「大月さん、大丈夫?」
 人混みから抜け、丁度ベンチが空いていたので奏はそこに座っていた。
 律が屋台で飲み物を買ってきてくれたので、奏はペットボトル受け取る。
「ありがとう、お金出すよ」
「いや、このくらいは俺が払うよ。だから気にしないで」
「……ありがとう」
 奏は少し申し訳なくなった。
「それにしても、見事に人混みにやられたね。もうすぐ花火大会始まるけど」
 響、彩歌、風雅、詩織の四人と人混みの不可抗力ではぐれてしまった奏と律。
「連絡取ってみるね」
 奏はスマートフォンを取り出し、響の連絡を見つけて手が止まる。
(響先輩、詩織ちゃんと一緒にいるのかな……?)
 人混みの濁流に飲み込まれた時、詩織が響の服の袖を掴んだことを思い出す。
 考えるだけで、胸がチクリと痛んだ。
「小日向先輩のこと?」
「え……?」
 律からそう言われ、奏はスマートフォンの画面から律に目を向ける。
「今日の大月さん、ちょっと(つら)そうというか、何か複雑そうな表情ばっかだよ」
 律が困ったように目を細めている。
「そう……なんだ。何かごめんね」
 奏は視線を律から地面に落とした。ほんの少しだけ萎んだ声になってしまう。
「いや、気にしないで。だけど……俺なら大月さんにそんな表情させないよ。もっと笑顔に出来ると思う」
 律の声は真剣で、真っ直ぐだった。
「え……?」
 思わず視線を上げ、律を見る奏。律は爽やかな表情だった。その目は優しげで真っ直ぐ奏を見ていた。
「それってどういう」
 どういう意味かと聞こうとした瞬間、パッと夜空が明るく光り、ドーンと音が鳴り響く。
 花火大会が始まったのだ。





♪♪♪♪♪♪♪♪





(花火大会、始まっちゃったか。まだかなちゃんと合流出来てないのに……)
 響は明るくカラフルな花が咲く夜空とは裏腹に、気持ちは少し沈んでいた。
「花火大会、始まっちゃいましたね」
 隣にいた詩織がクスッと笑い、夜空を見上げている。
 人混みに流された後、響は詩織と一緒に人の少ない場所へ抜けていた。
「とにかく、かなちゃん達と連絡とって合流しないと」
 響はスマートフォンを取り出そうとする。
 しかし、詩織にその手を止められてしまう。
「内海?」
 突然のことに驚く響。
「もう少しだけ……二人でいたいです……」
 俯きながら響の服の袖をつかむ詩織。
 
 ドーンという音と共に、明るい光が詩織を照らす。
 
「え……?」
 響は戸惑いを隠せなかった。
「でも、早くかなちゃん達と合流しないと……」
 響の中に焦りがあった。
 彩歌と風雅がはぐれ、響と詩織も人混みに流されて以降、もしかしたら奏は律と一緒にいるかもしれない。
 律の本心は分からないが、響にとって律の存在は脅威だった。
「私、小日向先輩が好きなんです。中学の時からずっと。だから……」
「え……!?」
 再びパッと夜空が明るく光り、ドーンと音が鳴る。
 詩織の言葉に、響は目を大きく見開いた。
 必死で真っ直ぐな目を詩織から向けられる響。
(内海が俺を……? 全然知らなかった。でも……)
 響の心を占めているのは奏の存在である。思い浮かぶのは、奏の笑顔やフルートを演奏する姿。
「……ごめん、内海。その気持ちには答えられない」
 響は少し申し訳なさそうな表情になる。
「……ですよね。小日向先輩は、奏ちゃんのことしか見てませんからね」
 詩織は悲しそうに笑い、響から目をそらした。
「本当にごめん。というか、内海にまで俺の気持ちバレてたんだ」
 響はため息をついて苦笑した。
「そりゃあ、ずっと小日向先輩のこと見てましたから。正直、奏ちゃんが羨ましくて仕方ないです」
 やや拗ねたような口調の詩織。
「……だからかなちゃんのメトロノームとかを壊したの?」
「はい……」
「そっか……」
 響は軽くため息をついた。
「ある意味俺のせいでかなちゃんは……」
「やっぱり奏ちゃんのことばっかり」
 盛大なため息をつく詩織。
「でも、勝ち目がないことは分かりました。小日向先輩、困らせてしまってすみません。私、もう帰ります」
 詩織は少しだけ吹っ切れたような表情になり、響に背を向けて歩き始めたのだった。
 ドーンと花火の音が鳴り響くだけである。
「ごめんな、内海」
 詩織の背中にそう声をかけるしか出来ない響だった。
 そして自身のスマートフォンを取り出す。
 奏から連絡が来ていた。どうやら響がいる場所から少し歩いた西の広場にいるらしい。彩歌と風雅はかなり遠くまで流されて合流が難しそうとのことだ。
 響は奏がいる西の広場に急いで向かった。





♪♪♪♪♪♪♪♪





 程なくして、響はベンチに座って花火を見ている奏と律を見つけた。
「かなちゃん、律」
 響がそう呼ぶと、奏と律は少し驚いたように響に目を向けた。
「響先輩……。詩織ちゃんはどうしたのですか? 先輩と一緒では?」
 奏は響と一緒にいるはずの詩織がいないことを疑問に思ったようだ。
「ああ、えっと……用事を思い出したからって先に帰った」
 響は詩織から告白されたことをそう誤魔化した。
「そう……ですか」
 奏は少しホッとしたような感じが混ざった複雑そうな表情だった。
「先輩はどこにいたんです?」
 何を考えているのか分からないが爽やかな表情の律。
「俺はここから東に行ったあたり」
「そうでしたか」
 響の答えを聞くと、律はスマートフォンを取り出した。
 律のスマートフォンには、詩織から連絡が入っていた。

《小日向先輩にフラれた。先輩、奏ちゃんのことしか頭にないよ》

 律は困ったように苦笑し、スマートフォンをしまう。そして今度は箱に入ったキャラメルを取り出した。
「大月さん、そろそろ小腹空かない? 良かったらまたどう?」
 律は奏にキャラメルを一つ渡す。
「ありがとう、浜須賀くん。何か今日は浜須賀くんにもらってばかりだね」
 奏はキャラメルを口に入れ、少しだけ表情を綻ばせた。
「いや、気にしないで」
 律は爽やかな笑みを浮かべていた。
(律、かなちゃんに何をしたんだろう?)
 響の中に焦りと不安が広がる。
 そんな響を見透かすかのように、律は挑発的な目を向けていた。
(律、やっぱりかなちゃんのこと好きなんだな……)
 疑念が確信に変わった。
(……負けたくないな)
 響の胸に、炎が灯る。夜空に打ち上がる花火に負けないくらいの強さだ。
(でも、かなちゃんは俺のことをどう思ってるんだろうか? 律のことが好きだったりするのかな……?)
 少しだけ不安も生じていた。
 そんな響の心とは裏腹に、夜空はパッと光り、美しく力強いカラフルな花が咲く。
 花火大会はクライマックスになっていた。
 響にとっては少しだけほろ苦い夏の思い出となるのであった。