夏祭りが終わった、次の部活の日。
朝とはいえど厳しい暑さの中、風雅は学校へ向かっていた。
音宮高校の最寄り駅に着いた風雅。
駅にはこれから仕事へ行く社会人や、朝から遊びに行く学生、そして風雅のように部活へ向かう高校生が行き交っている。
そんな中、風雅は駅である人物を見つけた。
自然と口角が上がり、風雅はその人物の元へ向かう。
「おはよ、彩歌ちゃん」
風雅は白い歯をニッと見せて笑う。
すると彩歌はうざったそうな表情になる。
相変わらずである。
「……朝から鬱陶しいんだけど」
暑さのせいか風雅のせいか、あるいは両方なのか、彩歌はかったるそうにため息をついた。
しかし風雅はこの程度のことは気にしない。
「コンクールも終わったしさ、最近の部活は少し緩いよね」
彩歌は風雅を一瞥するだけで答えない。
しかし、出会った当初のように「近付くな」などと拒絶されることは少なくなっていた。
風雅はふと彩歌の足元に目を向ける。
「彩歌ちゃん、足はもう大丈夫?」
すると彩歌はキッと風雅を睨む。
「いつの話してんの」
「いつって、夏祭りの時」
風雅は夏祭りの日のことを思い出していた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「最っ悪」
「完全にみんなとはぐれちゃったね」
風雅は人の波に飲まれた彩歌の手を掴み、自身も人の波に流され他のメンバーと離れ離れになってしまった。
彩歌は明らかに不機嫌そうな表情である。
現在二人は人混みから何とか抜け出すことが出来た状況だ。
「早く奏のとこに行かなきゃ」
彩歌は不機嫌さと焦りが入り混じったような表情でその場から動こうとする。
「待って、彩歌ちゃん」
風雅は動き出そうとする彩歌の手を再び掴んで止める。
「離せ!」
「今動いたら余計に合流出来る確率がもっと低くなるよ。まずは奏ちゃんに連絡してみたら?」
手を振り払おうと暴れる彩歌を風雅は諭す。
すると彩歌は少しだけ冷静になれたようで、暴れるのをやめた。
「……手、早く離して」
「うん、ごめんね」
風雅は苦笑して彩歌の手を離した。
彩歌はすぐに自身のスマートフォンを取り出す。奏に連絡しているようだ。
(彩歌ちゃんって基本奏ちゃんのことばっかだな)
風雅は必死に連絡する彩歌の様子を見守っていた。
「奏……既読付かないし電話も出ない……」
彩歌は焦燥感に駆られているようだった。
「向こうも人混みの中とかでスマホ見られる状況じゃないのかもよ」
「でも……」
彩歌の表情からは、一刻も早く奏と合流したい気持ちがよく伝わった。
「奏ちゃんからの連絡を待ってみたら?」
「待ってらんない! 今日の奏、元気なくてちょっと様子が変だったもん! もし奏が悩んでるなら、あたしは力になりたいの!」
風雅の言葉など聞かず、彩歌はそう言って駆け出した。
もちろん風雅は彩歌を追いかける。
すると彩歌は石につまずいてしまう。
「彩歌ちゃん!」
彩歌に追いついた風雅は倒れかけた彼女の腕を引く。
そのお陰で彩歌は転ばずに済んだ。
「彩歌ちゃん、大丈夫? 怪我はない?」
彩歌が体勢を立て直すと風雅は彼女の腕から手を離した。
すると、彩歌は顔を引きつらせる。
その表情は、まるで痛みに耐えているかのようだった。
風雅は彩歌の足元に視線を持って行く。
彩歌の履いていた左足の下駄の鼻緒は切れており、おまけに左足の親指と人差し指の間に靴擦れを起こしていた。
皮膚は抉れて赤く血が滲んでいる。
(酷い靴擦れだ。この感じだと多分彩歌ちゃん、序盤からこんな感じだったな。でも、彩歌ちゃんは全くそんな様子を見せなかった。もし俺が気付いていたら……)
風雅は彩歌が酷い靴擦れを起こしていることに気付けず、悔しくなった。
