昼休み、二年四組の教室にて。
 響の席で弁当を食べ終えた風雅は片付けをしていた。
「あ、これかなちゃんのフルートの楽譜だ。昨日間違えて持って帰ってたんだ」
 どうやら響は部活で使う楽譜を確認していたようで、その中に奏の楽譜が混じっていたらしい。
「響、今から届に行くのか?」
 奏のクラスは一年三組。彩歌と同じクラスなので、風雅は少し期待しながら聞いてみた。
 すると響は「ああ」と頷く。
「じゃあ、俺もついて行こっかな」
 彩歌に会えるかもしれないという思いが、風雅をワクワクさせた。






♪♪♪♪♪♪♪♪





 一年三組の教室にて。
「見た? あの桜井の顔。マジでキモい」
「分かる。存在自体ウザい」
「早く死ねば良いのに」
「この前は桜井の靴捨ててやったけど、今日は何捨ててやる?」
 花音の悪口を大声で言い、ゲラゲラと下品に笑うギャル達。
 当の花音は自分の席で俯くことしか出来ないようだ。

「あんた達、マジで良い加減にしな!」
 そこへ、ピシャリと彩歌の鋭い声が響く。
 それにより、クラスがしんと静まり返る。

 クラスの視線が一斉に彩歌に向かう。
 奏は彩歌の一歩後ろでまずは見守っている。

「え、何なの?」
「ウチら何もしてないんだけど」
 ギャル達はやや不機嫌そうに彩歌を睨む。
「現に桜井さんの悪口言ってんじゃん! 悪口言って何になんの!?」
 彩歌は苛立ちを露わにしている。
「はあ? 悪口? 別に言ってないけど」
 ギャルが舌打ちをして席から立ち上がる。
 すると、奏が一歩前に出て、ボイスレコーダーを大音量で再生した。

『ねえねえ、今日桜井の弁当ゴミ箱に捨ててやったんだけど、そしたら桜井うざい表情で泣いてた』
『うわ、マジでウケる!』
『いっそ教科書とかも捨てちゃう? そしたら桜井学校来なくなるかな?』
『それ最高』
『桜井ってマジで生きてる価値ないよねー』

 ギャル達の声である。

「これ、明らかに悪口に聞こえるよ」
 奏は落ち着いた態度である。
「え、何それ。ボイスレコーダー? まさか録音してたの?」
 ギャル達は戸惑っている。
「これを持って弁護士のところや警察に言ったら、みんな揃って名誉毀損で前科持ちになるね」
 ニコリと笑う奏。
 奏の隣にいる彩歌は、勝ち誇ったような表情になる。
「いや弁護士とか警察って」
 ギャルは少し焦り始める。
「それ、盗聴じゃん」
 ギャル達の中の一人がそう指摘する。
 しかし奏は落ち着いていた。
「秘密録音は罪に当たらないって最高裁判所の判例があるけれど。もし良けれは裁判で戦う?」
 奏は余裕だった。
「それに、桜井さんの壊されたり捨てられた私物の写真も証拠としてあるし、さっきの録音に自分達がその犯人だって発言もある。名誉毀損と器物破損で前科持ちになることは確実だね。高校は……退学かな。残念だったね。入試頑張ったのに、卒業出来なくて。まあ、高卒認定試験なら受けることが出来るけど、あなた達の成績なら……何年かかるだろうね?」
 奏は呆れ気味にため息をついた。
 奏の発言に、彩歌は思わず吹き出している。
「はあ!? 前科持ちで退学!? そんなこと出来るわけ」
「待って。大月さんならマジでやりうるよ。あたし、大月さんと同じ中学出身の子からこの子がマジで弁護士呼んで一個上の先輩に前科なすりつけたって聞いた」
「え……マジで……?」
 ギャルは反論しようとしたが、中学時代の奏の所業を知っている一人が青ざめてそう言ったことで黙り込む。
「犯罪者になりたい? 退学になりたい?」
 微笑みながら奏はギャル達に聞く。
 奏は理不尽には容赦しないタイプである。
 ギャル達は当然首を横に振る。
「じゃあさ、金輪際桜井さんの悪口や嫌がらせをやめること! もし今後一度でも桜井さんの悪口言ったり嫌がらせしたら、あたしらが容赦しないけど!」
 今度は彩歌が厳しい口調でギャル達に忠告する。
「それと、壊した桜井さんの私物は弁償すること」
 一方、奏は冷静な口調である。
 ギャル達は青ざめながらブンブンと首を縦に振った。

 こうして、花音への悪口や嫌がらせの件は幕を閉じたのであった。





♪♪♪♪♪♪♪♪





「何か……一年三組凄いことになってるね。かなちゃんも凄い」
 一年三組で起こった一連の騒動を見ていた風雅と響。
 響は奏を呼び出すに呼び出せず、そう苦笑した。
「そうだな……」
 風雅は頷きつつも、彩歌から目が離せなかった。

『じゃあさ、金輪際桜井さんの悪口や嫌がらせをやめること! もし今後一度でも桜井さんの悪口言ったり嫌がらせしたら、あたしらが容赦しないけど!』
 そう言い放った彩歌の姿は凛々しく堂々としており、正義感にあふれているように見えた。

(彩歌ちゃん……本当に格好良いな……。やっぱり……好きだな)
 風雅の目は真剣だった。





♪♪♪♪♪♪♪♪





 翌日、一年三組の教室にて。
 朝、奏は彩歌と話をしていた時のこと。
「おはよう、天沢さん、大月さん。えっと……昨日は、その、ありがとう」
 花音である。少しおどおどした様子だ。
「おはよう、桜井さん。私達はただ、放っておけなかっただけだから」
「奏の言うとおり。あたし、別に大したことしてないもん。奏の証拠集めに協力しただけ」
 彩歌はやや照れた様子で花音から目をそらした。
 奏は彩歌のその様子に優しく目を細めた。
「でも、嬉しかったの。ありがとう。それでね……その、これから二人と一緒にいても良いかな?」
 上目遣いで、やや不安そうな様子の花音。
 奏はチラリと彩歌を見る。
 彩歌の表情は柔らかかった。
 恐らく花音を受け入れるだろう。
「うん、良いよ」
 奏は頷いた。
「ありがとう」
 花音はホッとした様子である。
「よろしく、花音」
 彩歌は柔らかに口角を上げ、花音の名前を呼んだ。
 すると花音は満開の花のように破顔した。
「よろしくね、彩歌ちゃん、奏ちゃん」
「花音ちゃん、よろしく」
 奏も花音の名前を呼ぶことにした。

 こうして、花音も奏達の仲間に加わったのである。