響と一緒に線香花火を楽しむ奏。その表情は穏やかでどこか楽しそうだった。
 きっと奏の親友である彩歌にも見せたことはないのではないかと思う程である。

 律はそんな奏の様子を少し離れた場所から見つめていた。
 自分が持っている花火の火が消えたことにも気付かないくらいに。
 
「火、消えてるよ。捨てに行かないの?」
 律の隣にやって来たのは詩織である。
「あ……」
 詩織の言葉で、律はようやく自分の花火が終わっていたことに気付いた。
「奏ちゃんのこと見てたんだね」
「自然と目に入る」
「好きだから?」
「まあね」
 詩織には奏への気持ちがバレているので変に誤魔化したり隠そうとはしなかった律である。
「じゃあ失恋確定だね、浜須賀くん。奏ちゃん、小日向先輩のこと好きだって」
 若干意地悪そうな表情の詩織。
 ある意味詩織の自業自得とはいえど、奏への嫌がらせの犯人である証拠動画が流されたことや、文化祭でのやや意地悪な物言いに対する仕返しだろうか。
 律は苦笑する。
「内海って本当に性格悪い」
 今まで詩織のことを「内海さん」と呼んでいたが、それなりに親しくはなったので呼び捨てにする律。
「知ってる。嫉妬心を制御出来なくて奏ちゃんに嫌がらせしちゃうくらいなんだもん」
「開き直るな」
 律は呆れたように笑う。
「ねえ、浜須賀くんは何で奏ちゃんを好きになったの?」
「何でって……」
 詩織からの質問に律は苦笑する。
 そして、入学してからのことを思い出すのであった。





♪♪♪♪♪♪♪♪





「なあ、あの子、天沢さんだっけ? めちゃくちゃ美人だよな」
「ああ。でも話しかけようとしたら睨まれた」
「俺も。何か男嫌いらしいぞ」
 入学したばかりの頃、クラスの男子生徒が噂しているのを聞いた律は件の女子生徒の方をチラリと見てみた。

 件の女子生徒の名前は天沢彩歌。確かに美人だと律も思ったが、それだけだった。
 そして、彩歌の隣にいる小柄な女子生徒に目を向ける。
 大月奏である。
 サラサラとした長い髪。二重瞼に大きな目。長い睫毛はその目に影を落としている。
 大人びた雰囲気で、彩歌のように華やかな顔立ちではないがそれでも彩歌に引けを取らない程である。

(あの子、学年主席の……大月さん、だったかな。何か……クールで近寄り難そう)
 律が抱いた奏への第一印象はそれであった。
 恐らく彼女とはあまり関わることはないだろうと思った律である。

 しかし、予想外のことが起こる。
 部活中、急いで音楽室に戻ろうとした時、担任との個人面談があった奏とぶつかってしまった。
 そこで律は初めて奏と話した。
 クールで近寄り難いと思っていた奏だったが、話してみると意外と普通で律は驚いた。
 更にその翌日、律が落としたハンカチを奏は返しに来てくれたのだ。
 その時の奏の柔らかな笑みに、律は釘付けになっていた。

 それが、律が奏を好きになった瞬間である。





♪♪♪♪♪♪♪♪





(我ながら、単純だ)
 律は奏に惚れた瞬間を思い出し、ほんの数ヶ月前だが少し懐かしくなった。
 そして、奏の隣にいる響に目を向ける。
「浜須賀くん?」
 詩織は興味津々な様子で悪戯っぽく覗き込む。
 律が奏を好きになった理由を知りたいようだ。
「内海には絶対言わない」
「えー、ケチ」
 詩織は軽く頬を膨らませていた。
 律はそんな詩織を無視して新しい花火をもらいに行く。
 詩織は懲りずに律について行った。
「でもさ、幼馴染って狡いよね。奏ちゃん、私の知らない小日向先輩のこと知ってるんだもん。それに、小日向先輩も奏ちゃんのことを『かなちゃん』って呼んでてさ」
 詩織は響への気持ちは吹っ切れてはいるようだが、片思い中のことを思い出しむくれていた。
(本当、小日向先輩は脅威だ)
 律は奏の隣にいる響に目を向ける。

『響くん……』

 以前、奏と一緒に音楽準備室に閉じ込められた時のことを思い出した律。
 響が来た時、奏はホッとしたように彼の名を呼んだ。
 律では奏を安心させることが出来なかったことが、何よりも悔しかった。
 夏祭りの時も、奏の気持ちは律に向いていないことは分かりきっていた。

「内海はさ、小日向先輩を好きになったこと、後悔してる?」
 響に片思いしていた時のことを一方的に話している詩織に、律はそう聞いてみた。
 すると、詩織は首を横に振る。
「全然。小日向先輩を思ってる時間は、何だかんだ楽しかったし。小日向先輩が奏ちゃんのことを好きだって気付いた時は辛かったけど」
「じゃあ良かったじゃん」
 律はフッと笑う。
 すると詩織は目を丸くした。
「うん。そうかもね」
 穏やかな表情になる詩織。
「俺もさ、大月さんを好きになったこと、後悔してないよ。たとえ失恋確定だったとしても」
 律は響に穏やかな笑みを向ける奏を見て、自身も穏やかな笑みを浮かべた。

 普段の奏との何気ない会話。それは律の心を満たしてくれていたのだ。

(きっとこれ以上引き伸ばしても結果は同じだ。……いざ大月さんを前にしたら余裕がなくなるかもしれないけれど、この合宿中に気持ちを伝えてみよう)
 律はそう決意するのであった。