『ごめん、彩歌ちゃん。俺、君のこと全然知らなかった。きっと知らずに傷付けてた。……謝ってどうなるとかじゃないけど、ごめん』
『じゃあさ、せめて俺くらいは彩歌ちゃんのことを優先に考えさせてよ。奏ちゃんと合流しようにも、その足じゃ辛いでしょ。それに、その下駄だと歩けないじゃん』
『俺、彩歌ちゃんが好きだ。友達思いなところや正義感が強いところとか、何もかも、全部。どうしようもないくらいに』
彩歌の脳内は、風雅の言葉がリピートしていた。
(もう、本当何なのあいつ)
彩歌は体育祭で風雅に告白されて以降、自分が自分でなくなるような感覚になり戸惑っていた。
(あいつのせいで奏にも心配かけちゃったじゃん)
昼休み、奏に様子がおかしいことを指摘された彩歌。
奏ならきっと彩歌がスッキリするまで付き合ってくれる。だが、今の彩歌はそれを望んでいない。
音楽大学に進むと決め、かつて棄権したフルートコンクールに出ることも決めた奏。
彩歌は未来へ進み出している奏の時間を邪魔したくなかったのだ。
「彩歌ちゃん、音楽室通り過ぎてるよ」
「あ……」
花音に指摘されて、ハッとする彩歌。
一番端にある音楽室の入り口を通り過ぎ、行き止まりになっていた。
「彩歌ちゃん……やっぱり朝比奈先輩のこと考えてた?」
「何であいつのことなんか!?」
ふふっと笑う花音に対し、顔を真っ赤にして反抗する彩歌。
「そっか」
全てを察しているかのように微笑む花音。
彩歌は何も言えなくなる。
その時、後ろの方から風雅の声が聞こえた。
「なあ響、そういやさっきの数B、課題何ページまでって言ってた?」
「九十ページから九十三ページ」
「おう、ありがと。そこだけドンピシャ聞いてなくてさ」
同じクラスの響と一緒に音楽室に向かって来ているところである。
「……花音、早く入ろう!」
「どうせ今から部活で顔を合わせるのに」
「良いから早く! それに今日は多分個人とかパー練(※パート練習の略)だからあんま会わないし!」
彩歌は花音を引き連れていそいそと音楽室に入るのであった。
この日、彩歌は風雅のことを考えないようひたすら譜面を見てピッコロを吹き続けていた。
彩歌のピッコロの音は、いつもよりやや激しく刺々しいものになっていた。
(今日、何か部活が長く感じた……)
部活の終礼を終えた彩歌は少し疲れている様子だ。
丁度彩歌がピッコロを片付け終わった頃、花音がやって来る。
「彩歌ちゃん、せっかくだし今日晩ご飯食べて帰らない? 駅前の所で」
「良いけど」
疲れている彩歌は一言そう答えるのが限界だった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
部活終わり、彩歌と花音がやって来たのは駅前のイタリアンファミレスである。
全国チェーンのこのファミレスは、値段が安く味も安定しているので庶民の味方なのだ。
アルバイトをしておらず、親からもらう小遣いによりやりくりをする彩歌と花音にとっては大変助かる場所である。
「彩歌ちゃん、一応聞かないようにはしてたけど……体育祭の時、朝比奈先輩に告白されたでしょ? で、返事はまだしてない」
熱々のドリアを食べながらふふっと笑う花音。
「花音ってさ……妙に勘が鋭いよね」
花音と同じドリアを食べながら、彩歌はややムスッとする。
「あれは何というか、分かりやすかったよ。体育祭の時の朝比奈先輩の態度も、戻って来た彩歌ちゃんの態度も」
クスクスと笑っている花音。
「あの後から彩歌ちゃん、どうしたら良いか分かんないってずっと顔に書いてあるよ」
彩歌よりも身長が低く小動物のような花音だが、どこか大人びて見えた。
「あたしってさよく男子から美人って言われるせいで色々とトラブルが多くて……」
彩歌は過去を思い出し、表情が暗くなる。
小学六年生の終わり頃、クラスのリーダー格の女子から目を付けられた彩歌。理由はその女子が好意を寄せる男子が、彩歌に告白したから。