「彩歌ちゃん、まずは座れるところで休もう。足も痛そうだ」
風雅は今の彩歌では歩くことも難しいと判断し、彼女を背負おうと屈む。
「そんなことしてらんない! もしその間に奏に何かあったら……」
彩歌は若干涙ぐんでいた。
「こんな時まで、奏ちゃん優先なんだね」
風雅は彩歌の頑なな様子に苦笑する。
「当たり前! 奏は、あたしが辛かった時ずっと味方してくれたの! だから奏が辛い思いをしてるなら、あたしは奏の側にいるって決めたの! あたしの邪魔しないで!」
彩歌の目からは涙がこぼれ落ちる。
それを見た風雅はハッとする。
(彩歌ちゃんは……ツンとしてきつそうに見えるけれど、びっくりするくらい真っ直ぐで友達思いなんだ……。自分のことを後回しにするくらい)
風雅は諦めたようにフッと口角を緩める。
「じゃあさ、せめて俺くらいは彩歌ちゃんのことを優先に考えさせてよ。奏ちゃんと合流しようにも、その足じゃ辛いでしょ。それに、その下駄だと歩けないじゃん」
風雅は再び彩歌の前で屈み、彩歌に自身の背に乗るよう促した。
すると彩歌は少し迷った挙句、諦めたように風雅の背中に乗る。
風雅は彩歌を背負い、ゆっくりと歩き始めた。
彩歌は驚く程軽く、風雅は少し心配になってしまう。
「彩歌ちゃん、そこの靴屋に寄るよ」
「ちょっと、何で靴屋?」
「その下駄で帰るのはしんどいでしょ」
風雅は有無を言わさず靴屋に入る。
「彩歌ちゃん、靴のサイズは?」
「二十三.五だけど」
風雅からの問いに彩歌はムスッとした様子で答える。
彩歌の答えを聞いた風雅は靴屋の店員に二十三.五のサイズのサンダルがあるかを聞き、サンダルを持って来てもらう。
「彩歌ちゃん、このサンダル履いてみて」
風雅は彩歌の靴擦れを刺激しないようなスリッパタイプのサンダルを差し出した。
彩歌は少し戸惑った様子でそれを履く。
「キツかったりしない?」
風雅がそう聞くと、「大丈夫」と素っ気ない返事があった。
「じゃあこれにするね」
風雅はホッとしたように笑い、サンダルをレジに持って行きお金を払った。
店員に、そのまま履いて行くことを伝え、風雅は購入したサンダルを彩歌に手渡す。
「彩歌ちゃん、どうぞ」
「待って。それ、いくらだった?」
彩歌は戸惑いつつも財布を出すが、風雅はそれを制した。
「俺が勝手にやったことだから、彩歌ちゃんは気にしないで」
「でも……。値段教えてくれないなら履かない。返品して」
「それは困るな」
頑なな彩歌に、風雅は苦笑する。
そして今回は風雅の方が折れた。
「二千三百円だよ」
金額を聞いた彩歌は財布を開ける。
「あ……」
しかし千五百円しか入っていないようだった。
「別に返そうとか思わなくても良いよ」
「後で絶対返すから!」
彩歌はムスッとした様子でサンダルを履くのであった。
靴屋の外からは、ドーンと花火の音が聞こえていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「はい、これ。あの時のサンダル代」
「気にしなくても良いのに」
風雅は彩歌からサンダル代を受け取ろうとしない。
「あんたに借りがあるの、何か気持ち悪い! 受け取んなかったらぶっ飛ばす!」
「それは困るな」
風雅は苦笑して彩歌からサンダル代二千三百円を受け取ることにした。
(彩歌ちゃんって、何だかんだ真面目で真っ直ぐで、律儀なんだよね)
風雅はそう思いながら、彩歌から受け取ったサンダル代を財布にしまった。
「ねえ彩歌ちゃん、せっかくだし一緒に学校行こうよ」
「はあ!? 何で朝からあんたの相手しないといけないの!?」
「そんな冷たいこと言わずにさ」
風雅はうざがられつつも彩歌にひたすら話しかけて、いつの間にか学校に着いていたのであった。
