学校、部活、フルートのレッスンなど、目まぐるしく時が過ぎ、いつの間にか十二月になっていた。
(いよいよ明日が本選……。大丈夫、きっと大丈夫)
フルートの個人レッスンを終え、先生からも太鼓判を押された奏。
帰宅した奏は大月家の楽器部屋で深呼吸をし、もう一度コンクールの曲を演奏した。
いつも通り、狂いなく曲を終えたことで、ホッと肩を撫で下ろす奏。
その時、スマートフォンに連絡が入る。
響からだ。
《かなちゃん、いよいよ明日本選だね。かなちゃんならきっと大丈夫だよ。俺も応援しに行くから》
そのメッセージを見て表情を綻ばせる奏。
響の言葉は、奏の胸の中にスッと染み込む。
幼い頃から、ずっと奏を応援してくれた響。
奏にとって、響の言葉は特別だった。
響の言葉にどれ程勇気付けられたことか。
《ありがとう、響くん》
奏は簡潔に返信し、丁寧にフルートを片付けるのであった。
(うん、きっと大丈夫。響くんが応援してくれるなら……)
奏は胸に手を当て、ゆっくりと目を閉じた。
そして迎えた本選当日。
いつも通りのコンディションではあるが、やはり自身の番が近付くと緊張してしまう。
(直前の練習もいつも通り出来た。衣装も変なところはない)
奏はコンクール用の淡い紫のロングドレスを着用していた。
(それに……響くんも来てくれているから)
奏は深呼吸をした。
そして奏の番になり、ゆっくりとステージに立ち、演奏を始めるのであった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
(わあ……かなちゃん、凄い……綺麗だ……)
響は客席で奏の姿を見つめていた。
淡い紫のロングドレスは奏をより大人っぽく演出している。
演奏を聴きに来たのだが、奏のドレス姿にも見惚れてしまう響なのだ。
そして奏の演奏が始まる。
奏の繊細な指が、フルートのキーを押さえる。
長い睫毛に縁取られた奏の大きな目がまるで宝石のように輝いていることは、客席からでも分かった。
優雅な音が会場全体を包み込む。奏のフルートの音には、更なる煌びやかさが加わっていた。
ずっと聞いていたくなるような、軽やかさと深みがあり華やかな音である。そしてその音は、まるで自分を見てと言っているかのようだった。
(今までの中で一番良い音だ……! 凄い、凄過ぎるよ!)
響は奏から目が離せなかった。
奏が会場内に響かせる音は、響の胸にすっと染み渡る。まるで、人生で一番幸せな時間のような気がした。
奏の演奏が終わると、会場は盛大な拍手に包まれる。響もこの感動を伝えるかのような拍手を奏に送っていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
本選の表彰式は当日中に行われる。
(ベストを尽くした。後は結果を待つだけ。私個人としては、かなり満足)
本番を終えた奏は落ち着いた様子で審査員達からの所感を聞いていた。
そしていよいよ結果発表である。
五位から順に発表されている。
二位の段階でも、奏の名前は呼ばれないままいよいよ一位の発表となった。
(まあ、私より実力のある人は大勢いるからね)
奏は若干諦めたように軽くため息をつく。
その時、一位が発表された。
「第一位……大月奏」
見事に奏の名前が呼ばれた。
奏は目を大きく見開き、ゆっくりと立ち上がる。ステージでトロフィーを受け取った瞬間、会場が大きく湧いた。
(私……あの時を超えたんだ)
思わず奏の目からは涙がこぼれた。
かつて棄権したコンクールで、奏は見事一位になったのだ。
それだけではなかった。
奏はコンクールで一位になったことで、色々な音楽関係者に声をかけられた。
「大月さん、高校卒業後の進路は決めていますか? もし良ければ、うちの音大の受験を考えていただけたらと」
「大月さん、是非私のレッスンを受けてもらいたい」
「大月さん、留学には興味ありますか? あなたなら海外の音楽大学や音楽院に行っても十分やっていけると思いますが」
「海外留学……」
奏は目を大きく見開く。
今まであまり考えていなかった道だった。
自分の未来が確実に開けていくような気がした。
(今のところ、日本の音大を志望しているけど、そういう道もあるんだ……)
そして、脳裏に浮かぶのは響の姿。
(私の将来、そして響くんのこと……何もかも諦めたくない。やっぱり私って欲張りだ)