当時の彩歌は恋愛など分からず断ったが、リーダー格の女子はその男子が彩歌を好きになったことが気に入らず、彩歌を攻撃し始めた。
そのせいで彩歌は孤立してしまう。男子も助けてくれないのだ。
中学生になってもその女子と同じクラスになってしまい、入学当初から孤立してしまう彩歌。
しかし奏が助けてくれたことで彩歌はこれ以上嫌な思いをせずに済んだのである。
「男なんて、自分が楽しければこっちがどうなろうとお構いなし。だから大っ嫌いなのに……」
彩歌の脳裏には風雅の姿が浮かぶ。
それが何だか悔しかった。
「大変だったね、彩歌ちゃん」
花音は優しげな表情だ。まるで母親や姉のようである。
「うん……」
彩歌はため息をつき、ドリアを食べる。
「でも彩歌ちゃん、朝比奈先輩は少し違うって思ってるでしょう」
「それは……」
花音のその言葉に、彩歌の動きが止まる。
『ごめん、彩歌ちゃん。俺、君のこと全然知らなかった。きっと知らずに傷付けてた。……謝ってどうなるとかじゃないけど、ごめん』
文化祭の時、風雅は彩歌のことを理解しようとしてくれた。
『じゃあさ、せめて俺くらいは彩歌ちゃんのことを優先に考えさせてよ。奏ちゃんと合流しようにも、その足じゃ辛いでしょ。それに、その下駄だと歩けないじゃん』
夏祭りの時、風雅は真剣に彩歌の心配をしてくれた。
『俺、彩歌ちゃんが好きだ。友達思いなところや正義感が強いところとか、何もかも、全部。どうしようもないくらいに』
体育祭の時の風雅からの告白。今まで何度も異性から告白されたことがある彩歌だが、その中でも一番真剣な告白だった。
「あいつは何であたしの心をかき乱すの?」
ポツリと呟く彩歌。
その頬は、真っ赤に染まっていた。
「彩歌ちゃん、朝比奈先輩のことが好きなんだね」
花音の言葉に、彩歌はムスッとしながら頷く。やや認めたくない事実だった。
「そっか」
花音は穏やかに微笑んでいた。
「恋愛ってさ、見てる分には楽しいけど巻き込まれると面倒だよね。私も二学期始まってすぐに巻き込まれたから」
花音は再びドリアを食べ、苦笑した。
「……二学期始まってから花音も大変だったもんね」
以前、花音がクラスのギャル達から悪口を言われたり私物を捨てられたりしていたことを思い出した彩歌。
それを救ったのが彩歌と奏である。
花音がギャル達に睨まれる原因になったのが、やはり恋愛関連のことだった。
「でも、彩歌ちゃんにもうすぐ彼氏が出来そうなの、羨ましいかも」
ニヤリと笑う花音。
「あいつが彼氏とか」
風雅を思い浮かべ、苦笑する彩歌。
「ていうか、花音も彼氏いるんじゃないの? ほら、あのギャル達の写真に写ってたとか」
「ああ、あれは彼氏じゃないよ。ただ予備校が同じで、同じバンドが好きだから一緒にフェスに行っただけの友達。それがあのギャルが好きな人だったみたいでね」
花音は苦笑した。
「恋愛って面倒だなとか思いつつ、彩歌ちゃんや奏ちゃん見てるとやっぱり彼氏欲しいかもって思っちゃう。奏ちゃんも何か良い雰囲気じゃん。小日向先輩と」
花音は悪戯っぽく笑った。
「あ、やっぱりそこ気付くんだ。あの男、奏のこと好きなのバレバレ」
「奏ちゃんも、多分満更でもないはずだよ」
「え、嘘!?」
彩歌はギョッとする。
「本当に何となくだけどね。でも、奏ちゃん、今コンクールで忙しそうだし」
「奏のコンクール本戦、家の用事がなければ絶対行ってたけど……」
彩歌は少し悔しそうな表情で残り一口のドリアを食べる。
「まずは奏のコンクール結果を聞いてから……あいつに返事してみる」
空になった皿を見ながら、彩歌はそう決めた。
「そっか。だけど朝比奈先輩、かなりモテると思うから、のんびりしてたらもう他に彼女出来ちゃうんじゃない?」
「そんな待てないような男、こっちらか願い下げだし」
いつの間にか、強気の彩歌に戻っていた。
