十月上旬、体育祭の日。
近年では九月でも気温が三十度を超えるので、体育祭の日程を十月にずらしていた。
十月もまだ暑くはあるが、九月よりはいくらか過ごしやすい。
風雅は二年四組のテントの中で、汗を拭いながら自分のクラスの応援をしている。
音宮高校の体育祭は各学年八クラスの対抗戦だ。
現在クラス対抗男子八百メートルリレーの二年生の部が行われている。
二年四組からは吹奏楽部の響が第二走者として出場しているのだ。
響が丁度二年四組のテント前を全力で走っている。
「響! 行けー! 抜けるぞ!」
風雅はクラスメイト達と共に、響に声援を送る。
必死な表情で走る響は何と前を走る運動部の男子生徒を抜き、二年四組の第三走者にバトンを渡すのであった。
実は結構運動神経は良い響である。
クラス対抗リレー二年生の部にて、二年四組は惜しくも二位という結果になった。
それでも二年生の中では上位に食い込める得点が入ったのである。
「響、お疲れ。格好良かったぞ」
風雅はニヤリと笑い、軽く響の肩を叩いた。
「そりゃどうも」
響は苦笑した。
「もしかして奏ちゃんに活躍を見てもらいたかったとか?」
「そりゃあ……まあ」
走った後の暑さなのかそれとも照れているのか、響の頬は赤く染まっていた。
風雅は後者だと予想する。
「奏ちゃん、フルートコンクールの予選が今日じゃなけりゃ見せることが出来たのにな」
「でも、かなちゃん、将来の為に頑張ってるからさ。色々あったけど、またフルートを吹いてくれることになったし」
響は穏やかな表情である。
「そっか。で、奏ちゃんに気持ちは伝えないのか?」
風雅は再びニヤリと笑う。
一学期の時点で響が奏に片思い中であることは風雅も知っていた。
風雅から見た奏は、比較的大人しめで大人びており、人を寄せ付けるタイプではない。少し前の、花音に嫌がらせをしていたギャル達をやり込める際の奏の姿には驚きはしたが。それでも、それなりに異性から好意を寄せられるタイプだろうなとは思っている。実際、響は奏に好意を寄せているし、風雅が見た感じでは律も奏のことが好きなのではないかと感じていた。最近の律は以前より奏に近付く頻度が減ったように思えるが。
「それは今じゃない。でも、かなちゃんに告白する時は決めてるから」
響はどこか遠くを見つめていた。
その目は、真っ直ぐ迷いがないように見えた。
風雅はそんな響が少し格好良いなと感じた。
「そっか。まあ、前にも言ったけどうかうかしてたら誰かに横から掻っ攫われるぞ」
少し悔しかったので、風雅は悪戯っぽくそう言った。
すると響は苦笑する。
「まあ……その時はその時だけど。でも俺は、かなちゃんが幸せなことが一番だから」
そうなったとしても、響は後悔しなさそうに見えた。奏の幸せを、本気で考えているように風雅は感じた。
(響、いつの間にか格好良い奴になってる)
風雅は軽くため息をついた。
ふと校舎側に目を向けると、彩歌が花音と何か楽しそうに話しながら一年三組のテントに向かっている様子が見えた。
風雅は容姿に恵まれており、異性に困ることはない。
実際中学時代から女子達に好意を寄せられ、それなりに交際もしたことはある。風雅には少し歳の離れた姉が二人おり姉達や姉の友人達の恋愛話もそれなりに聞くので、責任が取れなくなる事態が起こることはなどはせずキスより先のことは経験していないが。
告白されたら何となく付き合ってみて、マンネリ化したら別れることを繰り返していたのだ。
彩歌のことも、最初はかなり美人だったから興味を持ち図書室で話しかけた。
しかし、その容姿故に嫌な思いをしていたこと、自分のことよりも親友である奏を真っ直ぐ思う気持ち、そして嫌がらせを受けていた花音を助けようとする強い正義感。彩歌のことを知れば知る程、風雅は彩歌に強く惹かれていた。初めての本気の恋だった。ある意味これは風雅の初恋かもしれない。
「ねえ風雅くん、一緒に記念写真撮らない?」
「あ、良いなあ。私も風雅くんと撮りたい」
「小日向くん、私達と風雅くんの写真、撮ってもらって良い?」
いつの間にか、風雅はクラスの女子生徒に囲まれていた。