朝とはいえど厳しい暑さの中、風雅は学校へ向かっていた。
音宮高校の最寄り駅に着いた風雅。
駅にはこれから仕事へ行く社会人や、朝から遊びに行く学生、そして風雅のように部活へ向かう高校生が行き交っている。
そんな中、風雅は駅である人物を見つけた。
自然と口角が上がり、風雅はその人物の元へ向かう。
「おはよ、彩歌ちゃん」
風雅は白い歯をニッと見せて笑う。
すると彩歌はうざったそうな表情になる。
相変わらずである。
「……朝から鬱陶しいんだけど」
暑さのせいか風雅のせいか、あるいは両方なのか、彩歌はかったるそうにため息をついた。
しかし風雅はこの程度のことは気にしない。
「コンクールも終わったしさ、最近の部活は少し緩いよね」
彩歌は風雅を一瞥するだけで答えない。
しかし、出会った当初のように「近付くな」などと拒絶されることは少なくなっていた。
風雅はふと彩歌の足元に目を向ける。
「彩歌ちゃん、足はもう大丈夫?」
すると彩歌はキッと風雅を睨む。
「いつの話してんの」
「いつって、夏祭りの時」
風雅は夏祭りの日のことを思い出していた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「最っ悪」
「完全にみんなとはぐれちゃったね」
風雅は人の波に飲まれた彩歌の手を掴み、自身も人の波に流され他のメンバーと離れ離れになってしまった。
彩歌は明らかに不機嫌そうな表情である。
現在二人は人混みから何とか抜け出すことが出来た状況だ。
「早く奏のとこに行かなきゃ」
彩歌は不機嫌さと焦りが入り混じったような表情でその場から動こうとする。
「待って、彩歌ちゃん」
風雅は動き出そうとする彩歌の手を再び掴んで止める。
「離せ!」
「今動いたら余計に合流出来る確率がもっと低くなるよ。まずは奏ちゃんに連絡してみたら?」
手を振り払おうと暴れる彩歌を風雅は諭す。
すると彩歌は少しだけ冷静になれたようで、暴れるのをやめた。
「……手、早く離して」
「うん、ごめんね」
風雅は苦笑して彩歌の手を離した。
彩歌はすぐに自身のスマートフォンを取り出す。奏に連絡しているようだ。
(彩歌ちゃんって基本奏ちゃんのことばっかだな)
風雅は必死に連絡する彩歌の様子を見守っていた。
「奏……既読付かないし電話も出ない……」
彩歌は焦燥感に駆られているようだった。
「向こうも人混みの中とかでスマホ見られる状況じゃないのかもよ」
「でも……」
彩歌の表情からは、一刻も早く奏と合流したい気持ちがよく伝わった。
「奏ちゃんからの連絡を待ってみたら?」
「待ってらんない! 今日の奏、元気なくてちょっと様子が変だったもん! もし奏が悩んでるなら、あたしは力になりたいの!」
風雅の言葉など聞かず、彩歌はそう言って駆け出した。
もちろん風雅は彩歌を追いかける。
すると彩歌は石につまずいてしまう。
「彩歌ちゃん!」
彩歌に追いついた風雅は倒れかけた彼女の腕を引く。
そのお陰で彩歌は転ばずに済んだ。
「彩歌ちゃん、大丈夫? 怪我はない?」
彩歌が体勢を立て直すと風雅は彼女の腕から手を離した。
すると、彩歌は顔を引きつらせる。
その表情は、まるで痛みに耐えているかのようだった。
風雅は彩歌の足元に視線を持って行く。
彩歌の履いていた左足の下駄の鼻緒は切れており、おまけに左足の親指と人差し指の間に靴擦れを起こしていた。
皮膚は抉れて赤く血が滲んでいる。
(酷い靴擦れだ。この感じだと多分彩歌ちゃん、序盤からこんな感じだったな。でも、彩歌ちゃんは全くそんな様子を見せなかった。もし俺が気付いていたら……)
風雅は彩歌が酷い靴擦れを起こしていることに気付けず、悔しくなった。