(奏のコンクールが終わったら……)
彩歌の心は少しだけスッキリしていた。
『じゃあさ、せめて俺くらいは彩歌ちゃんのことを優先に考えさせてよ。奏ちゃんと合流しようにも、その足じゃ辛いでしょ。それに、その下駄だと歩けないじゃん』
『俺、彩歌ちゃんが好きだ。友達思いなところや正義感が強いところとか、何もかも、全部。どうしようもないくらいに』
彩歌の脳内は、風雅の言葉がリピートしていた。
(もう、本当何なのあいつ)
彩歌は体育祭で風雅に告白されて以降、自分が自分でなくなるような感覚になり戸惑っていた。
(あいつのせいで奏にも心配かけちゃったじゃん)
昼休み、奏に様子がおかしいことを指摘された彩歌。
奏ならきっと彩歌がスッキリするまで付き合ってくれる。だが、今の彩歌はそれを望んでいない。
音楽大学に進むと決め、かつて棄権したフルートコンクールに出ることも決めた奏。
彩歌は未来へ進み出している奏の時間を邪魔したくなかったのだ。
「彩歌ちゃん、音楽室通り過ぎてるよ」
「あ……」
花音に指摘されて、ハッとする彩歌。
一番端にある音楽室の入り口を通り過ぎ、行き止まりになっていた。
「彩歌ちゃん……やっぱり朝比奈先輩のこと考えてた?」
「何であいつのことなんか!?」
ふふっと笑う花音に対し、顔を真っ赤にして反抗する彩歌。
「そっか」
全てを察しているかのように微笑む花音。
彩歌は何も言えなくなる。
その時、後ろの方から風雅の声が聞こえた。
「なあ響、そういやさっきの数B、課題何ページまでって言ってた?」
「九十ページから九十三ページ」
「おう、ありがと。そこだけドンピシャ聞いてなくてさ」
同じクラスの響と一緒に音楽室に向かって来ているところである。
「……花音、早く入ろう!」
「どうせ今から部活で顔を合わせるのに」
「良いから早く! それに今日は多分個人とかパー練(※パート練習の略)だからあんま会わないし!」
彩歌は花音を引き連れていそいそと音楽室に入るのであった。
この日、彩歌は風雅のことを考えないようひたすら譜面を見てピッコロを吹き続けていた。
彩歌のピッコロの音は、いつもよりやや激しく刺々しいものになっていた。
(今日、何か部活が長く感じた……)
部活の終礼を終えた彩歌は少し疲れている様子だ。
丁度彩歌がピッコロを片付け終わった頃、花音がやって来る。
「彩歌ちゃん、せっかくだし今日晩ご飯食べて帰らない? 駅前の所で」
「良いけど」
疲れている彩歌は一言そう答えるのが限界だった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
部活終わり、彩歌と花音がやって来たのは駅前のイタリアンファミレスである。
全国チェーンのこのファミレスは、値段が安く味も安定しているので庶民の味方なのだ。
アルバイトをしておらず、親からもらう小遣いによりやりくりをする彩歌と花音にとっては大変助かる場所である。
「彩歌ちゃん、一応聞かないようにはしてたけど……体育祭の時、朝比奈先輩に告白されたでしょ? で、返事はまだしてない」
熱々のドリアを食べながらふふっと笑う花音。
「花音ってさ……妙に勘が鋭いよね」
花音と同じドリアを食べながら、彩歌はややムスッとする。
「あれは何というか、分かりやすかったよ。体育祭の時の朝比奈先輩の態度も、戻って来た彩歌ちゃんの態度も」
クスクスと笑っている花音。
「あの後から彩歌ちゃん、どうしたら良いか分かんないってずっと顔に書いてあるよ」
彩歌よりも身長が低く小動物のような花音だが、どこか大人びて見えた。
「あたしってさよく男子から美人って言われるせいで色々とトラブルが多くて……」
彩歌は過去を思い出し、表情が暗くなる。
小学六年生の終わり頃、クラスのリーダー格の女子から目を付けられた彩歌。理由はその女子が好意を寄せる男子が、彩歌に告白したから。