「あ、ごめん。写真は遠慮しておく」
風雅はフッと笑い、断る。
「ええ、何で? 文化祭の時は撮ってくれたじゃん」
「ごめん」
風雅は残念がる女子生徒達にもう一度謝った。
以前なら断らなかったが、彩歌に本気で惚れた以上、他の異性と必要以上に関わることは彩歌に対しても他の異性に対しても不誠実であると思ったのだ。
「風雅、何か……変わったな」
響はやや戸惑いながらも笑っていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「おーい、朝比奈、次お前の出る借り人競争だぞ」
「おう、今行く」
クラスメイトの男子生徒からそう言われ、風雅は集合場所に向かう。
一年生の時、風雅は先程の響が出場した男子八百メートルリレーに出て、運動部の生徒よりも速く走り会場を盛り上げた。
今年はバラエティ色が強い借り人競争で緩く楽しもうとする風雅である。
(そういや、借り人競争って各学年お題がバラバラで、毎年一枚だけ『好きな人』があるんだよな)
風雅はふとそのことを思い出した。
毎年『好きな人』を引いた生徒が玉砕覚悟で憧れの人に公開告白をしたりして、大きく盛り上がっている。そこで成立したカップルもいるらしい。
待機中の風雅は、一年生男子の借り人競争を見守っている。
一年生の男子達が引いたお題には『バニーガール』など、ネタ系が多い。『バニーガール』を引いた生徒は困惑していたが、そこへ都合良くバニーガールのコスプレをした男性教員が現れて会場全体大爆笑である。
もちろん風雅も笑っていた。
次に一年生女子の借り人競争が始まった。こちらも男子と同じくネタ系が多く、皆の笑いを誘っていた。
どうやら一年生のお題の中には『好きな人』はなかったようだ。
そして、風雅達二年生男子の番になった。
スタートの合図があり、声援が飛び交う中風雅は他の生徒達と共にお題が書かれた紙の場所へ走り出す。
風雅は適当に一枚紙を取る。
お題を見た風雅は真剣な表情で固まった。
そこには、『好きな人』と書かれていた。
近年では九月でも気温が三十度を超えるので、体育祭の日程を十月にずらしていた。
十月もまだ暑くはあるが、九月よりはいくらか過ごしやすい。
風雅は二年四組のテントの中で、汗を拭いながら自分のクラスの応援をしている。
音宮高校の体育祭は各学年八クラスの対抗戦だ。
現在クラス対抗男子八百メートルリレーの二年生の部が行われている。
二年四組からは吹奏楽部の響が第二走者として出場しているのだ。
響が丁度二年四組のテント前を全力で走っている。
「響! 行けー! 抜けるぞ!」
風雅はクラスメイト達と共に、響に声援を送る。
必死な表情で走る響は何と前を走る運動部の男子生徒を抜き、二年四組の第三走者にバトンを渡すのであった。
実は結構運動神経は良い響である。
クラス対抗リレー二年生の部にて、二年四組は惜しくも二位という結果になった。
それでも二年生の中では上位に食い込める得点が入ったのである。
「響、お疲れ。格好良かったぞ」
風雅はニヤリと笑い、軽く響の肩を叩いた。
「そりゃどうも」
響は苦笑した。
「もしかして奏ちゃんに活躍を見てもらいたかったとか?」
「そりゃあ……まあ」
走った後の暑さなのかそれとも照れているのか、響の頬は赤く染まっていた。
風雅は後者だと予想する。
「奏ちゃん、フルートコンクールの予選が今日じゃなけりゃ見せることが出来たのにな」
「でも、かなちゃん、将来の為に頑張ってるからさ。色々あったけど、またフルートを吹いてくれることになったし」
響は穏やかな表情である。
「そっか。で、奏ちゃんに気持ちは伝えないのか?」
風雅は再びニヤリと笑う。
一学期の時点で響が奏に片思い中であることは風雅も知っていた。
風雅から見た奏は、比較的大人しめで大人びており、人を寄せ付けるタイプではない。少し前の、花音に嫌がらせをしていたギャル達をやり込める際の奏の姿には驚きはしたが。それでも、それなりに異性から好意を寄せられるタイプだろうなとは思っている。実際、響は奏に好意を寄せているし、風雅が見た感じでは律も奏のことが好きなのではないかと感じていた。最近の律は以前より奏に近付く頻度が減ったように思えるが。