奏は力強く微笑んでいた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「かなちゃん!」
会場の外で待っていた響は奏の姿を見た瞬間駆け寄った。
もう十二月なので日は短く、今にも夜を迎えそうである。
「響くん」
奏は安心したように、嬉しそうに目を細めた。今は幼馴染モードなので敬語は使わないようだ。
「かなちゃん、一位おめでとう! かなちゃんの演奏、今までで一番良かった!」
まるで自分のことのように、奏以上に喜ぶ響。
「ありがとう。何だかようやく三年前を乗り越えられた気分」
奏は達成感に満ちあふれた表情だ。
その表情が、響を更に嬉しくさせる。
「本当に、おめでとう。嬉し過ぎてどうにかしそうだよ」
響は興奮から醒めない様子だ。冬の冷たい空気とは裏腹に、響の心身は熱くなっている。まるで自分のことのように喜んでいた。
その様子を見て奏はクスッと笑い、近くのベンチに座った。
響も奏の隣に座る。
「あのね響くん、私が一位になったことで、音楽関係者に声をかけられたの。音大の先生からうちの大学を受けてみないかとか、レッスンに参加しないか、とか……留学してみないか、とか」
「留学!? かなちゃん、海外留学するの!?」
響は驚いて目を見開く。
「まだ分からないよ。でも、そういう道もあるんだって思って」
奏は空を見上げた。
その横顔は、いつも以上に綺麗だと思う響である。
「そっか。もしかなちゃんが海外に留学するのなら……やっぱり寂しい。小学生の時みたいにまた離れ離れになる感じでさ」
響は地面に目を向ける。
奏と離れたくないという思いがあったのだ。
「でも、俺……かなちゃんが本気なら、かなちゃんの夢を応援したい」
響は真っ直ぐ奏を見た。
奏と離れたくないのも本心だが、奏が大切にしていることを自分も大切にしたいというのも響の本心だった。
「ありがとう、響くん。私、まだ高校一年だから、将来どんな進路を取るかは分からないけどね。今は日本の音大を志望しているけど」
奏はふふっと笑った。
その答えに、響は少しだけホッとするのであった。
(かなちゃんがどんな道に進んでも、俺はずっとかなちゃんのことが好きだ)
響はそう思うのであった。
(いよいよ明日が本選……。大丈夫、きっと大丈夫)
フルートの個人レッスンを終え、先生からも太鼓判を押された奏。
帰宅した奏は大月家の楽器部屋で深呼吸をし、もう一度コンクールの曲を演奏した。
いつも通り、狂いなく曲を終えたことで、ホッと肩を撫で下ろす奏。
その時、スマートフォンに連絡が入る。
響からだ。
《かなちゃん、いよいよ明日本選だね。かなちゃんならきっと大丈夫だよ。俺も応援しに行くから》
そのメッセージを見て表情を綻ばせる奏。
響の言葉は、奏の胸の中にスッと染み込む。
幼い頃から、ずっと奏を応援してくれた響。
奏にとって、響の言葉は特別だった。
響の言葉にどれ程勇気付けられたことか。
《ありがとう、響くん》
奏は簡潔に返信し、丁寧にフルートを片付けるのであった。
(うん、きっと大丈夫。響くんが応援してくれるなら……)
奏は胸に手を当て、ゆっくりと目を閉じた。
そして迎えた本選当日。
いつも通りのコンディションではあるが、やはり自身の番が近付くと緊張してしまう。
(直前の練習もいつも通り出来た。衣装も変なところはない)
奏はコンクール用の淡い紫のロングドレスを着用していた。
(それに……響くんも来てくれているから)
奏は深呼吸をした。
そして奏の番になり、ゆっくりとステージに立ち、演奏を始めるのであった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
(わあ……かなちゃん、凄い……綺麗だ……)
響は客席で奏の姿を見つめていた。
淡い紫のロングドレスは奏をより大人っぽく演出している。
演奏を聴きに来たのだが、奏のドレス姿にも見惚れてしまう響なのだ。
そして奏の演奏が始まる。
奏の繊細な指が、フルートのキーを押さえる。
長い睫毛に縁取られた奏の大きな目がまるで宝石のように輝いていることは、客席からでも分かった。
優雅な音が会場全体を包み込む。奏のフルートの音には、更なる煌びやかさが加わっていた。
ずっと聞いていたくなるような、軽やかさと深みがあり華やかな音である。そしてその音は、まるで自分を見てと言っているかのようだった。
(今までの中で一番良い音だ……! 凄い、凄過ぎるよ!)
