吹いた。
「そういえばさ、二人は何でその楽器を選んだの?」
演奏を終えた響は、ふと気になって小夜とセレナに聞いてみた。
「そんなの、格好良いからに決まってるじゃん」
セレナがすかさずそう答える。
「それに、アルトサックスって目立つじゃん。どうせ吹奏楽やるなら目立ちたいし」
屈託のない笑みのセレナである。
「私は中学の頃吹奏楽部に入部した時、最初はクラリネットと迷った。でも、オーボエの方が音の感じが好みだったから」
小夜はオーボエを見て微笑んでいる。
愛着があるようだ。
「そういう小日向は何でクラ選んだの? 確か中学からクラやってるよね?」
「俺は……」
セレナからの問いに、響は少し口ごもる。
響がクラリネットを始めたのは、昔音楽教室で見せてもらった動画がきっかけだ。フルートとクラリネットの二重奏を奏とやる為に、響は中学生になったら吹奏楽部に入部し、クラリネットを始めた。
しかし、それを正直に言うと二人から揶揄われることは間違いない。
よって響は本当のことを混ぜつつ誤魔化すことにした。
「実は昔、ピアノ習ってた時に先生から見せてもらった動画があってさ。それがクラリネットの動画だった。で、何か良いなって思って、中学入って始めた感じ」
「へえ、そうなんだ」
「ま、楽器始めるきっかけはウチみたいに格好良さそうとか軽い感じで良いんじゃない?」
小夜とセレナは納得したようで、深くは突っ込まれなかった。
響はホッとし、再びクラリネットを吹いていた。
②Fl一年 大月奏、Pic一年 天沢彩歌、Hr一年 桜井花音の場合
奏と彩歌が練習している教室前を、ホルンや譜面台などを抱えた花音が通りかかった。
「あ、花音、委員会終わったんだ。お疲れ様」
「うん。校内美会員の掃除、ちょっと面倒だった」
「花音ちゃん、お疲れ様」
委員会の仕事を終えた花音を労う二人。
「ありがとう。何かもう委員会で疲れて部活やる気ないよー」
花音は力なくへにゃりと笑った。
「あー、そういう時あたしもある。部活怠いってたまに思う」
彩歌はピッコロを机に置いて椅子にもたれかかる。
「私も、フルートは好きだけど時々部活が面倒だなって思うことあるよ。もっと自由に気楽にフルートを吹きたい時あるから」
奏は苦笑した。
楽譜通りに演奏することも大切だが、時には自由に演奏したい奏である。
その後、奏は練習を休憩し、彩歌と花音と談笑していた。
「フルートって譜面凄いね。かなり高い。あ、でもこの辺なら吹けるかも」
奏の楽譜を見た花音は、ホルンを吹き始める。
フルートの楽譜なので、結構高音だ。
ホルンでこの音域を出すのは難しそうである。
しかし花音のホルンは優しくクリアな高音を奏でていた。
「花音ちゃんってホルンの高音得意だよね」
一般的に、ホルンの高音域は出すのがかなり難しい。しかし花音のホルンは高音も比較的安定しており、奏は凄いと思った。
「中学時代、練習頑張ったら出せるようになったんだ」
花音は少し得意げな表情である。
「この曲のサビの部分、アクセントでホルンの高音あるよね。あたし、あの時の花音の音、めちゃくちゃ好き」
彩歌は楽譜が挟んであるファイルをめくり、お目当ての楽譜のページを開いた。
「ありがとう。今私、ファーストやってるから」
花音は嬉しそうである。
ホルンはファースト、セカンド、サード、フォースの四つパートに別れており、現在花音は主旋律で比較的高音のファーストを担当しているようだ。
「そういえば花音って中学も吹奏楽部だったじゃん。何でホルン選んだの?」
「私もそれ花音ちゃんに聞いてみたかった」
奏は少しだけ花音の方に身を乗り出した。
「大した理由じゃないよ。金管か木管、やるとしたら金管かなって思って、それで金管楽器の中でもホルンの形が何か可愛かったから」
やや照れたような表情の花音。
確かにホルンは特徴的な形をしている。
「でも、最初ホルンを選んで後悔した。だって他の金管と比べてマッピ小さくて音出しにくいんだもん」
「あ、それよく聞く」
彩歌はクスッと笑う。
「彩歌ちゃんと奏ちゃんは何で今の楽器選んだの?」
今度は花音からの質問だ。
「あたしは中学の時、奏がいるから吹奏楽部に入部して、奏と同じ楽器やりたいから最初はフルートやってた。でもフルートが吹けるようになってから中一の中で実力ある誰かピッコロに回って欲しいって言われて……ジャンケンで負けてピッコロになった。本来は一年からピッコロは出さないはずだったんだけど、あの年は奏がいたし、奏の教え方が上手いから一年全員上達してさ」
「あの時の彩歌、凄く不機嫌だったよね」
奏は吹奏楽部に所属していた中学一年生の時のことを思い出し、懐かしくなった。
「でも、違う楽器で奏と演奏するの結構楽しかったし、今はもうピッコロに愛着湧いてピッコロ以外考えられなくなってる」
彩歌はピッコロを大切そうに抱きかかえた。
「そっか」
花音はふふっと微笑んだ。そして奏の方を見る。
「奏ちゃんは? 確かお父さんがチェリストで、お母さんがヴァイオリニストでしょう? 何で全然違うフルートなの? 吹奏楽やるなら同じ弦楽器のコントラバスもあったのに」
花音はきょとんと首を傾げている。
昔から両親のことを話すと、よく聞かれる質問だっだ。
奏は初めてフルートの存在を知った時のことを思い出し、懐かしくなる。
「五歳くらいの時だったかな。お父さんとお母さんが所属する交響楽団のコンサートを見に行った時、もちろんお父さんのチェロとお母さんのヴァイオリンも良いなって思ったんだけど、一番目を惹かれたのがフルートだったの」
奏は当時の様子を思い出し、胸の中はときめきであふれていた。
フルートの音色を聞いた時、奏の目の前がキラキラと輝き出したような気がしたのだ。
まだ五歳で幼かったが、その時の感動は今でも覚えている。
「あの音が出せたら良いなって幼いながら思った。だから、お父さんとお母さんが私に音楽関係の習い事をさせようとしていた時、迷わずフルートを選んだの」
奏はそっと自分のフルートに触れる。
彩歌と花音は黙って聞いていた。
「中一の時、個人的に出たフルートコンクールの本番で腱鞘炎が悪化して棄権してからは、フルートから離れていたけど……フルートを辞めなくて良かったって思ってる。やっぱり私、フルートが好きだし、フルートの道に進みたいから」
それは絶対に諦めたくない奏の夢である。
「そうだったんだ。奏ちゃんって、クールに見えて結構情熱秘めてるね」
「奏はこう見えて結構熱いタイプだよ」
花音と彩歌は楽しそうにクスクスと笑っていた。
「奏、あたしは奏の夢、応援してるから」
「私も、応援してるよ、奏ちゃん」
「ありがとう、二人共」
友人二人からの言葉に、奏は嬉しくなった。



