君と僕の響奏曲

「つまりあんたが奏のものを壊したりしてた犯人ってことだよね」
 彩歌が詩織に詰め寄る。
 奏は呆然としていた。
「……だったら何?」
 詩織は吐き捨てるように笑う。
「あんた、よくも奏を……! じゃあ昨日奏を閉じ込めたのも、もしかしてあんた!?」
 物凄い剣幕で怒鳴る彩歌。
「それが何!? あんたには関係ない!」
 詩織も彩歌に負けないくらいの剣幕だ。
「はあ!? 関係ない!? 友達守って何が悪いって言うの!? あんたがやってるのは完全ないじめじゃん!」
 男子達に向けるよりも更に刺々しい口調でブチ切れる彩歌。
「悪いのはそいつじゃん!」
 詩織は奏を指差す。
「詩織ちゃん、私、何か悪いことした?」
 先程まで唖然としていたが、奏は冷静さを取り戻していた。
「あんたは……あんたは私の欲しいもの全部全部横取りして!」
 奏は詩織から激しい怒りをぶつけられた。
「詩織ちゃんが欲しいもの?」
 奏は怒りをぶつけられても冷静だった。
「それってただの逆恨みじゃん! くだらないことで奏傷付けんな!」
 彩歌は相変わらず切り付けるような口調だ。

 そこへ第三者の声が響く。
「証拠動画、撮っておいたけど」
 律だ。律はスマートフォンで詩織が一連の犯人だと告白しているところを録音、録画していた。
「動画……?」
 詩織は動揺する。
「今は俺達以外誰もいないけど、この動画をみんながいる状態で流したらどうなると思う? 特に小日向先輩の前で」
 爽やかに笑う律。しかし、目は笑っていない。
(浜須賀くん……)
 律の意外な一面を見た奏は少し怯えてしまう。
「ごめんね、大月さん、怖がらせたね」
 律はそんな奏に気付き、表情を和らげる。
 奏は少し安心した。

 しばらくすると、続々と部員達がやって来る。
「何々? 浜須賀も彩歌も奏も詩織も何かあった?」
「トラブルか何か?」
 セレナと小夜だ。二人共、不思議そうに首を傾げている。
 更に、響、風雅、徹もやって来る。
「おお、みんな集まってんじゃん」
 風雅は音楽準備室に密集する奏達に驚く。
「どうしたの? かなちゃん、何かあった?」
 響は心配そうに奏の元に真っ先に向かう。
「響先輩……」
 奏は響が来てくれたことで、安心感に包まれた。
「ん? 律、何か録画したのか?」
「あ、昼岡先輩、ちょっと待って」
 待ってくださいと言おうとした律だが、徹はその動画を再生してしまう。

 詩織が奏のメトロノームなどを壊した犯人であること、昨日奏を音楽準備室に閉じ込めた犯人であることが知れ渡ってしまった。

「嘘でしょ……。犯人詩織だったんだ……」
 低い声になるセレナ。
「でも、どうして?」
 戸惑いながら詩織を見る小夜。
 他の部員達も、詩織に対して困惑したり怒りを向けている。
「かなちゃん、大丈夫?」
 奏を庇うように立つ響。
「私は平気です。でも……」
 奏は心配になり、詩織を見る。
(昼岡先輩の事故とはいえ、こんな大勢の前で犯人だってバレたら……)
 目に涙を溜める詩織。
 そしてそのまま詩織は逃げ出した。

「本当、詩織あり得ない。同じサックスパートとして恥ずかしい。それに、謝罪もせず逃げるとか」
 ボソッとセレナが低い声で呟く。彼女の怒りが伝わって来る。
「詩織、こんなことするなんて……失望した」
「フルートの実力ある大月さんの邪魔をするって実質部活全体の邪魔をしたってことですよね」
 他の部員達も口々に逃げた詩織を非難していた。
「おい、何の騒ぎだ? そろそろ三年の先輩達も来るぞ」
 そこへ蓮斗も現れる。
 
 ちなみにこの日、三年生は学年集会が長引いて部活に少し遅れるそうだ。
 
「あ、晩沢先輩、実は……」
 蓮斗の近くにいた一年生の部員が、奏のものが壊される件の犯人が詩織だと伝えた。
「……とりあえずこの件は部長と顧問の先生に報告した方が良い。内海に関しては……退部させた方が良いだろうな」
「あの、待ってください」
 二年生の中のリーダー的存在である蓮斗がそう結論付けたところ、奏は声を上げる。
「奏?」
 彩歌は怪訝そうに首を傾げた。
(壊されたり捨てられたのは、メトロノームと譜面台と楽譜とチューナーだけ……)
 奏はチラリと楽器棚に置いてある自身のフルートを見てから、蓮斗や全体に目を向けて口を開く。
「退部まではやり過ぎだと思います。それに、今は文化祭前ですし、夏にはコンクールもあります。テナーの詩織ちゃんに抜けられたら、サックスパートも部活全体としても困りますよね。この件、不問にしませんか?」
 すると周囲は戸惑ったように騒つく。
「待って、奏、それは甘過ぎない? 奏、めちゃくちゃ被害に遭ったんだよ」
 彩歌は甘い対処をしようとする奏に少し不満そうだ。
「彩歌ちゃんの言う通りだと思うけど……」
「確かにテナーに抜けられるの困るけどさ、あんなことする子は……」
 小夜とセレナも困惑気味だ。
 
「彩歌も小夜先輩もセレナ先輩も、私がその気になれば詩織ちゃんを器物破損などで前科持ちに追い込めること知っていますよね? その気になればあの子の未来を潰すことが出来るってことも」
 少し悪戯っぽく笑う奏。
 奏の物騒な言葉に、周囲は騒つく。
 
「あ……」
「奏ちゃん、まさか」
「高校でもあの手口使う気なんだ……」
 彩歌、小夜、セレナの顔が引きつる。
 周囲は奏がどんな手口を使うのかと戦々恐々だ。
「でも、詩織ちゃんはまだ一線を超えていません」
 奏は穏やかな表情で楽器棚から自身のフルートを取り出し、そっと抱きしめる。
「フルートだけは、壊されませんでした。だから、この件は不問にしようと思うのです。本気で私を邪魔したり、部活全体の邪魔をしたいのなら、私のフルートを壊す方がやり方として合理的ですよね。でも、詩織ちゃんはそれをやらなかった。まだ改心の余地があると思います。詩織ちゃんには、今まで通り部活に来てもらいましょう。それから、詩織ちゃんが吹奏楽部に居づらくならないように、詩織ちゃんへの態度は今まで通りでお願いします」
 奏は全体を見てそう訴えかけた。
「かなちゃんがそれを望むのなら、俺はそうするよ」
 響は少し心配そうだったが、奏に賛成してくれた。
「ありがとうございます、響先輩」
 真っ先に賛成してくれた響に微笑む奏。
「大月さんが納得してるのなら、俺もいつも通りにする。あ、でもこの動画は念の為に残しておくから」
 律も奏に賛成してくれた。
「まあ、被害者の大月がそう言ってるなら、そうする。ただ、これは部活内で起きた問題だから、部長と顧問の先生には報告するぞ」
「はい」
 蓮斗の言葉に奏は頷く。
「私、詩織ちゃん追いかけますね。後はよろしくお願いします」
 奏はそう言うと、すぐに音楽準備室から駆け出した。
(詩織ちゃん、あなたはまだ一線を超えていない。だから、許すことにするよ。お願い、逃げないで)
 奏は校内の隅から隅まで詩織を探すのであった。