響は奏から目が離せなかった。
奏が会場内に響かせる音は、響の胸にすっと染み渡る。まるで、人生で一番幸せな時間のような気がした。
奏の演奏が終わると、会場は盛大な拍手に包まれる。響もこの感動を伝えるかのような拍手を奏に送っていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
本選の表彰式は当日中に行われる。
(ベストを尽くした。後は結果を待つだけ。私個人としては、かなり満足)
本番を終えた奏は落ち着いた様子で審査員達からの所感を聞いていた。
そしていよいよ結果発表である。
五位から順に発表されている。
二位の段階でも、奏の名前は呼ばれないままいよいよ一位の発表となった。
(まあ、私より実力のある人は大勢いるからね)
奏は若干諦めたように軽くため息をつく。
その時、一位が発表された。
「第一位……大月奏」
見事に奏の名前が呼ばれた。
奏は目を大きく見開き、ゆっくりと立ち上がる。ステージでトロフィーを受け取った瞬間、会場が大きく湧いた。
(私……あの時を超えたんだ)
思わず奏の目からは涙がこぼれた。
かつて棄権したコンクールで、奏は見事一位になったのだ。
それだけではなかった。
奏はコンクールで一位になったことで、色々な音楽関係者に声をかけられた。
「大月さん、高校卒業後の進路は決めていますか? もし良ければ、うちの音大の受験を考えていただけたらと」
「大月さん、是非私のレッスンを受けてもらいたい」
「大月さん、留学には興味ありますか? あなたなら海外の音楽大学や音楽院に行っても十分やっていけると思いますが」
「海外留学……」
奏は目を大きく見開く。
今まであまり考えていなかった道だった。
自分の未来が確実に開けていくような気がした。
(今のところ、日本の音大を志望しているけど、そういう道もあるんだ……)
そして、脳裏に浮かぶのは響の姿。
(私の将来、そして響くんのこと……何もかも諦めたくない。やっぱり私って欲張りだ)
奏は力強く微笑んでいた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「かなちゃん!」
会場の外で待っていた響は奏の姿を見た瞬間駆け寄った。
もう十二月なので日は短く、今にも夜を迎えそうである。
「響くん」
奏は安心したように、嬉しそうに目を細めた。今は幼馴染モードなので敬語は使わないようだ。
「かなちゃん、一位おめでとう! かなちゃんの演奏、今までで一番良かった!」
まるで自分のことのように、奏以上に喜ぶ響。
「ありがとう。何だかようやく三年前を乗り越えられた気分」
奏は達成感に満ちあふれた表情だ。
その表情が、響を更に嬉しくさせる。
「本当に、おめでとう。嬉し過ぎてどうにかしそうだよ」
響は興奮から醒めない様子だ。冬の冷たい空気とは裏腹に、響の心身は熱くなっている。まるで自分のことのように喜んでいた。
その様子を見て奏はクスッと笑い、近くのベンチに座った。
響も奏の隣に座る。
「あのね響くん、私が一位になったことで、音楽関係者に声をかけられたの。音大の先生からうちの大学を受けてみないかとか、レッスンに参加しないか、とか……留学してみないか、とか」
「留学!? かなちゃん、海外留学するの!?」
響は驚いて目を見開く。
「まだ分からないよ。でも、そういう道もあるんだって思って」
奏は空を見上げた。
その横顔は、いつも以上に綺麗だと思う響である。
「そっか。もしかなちゃんが海外に留学するのなら……やっぱり寂しい。小学生の時みたいにまた離れ離れになる感じでさ」
響は地面に目を向ける。
奏と離れたくないという思いがあったのだ。
「でも、俺……かなちゃんが本気なら、かなちゃんの夢を応援したい」
響は真っ直ぐ奏を見た。
奏と離れたくないのも本心だが、奏が大切にしていることを自分も大切にしたいというのも響の本心だった。
「ありがとう、響くん。私、まだ高校一年だから、将来どんな進路を取るかは分からないけどね。今は日本の音大を志望しているけど」
奏はふふっと笑った。
その答えに、響は少しだけホッとするのであった。
(かなちゃんがどんな道に進んでも、俺はずっとかなちゃんのことが好きだ)
響はそう思うのであった。