「それは今じゃない。でも、かなちゃんに告白する時は決めてるから」
響はどこか遠くを見つめていた。
その目は、真っ直ぐ迷いがないように見えた。
風雅はそんな響が少し格好良いなと感じた。
「そっか。まあ、前にも言ったけどうかうかしてたら誰かに横から掻っ攫われるぞ」
少し悔しかったので、風雅は悪戯っぽくそう言った。
すると響は苦笑する。
「まあ……その時はその時だけど。でも俺は、かなちゃんが幸せなことが一番だから」
そうなったとしても、響は後悔しなさそうに見えた。奏の幸せを、本気で考えているように風雅は感じた。
(響、いつの間にか格好良い奴になってる)
風雅は軽くため息をついた。
ふと校舎側に目を向けると、彩歌が花音と何か楽しそうに話しながら一年三組のテントに向かっている様子が見えた。
風雅は容姿に恵まれており、異性に困ることはない。
実際中学時代から女子達に好意を寄せられ、それなりに交際もしたことはある。風雅には少し歳の離れた姉が二人おり姉達や姉の友人達の恋愛話もそれなりに聞くので、責任が取れなくなる事態が起こることはなどはせずキスより先のことは経験していないが。
告白されたら何となく付き合ってみて、マンネリ化したら別れることを繰り返していたのだ。
彩歌のことも、最初はかなり美人だったから興味を持ち図書室で話しかけた。
しかし、その容姿故に嫌な思いをしていたこと、自分のことよりも親友である奏を真っ直ぐ思う気持ち、そして嫌がらせを受けていた花音を助けようとする強い正義感。彩歌のことを知れば知る程、風雅は彩歌に強く惹かれていた。初めての本気の恋だった。ある意味これは風雅の初恋かもしれない。
「ねえ風雅くん、一緒に記念写真撮らない?」
「あ、良いなあ。私も風雅くんと撮りたい」
「小日向くん、私達と風雅くんの写真、撮ってもらって良い?」
いつの間にか、風雅はクラスの女子生徒に囲まれていた。
「あ、ごめん。写真は遠慮しておく」
風雅はフッと笑い、断る。
「ええ、何で? 文化祭の時は撮ってくれたじゃん」
「ごめん」
風雅は残念がる女子生徒達にもう一度謝った。
以前なら断らなかったが、彩歌に本気で惚れた以上、他の異性と必要以上に関わることは彩歌に対しても他の異性に対しても不誠実であると思ったのだ。
「風雅、何か……変わったな」
響はやや戸惑いながらも笑っていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「おーい、朝比奈、次お前の出る借り人競争だぞ」
「おう、今行く」
クラスメイトの男子生徒からそう言われ、風雅は集合場所に向かう。
一年生の時、風雅は先程の響が出場した男子八百メートルリレーに出て、運動部の生徒よりも速く走り会場を盛り上げた。
今年はバラエティ色が強い借り人競争で緩く楽しもうとする風雅である。
(そういや、借り人競争って各学年お題がバラバラで、毎年一枚だけ『好きな人』があるんだよな)
風雅はふとそのことを思い出した。
毎年『好きな人』を引いた生徒が玉砕覚悟で憧れの人に公開告白をしたりして、大きく盛り上がっている。そこで成立したカップルもいるらしい。
待機中の風雅は、一年生男子の借り人競争を見守っている。
一年生の男子達が引いたお題には『バニーガール』など、ネタ系が多い。『バニーガール』を引いた生徒は困惑していたが、そこへ都合良くバニーガールのコスプレをした男性教員が現れて会場全体大爆笑である。
もちろん風雅も笑っていた。
次に一年生女子の借り人競争が始まった。こちらも男子と同じくネタ系が多く、皆の笑いを誘っていた。
どうやら一年生のお題の中には『好きな人』はなかったようだ。
そして、風雅達二年生男子の番になった。
スタートの合図があり、声援が飛び交う中風雅は他の生徒達と共にお題が書かれた紙の場所へ走り出す。
風雅は適当に一枚紙を取る。
お題を見た風雅は真剣な表情で固まった。
そこには、『好きな人』と書かれていた。



