翌日。
 奏は彩歌と登校し、一年三組の教室に向かっていた。
「あ、おはよう。奏ちゃんと彩歌ちゃんだよね? 吹奏楽部の」
 一年一組の教室を通りかかった時、そう話しかけられた二人。
 一年一組の廊下側の窓から詩織が身を乗り出していた。
「えっと、誰?」
 彩歌は若干警戒心を抱いた様子だ。そんな彩歌の様子に、奏は内心少しだけ苦笑してしまう。
「おはよう。テナーの内海さんだよね?」
 奏は吹奏楽部の一年生の部員の顔と名前をゆっくりと思い出す。
「そうそう、奏ちゃん、大当たり。同じ部活なんだし、詩織で良いよ」
 ニコリと人懐っこそうに笑う詩織。
「へえ、吹奏楽部だったんだ。あたしまだ部員の顔と名前覚えてなくて」
 彩歌は口元だけ笑っていて、目はまだ警戒心が残っていた。
 奏は彩歌らしいなと思ってしまう。
「全然。入ってすぐテスト休みだったもんね」
 詩織は明るい表情だ。
 その時、一組の教室内から「詩織ー、今日の英語の予習見せてー!」と声が聞こえた。
「じゃあまた部活でね」
 詩織は軽く手を振り、呼ばれた方へ行くのであった。
「何かあの子、怪しそう」
 ボソッと呟く彩歌。
「そうかな? 私は明るい子に見えたけど」
 奏は穏やかに微笑んでいた。





♪♪♪♪♪♪♪♪





 一年三組はその日の五限目に音楽の授業があった。
 音楽室の廊下側の席に座っていた律は、少し眠くなりながらも音楽担当の先生の話を聞いていた。
 その時、外からパタパタと足音が聞こえた気がした。
 不思議に思い廊下に目をやると、チラリと一瞬だけショートカットの女子生徒の後ろ姿が見えた気がした。
(あれは……?)
 律は怪訝そうに首を傾げつつも、再び先生の話に注意を戻すのであった。





♪♪♪♪♪♪♪♪





 その日の部活で異変が起こった。
「奏ちゃん、大変! 奏ちゃんのメト、床に落ちてバラバラになってる!」
 奏が彩歌と一緒に音楽室に来たところ、小夜が慌てて奏の元へやって来た。
「え? 私のメトロノームがですか?」
 奏は不思議に思い、楽器やメトロノームなどを置いている音楽準備室に入る。

 音楽準備室はざわざわと人が集まっていた。
 セレナ、律、詩織も床に目を向けて驚愕している。
 その床には確かに奏のメトロノームが落ちていた。
 おまけに分解され、中の部品まで壊されて使い物にならない。

「嘘……」
 奏は驚愕して目を大きく見開きながらも、冷静に自身のスマートフォンで壊れたメトロノームの写真を撮った。
「何でこんなことになってんの? 昨日奏がちゃんとメト棚に戻してたの、あたし見たけど。しかも誰かがぶつかったりしても落ちない場所に置いてたじゃん。それにさ、仮に落ちたとしてもこんな内部の部品まで壊れるのっておかしくない?」
 彩歌は眉をひそめる。
「じゃあ誰かがわざと奏のメト壊したってこと? ……そんな命知らずなことする?」
 セレナが恐る恐る苦笑しながら周囲の部員達を見渡す。
「考えたくはないけど、セレナの言う通り、その可能性はあるかも……。命知らずではあるけれど……」
 小夜は残念そうにため息をつく。
「でも、誰が? 奏の実力妬んだ人とか?」
 セレナが怪訝そうに首を傾げる。
「でもそうなったらフルートパート全員容疑者になる可能性ありますよ。だって奏ちゃんがフルートの中で一番上手いですから」
 詩織が苦笑している。
「……でも、同じパートの中にこんなことをする人なんて、想像出来ない。正直、フルート内にはいないと思いたい」
 奏は控えめに発言した。
 フルートはパートリーダーを始めとして三年生、二年生達全員が一番実力のある奏に頼りっぱなしの、ある意味異常事態が起こっているパートである。しかし、フルートパート内の人間関係には全く問題がはないのだ。
「あたしも……先輩とか同じ一年のフルートの中にはいない気がする」
 彩歌も奏に同意した。
「じゃあ授業とかで音楽室使ったクラスにいたりしない? この際部活とか関係なくてただ悪戯でやっちゃったとかさ」
 小夜が重々しい空気にならないよう、少し明るめの声を出す。
「今日は知ってる限り、音楽の授業があったのは俺達一年三組と隣の四組ですけど」
 律は思い出したように発言する。
「じゃあその中の誰かを片っ端から探す?」
 セレナは首を傾げている。
「三組ってことは、奏ちゃんの自作自演の可能性は? 落ちにくい場所に置いたって彩歌ちゃんも言ってたし」
 悪戯っぽく、やや責めるような口調の詩織。
「はあ!? 奏の自作自演とか絶対あり得ない! だって奏、音楽の授業中は準備室入ってないのあたし知ってるし!」
「彩歌、落ち着いて」
 奏を疑う詩織に対して激しく噛み付く彩歌。
 奏はそんな彩歌を宥める。
「俺も大月さんが音楽の時に準備室には行ってないのはちゃんと見たから、大月さんの自作自演はあり得ない」
 律も奏を庇った。
「ふーん、そっか……」
 詩織はややつまらなさそうな表情だった。
「とにかく、メトロノームは予備も持っています。この件はもう終わりにしませんか? 私は特に気にしていないので」
 奏はそう言いながらバラバラに壊されたメトロノームの部品を拾い集める。
 彩歌と律もそれに続き、奏を手伝う。
「まあ、奏がそう言うなら良いんだけどさ」
 セレナは心配そうだった。
「とりあえず様子見で良いと私は思います」
 奏は微笑む。この出来事に関して、特に気にしていないのだ。
(それに、いざとなったら器物破損で訴えて相手に前科を付けることも出来るから)
 最初は驚いたが、次第に冷静になっていた奏だった。
「彩歌も浜須賀くんも、手伝ってくれてありがとう」
 奏はメトロノームの壊れた部品を受け取り、捨てずに保管する。
「奏、今日はあたしのメト、一緒に使おう」
「何もないとは思いたいけど、何かあったら俺も協力するから」
 彩歌と律は心配そうな表情だった。
 こうして、この日の部活は少し不安を残しつつも始まった。
 奏は特に何も気にした様子はないが、律はファゴットを準備しながら訝しげにチラリと詩織に目を向けるのであった。