当時の彩歌は恋愛など分からず断ったが、リーダー格の女子はその男子が彩歌を好きになったことが気に入らず、彩歌を攻撃し始めた。
そのせいで彩歌は孤立してしまう。男子も助けてくれないのだ。
中学生になってもその女子と同じクラスになってしまい、入学当初から孤立してしまう彩歌。
しかし奏が助けてくれたことで彩歌はこれ以上嫌な思いをせずに済んだのである。
「男なんて、自分が楽しければこっちがどうなろうとお構いなし。だから大っ嫌いなのに……」
彩歌の脳裏には風雅の姿が浮かぶ。
それが何だか悔しかった。
「大変だったね、彩歌ちゃん」
花音は優しげな表情だ。まるで母親や姉のようである。
「うん……」
彩歌はため息をつき、ドリアを食べる。
「でも彩歌ちゃん、朝比奈先輩は少し違うって思ってるでしょう」
「それは……」
花音のその言葉に、彩歌の動きが止まる。
『ごめん、彩歌ちゃん。俺、君のこと全然知らなかった。きっと知らずに傷付けてた。……謝ってどうなるとかじゃないけど、ごめん』
文化祭の時、風雅は彩歌のことを理解しようとしてくれた。
『じゃあさ、せめて俺くらいは彩歌ちゃんのことを優先に考えさせてよ。奏ちゃんと合流しようにも、その足じゃ辛いでしょ。それに、その下駄だと歩けないじゃん』
夏祭りの時、風雅は真剣に彩歌の心配をしてくれた。
『俺、彩歌ちゃんが好きだ。友達思いなところや正義感が強いところとか、何もかも、全部。どうしようもないくらいに』
体育祭の時の風雅からの告白。今まで何度も異性から告白されたことがある彩歌だが、その中でも一番真剣な告白だった。
「あいつは何であたしの心をかき乱すの?」
ポツリと呟く彩歌。
その頬は、真っ赤に染まっていた。
「彩歌ちゃん、朝比奈先輩のことが好きなんだね」
花音の言葉に、彩歌はムスッとしながら頷く。やや認めたくない事実だった。
「そっか」
花音は穏やかに微笑んでいた。
「恋愛ってさ、見てる分には楽しいけど巻き込まれると面倒だよね。私も二学期始まってすぐに巻き込まれたから」
花音は再びドリアを食べ、苦笑した。
「……二学期始まってから花音も大変だったもんね」
以前、花音がクラスのギャル達から悪口を言われたり私物を捨てられたりしていたことを思い出した彩歌。
それを救ったのが彩歌と奏である。
花音がギャル達に睨まれる原因になったのが、やはり恋愛関連のことだった。
「でも、彩歌ちゃんにもうすぐ彼氏が出来そうなの、羨ましいかも」
ニヤリと笑う花音。
「あいつが彼氏とか」
風雅を思い浮かべ、苦笑する彩歌。
「ていうか、花音も彼氏いるんじゃないの? ほら、あのギャル達の写真に写ってたとか」
「ああ、あれは彼氏じゃないよ。ただ予備校が同じで、同じバンドが好きだから一緒にフェスに行っただけの友達。それがあのギャルが好きな人だったみたいでね」
花音は苦笑した。
「恋愛って面倒だなとか思いつつ、彩歌ちゃんや奏ちゃん見てるとやっぱり彼氏欲しいかもって思っちゃう。奏ちゃんも何か良い雰囲気じゃん。小日向先輩と」
花音は悪戯っぽく笑った。
「あ、やっぱりそこ気付くんだ。あの男、奏のこと好きなのバレバレ」
「奏ちゃんも、多分満更でもないはずだよ」
「え、嘘!?」
彩歌はギョッとする。
「本当に何となくだけどね。でも、奏ちゃん、今コンクールで忙しそうだし」
「奏のコンクール本戦、家の用事がなければ絶対行ってたけど……」
彩歌は少し悔しそうな表情で残り一口のドリアを食べる。
「まずは奏のコンクール結果を聞いてから……あいつに返事してみる」
空になった皿を見ながら、彩歌はそう決めた。
「そっか。だけど朝比奈先輩、かなりモテると思うから、のんびりしてたらもう他に彼女出来ちゃうんじゃない?」
「そんな待てないような男、こっちらか願い下げだし」
いつの間にか、強気の彩歌に戻っていた。
(奏のコンクールが終わったら……)
彩歌の心は少しだけスッキリしていた。