「彩歌ちゃん、まずは座れるところで休もう。足も痛そうだ」
風雅は今の彩歌では歩くことも難しいと判断し、彼女を背負おうと屈む。
「そんなことしてらんない! もしその間に奏に何かあったら……」
彩歌は若干涙ぐんでいた。
「こんな時まで、奏ちゃん優先なんだね」
風雅は彩歌の頑なな様子に苦笑する。
「当たり前! 奏は、あたしが辛かった時ずっと味方してくれたの! だから奏が辛い思いをしてるなら、あたしは奏の側にいるって決めたの! あたしの邪魔しないで!」
彩歌の目からは涙がこぼれ落ちる。
それを見た風雅はハッとする。
(彩歌ちゃんは……ツンとしてきつそうに見えるけれど、びっくりするくらい真っ直ぐで友達思いなんだ……。自分のことを後回しにするくらい)
風雅は諦めたようにフッと口角を緩める。
「じゃあさ、せめて俺くらいは彩歌ちゃんのことを優先に考えさせてよ。奏ちゃんと合流しようにも、その足じゃ辛いでしょ。それに、その下駄だと歩けないじゃん」
風雅は再び彩歌の前で屈み、彩歌に自身の背に乗るよう促した。
すると彩歌は少し迷った挙句、諦めたように風雅の背中に乗る。
風雅は彩歌を背負い、ゆっくりと歩き始めた。
彩歌は驚く程軽く、風雅は少し心配になってしまう。
「彩歌ちゃん、そこの靴屋に寄るよ」
「ちょっと、何で靴屋?」
「その下駄で帰るのはしんどいでしょ」
風雅は有無を言わさず靴屋に入る。
「彩歌ちゃん、靴のサイズは?」
「二十三.五だけど」
風雅からの問いに彩歌はムスッとした様子で答える。
彩歌の答えを聞いた風雅は靴屋の店員に二十三.五のサイズのサンダルがあるかを聞き、サンダルを持って来てもらう。
「彩歌ちゃん、このサンダル履いてみて」
風雅は彩歌の靴擦れを刺激しないようなスリッパタイプのサンダルを差し出した。
彩歌は少し戸惑った様子でそれを履く。
「キツかったりしない?」
風雅がそう聞くと、「大丈夫」と素っ気ない返事があった。
「じゃあこれにするね」
風雅はホッとしたように笑い、サンダルをレジに持って行きお金を払った。
店員に、そのまま履いて行くことを伝え、風雅は購入したサンダルを彩歌に手渡す。
「彩歌ちゃん、どうぞ」
「待って。それ、いくらだった?」
彩歌は戸惑いつつも財布を出すが、風雅はそれを制した。
「俺が勝手にやったことだから、彩歌ちゃんは気にしないで」
「でも……。値段教えてくれないなら履かない。返品して」
「それは困るな」
頑なな彩歌に、風雅は苦笑する。
そして今回は風雅の方が折れた。
「二千三百円だよ」
金額を聞いた彩歌は財布を開ける。
「あ……」
しかし千五百円しか入っていないようだった。
「別に返そうとか思わなくても良いよ」
「後で絶対返すから!」
彩歌はムスッとした様子でサンダルを履くのであった。
靴屋の外からは、ドーンと花火の音が聞こえていた。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「はい、これ。あの時のサンダル代」
「気にしなくても良いのに」
風雅は彩歌からサンダル代を受け取ろうとしない。
「あんたに借りがあるの、何か気持ち悪い! 受け取んなかったらぶっ飛ばす!」
「それは困るな」
風雅は苦笑して彩歌からサンダル代二千三百円を受け取ることにした。
(彩歌ちゃんって、何だかんだ真面目で真っ直ぐで、律儀なんだよね)
風雅はそう思いながら、彩歌から受け取ったサンダル代を財布にしまった。
「ねえ彩歌ちゃん、せっかくだし一緒に学校行こうよ」
「はあ!? 何で朝からあんたの相手しないといけないの!?」
「そんな冷たいこと言わずにさ」
風雅はうざがられつつも彩歌にひたすら話しかけて、いつの間にか学校に着いていたのであった。



