祭りで賑わう街。祭りは夜七時半から花火大会もある。街ゆく人々は皆楽しそうな表情だ。
 しかし、奏はどこか浮かない表情である。
 その原因は、自分の少し前を歩く響と詩織。
「小日向先輩、向こうにたこ焼き売ってますよ。一緒に買いに行きましょう」
 ニコニコと響に話しかけ、彼の袖を少し掴む詩織。
「まあ、確かにお腹空く時間だからな……」
 響は少し後ずさりがちの様子だ。
(詩織ちゃん、響先輩のことが好きって言ってたよね。積極的にアプローチしてる……)
 凄いなと思いつつも、奏の胸の中はモヤモヤとしている。
 自分に向けてくれた響の明るく優しい笑み。もし詩織と響が付き合い始めたら、響はその笑顔を詩織にも向けるのだろう。
(それは……何か嫌だ……。でも、何で……?)
 奏の胸の中に、更なるモヤモヤが広がる。

『あのさ……奏ちゃんは……小日向先輩のことは本当にただの幼馴染としか思ってないの?』

 かつて詩織に言われた言葉を思い出す。
(まさか……こんな時に気付くなんて。響先輩が……響くんのことが好きだってことを。幼馴染としてじゃなくて、男の人として……)
 奏は胸が苦しくなった。
「かなちゃん、大丈夫?」
 ふと気付けば、響が奏の顔を覗き込んでいた。
「あ……」
 ハッとする奏。
「ボーッとしてたみたいだけど、大丈夫? まだ暑いから熱中症とか。一応俺水持って来てるけど」
 響は心配そうに奏にペットボトルを差し出そうとする。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
 奏は響から目をそらしてしまった。
「……そっか。お腹空いてない? 今からたこ焼き買うけど、かなちゃんは食べる?」
「……はい」
 奏はぎこちなく笑って頷くことしか出来なかった。
「小日向先輩、人数分買いに行きましょう」
「そうだな」
 詩織にそう言われ、響は彼女と共に屋台へ向かうのであった。
「奏、さっきから元気なさげだけど、本当に大丈夫?」
 彩歌も心配そうである。
「うん、大丈夫。ありがとう、彩歌」
 奏は心配かけないように柔らかく微笑んだ。
「……なら良いんだけど」
 彩歌はまだ心配そうな表情である。
 奏は黙って目線を少し下げるのであった。
「大月さん、これ、さっき駅で買ったんだけど、一つ食べる?」
 コソッと律が鞄からあるものを取り出した。
 キャラメルである。
「うん、じゃあもらおうかな。ありがとう、浜須賀くん」
 奏は律からキャラメルを受け取り、口の中に入れた。
 ミルク感のある甘さが口の中に広がる。その甘さが、奏の心を少しだけ落ち着けてくれた。
「良かった。さっきよりちょっとだけ元気そうだ」
 ホッとしたような表情の律。
「ごめんね。私、みんなに心配かけちゃってるみたいだね」
 奏は少し申し訳なくなった。
(これは私の極めて個人的なことだから、彩歌や浜須賀くんを巻き込むわけにはいかないよね)
 奏は心を落ち着ける為に軽く深呼吸をした。
「お祭り、楽しもうね」
 奏は自分に言い聞かせるように、ふふっと微笑んだ。

 その後は屋台のたこ焼きや焼きそばなどを食べてお腹を満たし、祭りの雰囲気を楽しんでいた。
 詩織は常に響の隣をキープしている。
 ひたすら話をする詩織に対し、響は受け答えしている。
 奏はその様子を後ろから見ていることしか出来ない。
(自分の好きな人と仲が良い人に対して嫌がらせしちゃう詩織ちゃんの気持ち……少し分かる。でも、分かりたくなった……。こんな醜い感情……)
 奏はうつむき、ギュッと拳を握る。
「大月さん? 本当に大丈夫?」
 隣にいた律が心配そうな表情を向けてくる。
「あ、うん」
 奏はハッとした。
(さっきお祭りを楽しもうって決めたところなのに)
 奏は内心ため息をつき、前にいる響に目を向ける。
(恋って……難しい……)

 夏は日が長い。しかし段々と夜の気配が近付いている。
 屋台の灯りも光り始め、お祭りの夜の空気感が流れている。
「何か人増えて来てるな」
 風雅が言った通り、人の数も多くなっていた。
「確かにそうですね。これから花火大会始まりますし」
 律は周囲を見渡し苦笑した。
「じゃあそろそろ花火見る場所決める?」
 響がそう提案した。
「身動き取れなさそう……」
 彩歌は鬱陶しそうな表情である。
 奏達六人は完全に人混みの中なのだ。
 その時、急に人混みが動き出した。
「えっ! ちょっと!」
「彩歌!」
「かなちゃん、危ない!」
 奏は人混みに流されそうになった彩歌の手を取ろうとするが、転びそうになり響に支えられる。
「彩歌ちゃん、手出して!」
 風雅は人混みに流されつつある彩歌の手を握る。
 しかし、彩歌と風雅は人の濁流に流されてしまった。
「朝比奈先輩! 天沢さん!」
 律は慌てて二人を探そうとするものの、人が多過ぎて見当たらない。
「かなちゃん、大丈夫? 怪我はない?」
 響の優しげな声。転びそうになったところを支えられて、体は密着している。奏は少しだけドキリとしてしまった。
「うん、ありがとう、響くん」
 奏の顔は赤くなり、まともに響を見ることが出来ない。敬語も抜けていた。
「あ、ごめん! 咄嗟のこととはいえ……!」
 響も体が密着していることに気付き、顔を真っ赤にしていた。
 奏はゆっくりと姿勢を立て直す。
「朝比奈先輩と彩歌ちゃん、完全にはぐれましたね。私、連絡してみます」
 詩織はスマートフォンを取り出した。しかし、再び人混みが流れ出してしまう。
「きゃっ」
 詩織は思わず響の服の袖を掴む。すると、響も詩織と一緒に人の濁流に流されてしまった。
「響くん……!」
 奏は響に手を伸ばそうとするが、律に止められた。
「危ないよ。大月さんも流されるから。とりあえず、この人混みから抜け出そう」
 律に言われるがまま、奏は人混みを抜けるしかなかった。
 こうして、奏達はすっかりはぐれてしまった。